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しがみつきにくる子がいる 沖縄・名護のこども食堂

湯浅誠社会活動家・東京大学特任教授
ぬくもりを求めてしがみつく女の子。こども食堂が提供するのは「食」だけではない。

基地で揺れるこの街にも

沖縄県北部の名護市。

米軍基地建設で揺れるこの街にも、こども食堂はある。

「こどもいちば食堂」

その名の通り、名護の市営市場の中にある。

沖縄の市場は、生鮮鮮魚の小売や食堂が集まるショッピングセンターのような場所。卸売りはしていない。

名護市営市場の入口。小売や飲食が集まるショッピングモール
名護市営市場の入口。小売や飲食が集まるショッピングモール

高級ホテルスタッフがお手伝い

土曜日の朝、10時前に到着すると、すでに調理作業は始まっていた。

ビシッとしたシェフスタイルの人たちが材料を切り、その周りに子どもたちが群がる。

あとでわかったが、このユニフォームの人たちは、高級ホテル、ザ・リッツ・カールトン沖縄の調理スタッフだった。どうりで、立ち姿が玄人っぽい。

自分でおにぎりを作れるように

開設から1年。ここでは「子どもも一緒に、イチからつくる」ことを大事にしてきた。

代表の新里善彦(しんざと・よしひこ)さんは言う。

ザ・リッツ・カールトン沖縄の人たちは3ヶ月前から来てくれています。こういうプロの人たちを見ることで、子どもたちにも「カッコいいなあ」「こういう仕事があるんだなあ」ということを知ってもらいたい。

ここでは、大人たちが食事を提供するというよりは、みんなで一緒につくって一緒に食べるということを大事にしてきました。調理実習を通じた食育です。

この子たちは、家では「菓子パン1個あればいい」という生活をしていますが、こうすれば自分でおにぎりをつくることができるんだよ、ということを伝えています。

実際、最初は何もできなかった子どもが、だんだんできることを増やしくと言う。

えっ、ごはんを食べていない子どもたちがいるの!?

新里さんは、調理室の隣にある「さくら食堂」の経営者だ。

食堂の経営者が「こども食堂」を開設しているのも、まだあまり多くない。

新里さんは、もともと名護市内の「青少年の家」という宿泊・研修施設の食堂を経営していた。

ずっと子どもたちを見てきたので、子どもの貧困を知ったとき、ショックを受けました。えっ、ごはんを食べていない子どもたちがいるの!?って。あの子たちの中にもそういう子たちがいたのか、と。

スクールソーシャルワーカーの方に聞くと、先生が隠れて食べるものをあげる子もいると聞いて、またショックで。

とにかく、食にたずさわっている身として、食のことでなんとかできないかと。地域の子どもたちは地域で見守りたいですから。

「こどもいちば食堂」代表の新里善彦さん(左)
「こどもいちば食堂」代表の新里善彦さん(左)

とりあえずやっちゃえ

きっかけは、宇根美幸(うね・みゆき)さんのブログだった。

宇根さんは、沖縄県北部で生活困窮者支援をやってきて、困窮した家庭や子どもたちの実情に触れる機会があった。

そうして出会った2人が「こどもいちば食堂運営委員会」を発足させた。代表が新里さん、副代表が宇根さんだ。

「とりあえずやっちゃえという感じ」でスタートし、始めてから協力者を増やしていった。

「こどもいちば食堂」中心メンバーの2人、新里さん(右)と宇根さん(左)
「こどもいちば食堂」中心メンバーの2人、新里さん(右)と宇根さん(左)

スクールソーシャルワーカーや民生委員の紹介で

こどもいちば食堂は、名護市から補助金を受けている。

補助の条件が「貧困家庭の子を対象にすること」。

新里さんたちにはどの子がそうなのかわからないので、名護市に3名いるスクールソーシャルワーカーや民生委員の人たちが紹介してきた子たちを受け入れている。

いわば「一本釣り」されてきた子たちだ。

ほぼ市場の近郊から来ているが、車で10分くらいのところから通っている子もいる。その子たちの送迎は、協力を申し出てくれたオリオンビールの労働組合の人たちが担ってくれている。

対象となる子どもたちは4~50名いて、一度は70名が調理室にあふれかえったこともある。

子どもたちでにぎわう調理室
子どもたちでにぎわう調理室

その包丁、昨日はふりまわしてたのにね(笑)

そういう事情なので、家庭環境の複雑な子が多い。

ある小6の子などは、調理のために包丁を持ってたら、スクールソーシャルワーカーの方が「その包丁、昨日はふりまわしてたのにね」と笑ってる。親とケンカして包丁を振り回したらしいです。

