Yahoo!ニュース

第4弾対中関税制裁と為替操作国認定に対する中国の反応

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
米財務省、中国を「為替操作国」に認定 (2019年6月資料写真)(写真:ロイター/アフロ)

 G20大阪サミットでの雪解けムードから一転し、8月1日、アメリカは突如第4弾の対中追加関税制裁を9月1日から発動すると宣言。8月5日には中国を為替操作国と認定するとした。この急変に対する中国の対応を考察する。

◆突然の変化

 6月29日のG20大阪サミットにおける米中首脳会談の約束を守るべく、7月31日に第12回の米中貿易協議を上海で終えたその日、ホワイトハウスは「協議は非常に建設的だった」と前向きの評価を発表した。  

 ところが翌8月1日、トランプは突如、協議は満足なものではなかったとして「中国からの輸入品3000億ドル(約32兆円)相当に10%の制裁関税を課す」と宣言。ほぼ全ての中国製品に追加関税を課す第4弾の対中制裁を9月1日から発動するという。これは大阪サミットにおける米中首脳間の約束に違反するとして、中国は激しく抗議したが、トランプの対中攻撃は、それだけでは終わらなかった。

 実は8月1日のトランプ発言が中国の全てのメディアで大きく取り上げられると、米中貿易戦争がさらに激化するという動揺が中国内で広がり、人民元の対ドル相場が8月5日、1ドル7元台に下落したのだ。それは11年ぶりのことだった。

 するとすかさずトランプは中国を「為替操作国だ」とツイート。8月5日、アメリカの財務省は中国を為替操作国に認定したと発表したのである。

 それに対して中国がどのような反応を起こしたのか、順を追って一つ一つを詳細に見てみよう。

◆第4弾対中追加関税制裁に対する中国の反応

 8月1日、トランプ大統領はツイッターで「中国は米農産物を大量に購入することに最近同意したが、そうはしなかった」と発信し、中国がG20大阪サミットにおける米中首脳会談での「約束を果たしていない」と強調した。

 それを受けて、発展改革委員会や商務部は「中国は約束通り、どれだけ多くのアメリカ産農産物や畜産物を仕入れているか知れない。現に数百万トンのアメリカ産大豆が今現在船便で太平洋上を運航中だし、さらに13万トンの大豆、12万トンの高粱(コウリャン)あるいは4万トンの豚肉やその製品を買い付けている最中ではないか!」と強く反論した。中央テレビ局CCTVをはじめ、中国の全てのメディアがトランプを激しく非難し、「報復措置で応じる」とも伝えた。

 たとえば外交部の華春瑩(か・しゅんえい)報道官は定例記者会見で、「中国は強い不満と断固たる反対を示す。米国が関税措置を実行するなら、中国は自国と国民の根本的な利益を断固として守るために必要な報復措置を取らざるを得ない」と述べた。そして米中貿易摩擦が始まって以来、常套句となっているような「中国政府は貿易戦争を望んでいないが、全く恐れていないし、必要ならば断固として戦う」と繰り返した。

 ネットでも「せっかく一休みしたかと思ったのに、トランプは何を取り乱しているのか」といった声が沸き上がり、「民主主義は本当にいいものなのか。大統領再選を目指すために、世界中をかき乱している。みっともない」という反応もあった。

◆為替操作国認定に対する中国の反応

 8月1日の対中制裁第4弾発動宣言に対して、世界の株式市場に動揺が広がったが、中国においても例外ではない。いや、自国の問題なのだから、最も敏感に反応したと言っていいだろう。

 その結果、8月5日に1ドル=7元にまで人民元が下落すると、冒頭に書いたようにトランプは「待ってました」とばかりに「中国を為替操作国と認定する」とツイートし、米財務省が正式に認定を発表したわけだ。

 アメリカが中国を為替操作国と最後に認定したのは1994年(5回目)で、8月5日の発表は25年ぶりのこととなる。

 CCTVを始め、中国の全てのメディアは、8月1日の時点よりもさらに激しく反応した。ニュースキャスターも怒りを込めて、噛みつくような勢いで解説し、多くの専門家や政府関係者の発言を報道しまくった。

 そのような中、商務部は「中国の関連企業は米農産品の新規購入を一時停止する」という通達を出した。「新しく購入するのを一時中止」と宣言したわけだが、「」の一文字を読み落としたのか、日本の一部メディアは、これを以て「習近平政権内の権力闘争」として報道しているのには驚いた。国家発展改革委員会が、それまでの発表と異なる発表をしたのは、「習近平指導部の内部での意見の対立や混乱を指摘する声もでている」と、日本のそのメディアは書いている。

