企業の「福利厚生制度」に影響か。東京都パートナーシップ制度の知られざる効果
東京都で11月1日から、性的マイノリティのカップルの関係について宣誓証明書を発行する「パートナーシップ制度」の運用が開始される。
すでに230以上の自治体で導入されているパートナーシップ制度。都道府県レベルでは、青森県、秋田県、群馬県、栃木県、茨城県、三重県、大阪府、福岡県、佐賀県が導入している。
今回、東京都が加わることで、制度を利用できる人口割合は、日本の全人口のうち6割を突破することになった。都パートナーシップ制度の利用対象者は、都内在住者だけでなく「在勤・在学」も含まれ、そのカバー範囲はさらに広くなる。
小池都知事は、2016年の当選時から「ダイバーシティ」を掲げていたが、パートナーシップ制度導入には後ろ向きだった。導入に約6年というのは、遅きに失した点は否めない。それでも、首都である「東京」で制度が導入されたことの社会的なインパクトは大きいだろう。
実は今回のパートナーシップ制度導入が、都内の「企業」にも大きな影響を与え得るという点は、あまり知られていない。
育児や介護、慶弔休暇、または結婚お祝い金などの福利厚生制度について、法律上同性のパートナーにも適用する企業が一部ではあるが増えてきている。
今回の制度導入により、今後都内の企業は、同性パートナーにも福利厚生制度などを「適用しなければならない状況」になったと言えるのだ。
なぜか。その背景にある大きな理由として、2018年に東京都議会で成立した「人権尊重条例」について振り返りたい。
「差別的取扱い」を禁止した都条例
2018年10月、東京オリンピック・パラリンピックの理念をもとに、東京都議会で「人権尊重条例」が成立。そこでは「性的指向や性自認による差別的取扱いの禁止」が定められた。
差別的取扱いとは、「不合理に異なる扱いをすること」を言う。例えば、トランスジェンダーであることを理由に就活の面接を打ち切るといった、合理的な理由のない区別取扱いを指す。
他にも、法律上異性のカップルと同性のカップルで、不合理に異なる扱いをすることも「差別的な取扱い」と言える。
残念ながら、「婚姻の平等」が実現していない現状では、制度上、同性カップルを法的に結婚した異性カップルとまったく同等に扱うということは難しい。しかし、異性カップルであればたとえ事実婚であっても適用されるような制度については、同性カップルにも等しく適用しなければ「差別的取扱い」だと言える面もある。
しかし、東京都では2018年の人権尊重条例制定後も、「差別的取扱い」を続けてきた。
2019年8月、同性のパートナーを持つ都職員らが、「福利厚生制度を適用しないのは不当な差別だ」として、都人事委員会に改善を求める措置要求を行った。しかし翌年、東京都は都職員の要求を却下している。
その後、2020年9月に小池都知事は、都議会で「性自認や性的指向に関わらず、誰もが福利厚生制度を利用できるよう検討する」と答弁し、11月には職員の介護休暇に関する条例改正案が提出された。しかしここでも、実質的に同性パートナーが適用されるとは言えない内容となっていた。
このように、都は当事者の職員の申し立てを却下し、差別的取扱いを放置してきたと言える。
しかし、そこから一変して、2021年12月に小池都知事は「パートナーシップ制度」の導入を発表。2022年11月1日より制度が導入されることが明らかになった。
東京都職員の労働組合なども以前から制度導入を要求してきたこともあり、都職員の福利厚生制度などに関する複数の条例が改正され、例えば以下のような制度が、同性パートナーを持つ職員にも適用されることになった。
これまでは「配偶者」に限定されていたような制度も、「パートナーシップ関係にある相手方」も含まれるようになったことは画期的と言える。
企業も福利厚生「適用しなければならない?」
前述の「人権尊重条例」の第四条では、「差別的取扱いの禁止」について、以下のように規定している。
「都、都民及び事業者は、性自認及び性的指向を理由とする不当な差別的取扱いをしてはならない。」
つまり「差別をしてはいけない」のは、東京都だけでなく、「都民」や、都内の「企業」も含まれているのだ。
この点から言えるのは、例えば都内の企業は、異性カップルの場合は事実婚であっても適用されるような福利厚生制度について、同性パートナーを持つ人にも適用しなければ、それは「差別的取扱い」に当たり、条例に抵触している状態となり得るということだ。
これまで企業が同性パートナーへの福利厚生制度を適用する動きは、あくまで意識のある企業の「自助努力」として広がってきた。たびたびニュースに取り上げられてきた一方で、厚生労働省が委託実施した職場の実態調査によると、企業のうち福利厚生を適用しているのは、たった2割に限られている。
東京都産業労働局によると、東京の企業数は全国の約15%を占め、特に資本金10億円以上の企業数に絞ると、全国の約50%を占めるという。
都だけでなく都民や事業者にも「差別的取扱い」を禁止している「人権尊重条例」、そして今回の「パートナーシップ制度」の導入、それに連なる「福利厚生制度などに関する条例改正」。これらの動きから、いまや都内の企業においても、法律上同性のパートナーを持つ従業員に対しても「平等に」福利厚生制度を適用しなければならない状況だ、と言うことができるだろう。
さらに言えば、これは東京23区など、東京都下の基礎自治体にも言えることであるのと同時に、「LGBT差別禁止条例」と「パートナーシップ制度」を導入しているような他の自治体、そこに本社を構えるような企業にも当てはまることだ。
「平等」を求めて
ただ、残念ながら「差別的取扱い」を禁止する各自治体の条例では、違反した場合の罰則等は設けられていない。東京都も、2019年時点で都職員から制度改善の要求があったにもかかわらず対応しなかった点について、特に何か罰則が科されるわけではない。この点は企業も同様だ。
しかし、東京都でも同性パートナーを持つ都職員に対し福利厚生制度が適用されるような状況の中で、都内の企業が同様に対応をしていないことは、都の人権尊重条例に抵触することになり得る状態であり、今後指摘される機会は増えていく可能性がある。
「東京都パートナーシップ制度」の導入は、性的マイノリティの存在を、同じ「市民」として受容し、社会の認識を変える大きなきっかけとなるだろう。同時に、民間企業において、福利厚生などの具体的な制度について、法律上同性のカップルも「平等に扱う」という動きが一層広がるきっかけとなることを願う。
もちろん、結婚休暇やお祝い金、または看護や介護、慶弔休暇などを適用しても、法律上異性のカップルと同性のカップルでの完全な「平等」が達成するわけではない。相続や子の親権、在留資格など、さまざまな問題が依然として立ちはだかる。
しばしば「同性婚ができなくても、パートナーシップ制度があれば良いのでは」と言われることがあるが、あくまでパートナーシップ制度に法的効果はなく、企業の福利厚生もごく一部の制度であり権利だ。
根本的には、法律上の異性であれ同性であれ、法的な配偶者や事実婚関係であれば受けられる諸制度を「等しく」得られるように、婚姻の平等が実現されなければならない。