その子なんかは、最初のころは私の足元に包丁を3回落としましたね。あぶなかった(笑)。いわゆる「おためし行動」ですね。

親からの愛情を受けてこられなかった子は、大人を簡単には信用できないので、自分を見捨てない人かどうかを試したくなって、そういう行動をとります。

その子は、最初は調理など何もできなかったが、通ってくるうちに厚焼き玉子を作るのがとても上手になった。

親からの虐待があったため、今は児童相談所の一時保護所に入っているが、もうすぐ戻ってくる予定だ。

しがみつきにくる子どもたち

家庭で十分な愛情を受けられない子どもたちは、ここで愛情を「補充」しようとする。

宇根さんは言う。

小学校1年生とかの小さい子も来ていますが、料理をしにくるというよりは「だっこ」されにくる子がいます。

一人をだっこしながら、別の一人が私の足にしがみついている。動くときは大変です(笑)。

そういう子も回を重ねるごとに落ち着いてくるんですけど、今度はまた別の子がしがみつきにくる。入れ替わりですね。

宇根さんは、ここのおかあさん的存在なのだろう
宇根さんは、ここのおかあさん的存在なのだろう

「ゆいまある」はどこへ?

それにしても、沖縄と言うと、一般的には「ゆいまある」などのたすけあい文化の強いイメージがあるが、実態はそうでもないのだろうか。

宇根さんの考えはこうだ。

前はたしかに隣近所のたすけあいがありました。夕方一緒に遊んでたら「ウチでごはん食べていくか」と。

でもここ20年くらいは核家族化も進み、家族で過ごしたいという志向も強くなって、区(自治会)への参加も少なくなっています。

それで、地域にどんな子どもたちがいるのか気づきにくくなりました。

そういう中で子どもの貧困問題が出てきたため「だとしたら見えないけど、そういう子がいるのかな」と。

こども食堂を始めたのは、そうした理由もあったと言う。

「ゆいまある」については、高齢者の人たちにはそういう意識もありますが、私のような40代になると、もうあんまりないんです。

逆に、「これまでそれでなんとかやってきたさあ」という意識がある分、やっていけないことをイメージしづらくて、今できていないのを見えにくくしている面があるかもしれません。

それが今の生活困窮につながってきているのかな、と。

「なんくるないさあ」を支えてきた「ゆいまある」がなくなってきているんだけど、「なんくるないさあ」だけは残っているという…。イメージと現実の間のギャップの問題ですね。

高級ホテルのパスタをこども食堂で

話しているうちに、料理ができあがった。

トマトソースとカルボナーラの2種類のパスタに、サラダ、スープ、そしてデザートのマドレーヌ。

気軽なプラスチックのプレートに入っているが、ザ・リッツ・カールトン沖縄と思うと、ちょっとかまえる(笑)。

本日のメニュー。後で出てきた「まかないメシ」がまたうまかった…。
本日のメニュー。後で出てきた「まかないメシ」がまたうまかった…。

ただ子どもたちは、おかまいなし。

トマトはすっぱくて嫌い、あしらわれたバジルは苦い…と、平気で残したりしていた(笑)。

「なかなか食えないもんなんだぞ」と言ってみるが、当然通じず…。

大きなテーブルについて「いただきます」。痩せている子どもの多いのが気になった
大きなテーブルについて「いただきます」。痩せている子どもの多いのが気になった

おなかと心を満たす

こども食堂は、全国的には、対象となる子を限定せず、地域全体に開かれた運営をしているところが多い。

ここのように「気になる子」だけを集めたこども食堂は、むしろ例外だ。

同時に、やはりこうした場所でないと見えない光景もある。

その多様性が、こども食堂の「豊かさ」でもあるだろう。

子どもたちが、ここでお腹と心を満たしてくれることを願う。

(8月31日12:26ホテル名の表記を修正、一部写真を削除)

社会活動家・東京大学特任教授

1969年東京都生まれ。日本の貧困問題に携わる。1990年代よりホームレス支援等に従事し、2009年から足掛け3年間内閣府参与に就任。政策決定の現場に携わったことで、官民協働とともに、日本社会を前に進めるために民主主義の成熟が重要と痛感する。現在、東京大学先端科学技術研究センター特任教授の他、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長など。著書に『つながり続ける こども食堂』(中央公論新社)、『子どもが増えた! 人口増・税収増の自治体経営』(泉房穂氏との共著、光文社新書)、『反貧困』(岩波新書、第8回大佛次郎論壇賞、第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞)など多数。

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