 「指摘する声はどこから?」と言いたい。

 記者自身がそう思っているから、適宜「声もでている」などと不特定多数のせいにして、どうしても「権力闘争」へと日本の読者を誘導したいのだろう。

 トランプ大統領が、ここまで一秒先が読めないような言動を繰り返せば、それに対応しなければならないため、世界中が混乱するのではないだろうか。

 このようなことでは、中国の真実あるいは世界の真相を追いかけることなどできないだろう。

 中国の「新京報」は金融リスク管理関係の専門家・陳思進氏の分析を掲載しているが、陳氏は2ヵ月ほど前にも人民元は1ドル「6.5~7.5元」の間を動くだろうと予測していたとのこと。米中貿易摩擦の先行きがこれだけ不透明な中、変動幅10%程度で7.0になるのは全く正常な市場の変動内だと分析している。

◆中国問題グローバル研究所の研究員・孫啓明教授の意見

  シンクタンク「中国問題グローバル研究所」の研究員の一人である北京郵電大学の孫啓明教授は、以下のように語った。

  1.中国に対して「為替操作国」のレッテルを貼るということは、米財務省が自ら規定している「為替操作国」の条件を満たしておらず、アメリカの一国主義あるいは保護主義に基づく我が儘を表している。これは国際的な規則を破壊するだけでなく、全世界の金融経済に対して重大な影響をもたらすだろう。

  2.中国は市場のニーズを基本にして通貨バスケットを参考にしながら調整し、管理フロート制(管理変動相場制)を実施している。「為替操作」ということは存在しない(筆者注:「為替操作」ということは存在しないということに関して、筆者が納得するか否かは別問題だ。ただ、孫教授はそのように言っているということを、ここに記すのみだ)。

  3.米財務省は為替操作国として認定する基準を自ら設定している。2016年2月、米財務省は以下の3つの条件を全て満たした国を為替操作国と認定すると決めている。

     第1:対米貿易黒字(財のみ、サービスを含まない)が200億ドル以上。

     第2:経常収支黒字の対GDP比が3%以上。

     第3:外国為替市場での持続的かつ一方的な介入が繰り返し実施され、

        過去12ヵ月間の介入総額がGDPの2%以上。

以上の3つだ。もし、ある経済体(国家)が上記3つの条件を全て満たしているなら「為替操作国」と認定し、2つの条件を満たしているなら「為替操作観察国」のリストに入れる。もし1つだけしか当てはまらない場合は、観察国に入れる場合もあるが、そうでない場合もある。このように米財務省は決めている。この基準に従えば、中国は第1の条件だけは確かに満たしている。なぜなら貿易黒字が3233億ドルだからだ。200億を優に超えている。しかし、第2の条件に関しては、2018年の中国の経常収支黒字の対GDP比は0.37%なので、当てはまらない。また第3の条件に関しては、2016年下半期から今日に至るまで中国の外貨準備高は3兆ドル前後を安定的に保っているので、これも当てはまらない。したがって米財務省は自分が決めたルールに違反したことをやっているのである。

  4.そもそも今年5月末の米財務省の報告書の中では、中国は「為替操作国」には入っていない。「中国、ドイツ、アイルランド、イタリア、日本、マレーシア、シンガポール、韓国、ベトナム」の8ヵ国が平等に「為替操作観察国」の中に入れられていただけだ。

 これ以上書き続けると長くなりすぎるので、一応ここまでにしたいが、孫啓明教授は最後に「為替操作国」のレッテルを貼られた場合に、どういう影響が出て来るかに関して回答してくれた。

 ――実際には何もできないが、しかしアメリカ政府は「モラルと法律」の上で有利な立場に立ち、攻撃の度合いを強めて来るということは考えられる。なぜなら、もし為替を操作しているとなると、それによって取得したその国の利益を正当に評価することができなくなるからだ。そういう心理的な効果は持つだろう。それは他の国がどれだけトランプの措置を重要視するかによって変わってくる。重要視しなければ国際秩序の混乱を招く要素は少なくなり、逆にアメリカが孤立することを招く。中国は粛々と自国のやるべきことを進めていくだけだ。

 なお、昨年8月28日、米財務長官のムニューシンがCNBCのインタビューで「人民元高なら為替操作ではなく、人民元安なら為替操作になる」という趣旨の発言をしている

 興味深い。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

遠藤誉の最近の記事