「運動部学生の成績改ざん」って何だ?~中高年が知らない大学の変化を解説
◆日大、今度は相撲部で不祥事発覚
日大の不祥事が止まりません。
10月4日、フジテレビはスクープで、日大相撲部学生の成績改ざんについて報じました。
日大では、先月行われた学内の会議で、教員から「数年前、相撲部の学生が単位を落とした際、教員が当時の田中理事長に呼び出されて叱責され、成績を書き換えて単位を出した」との報告があったという。
また別の教員の証言からも、田中元理事長が退任した後の去年も、相撲部の学生2人に対し「単位を出して欲しい」と職員から求められ、成績を改ざんしていた可能性があることが明らかになった。
FNNの取材に応じた日大の教員は「断れば不利益が生じるという恐怖心で改ざんせざるを得ないと感じていた」と明かしたうえで「一部の学生だけ優遇するのは不平等で、学生の人生に関わる重大な問題だ」と指摘している。
※10月4日・FNNプライムオンラインより
FNNプライムオンライン記事から、成績改ざんは田中元理事長時代と、田中元理事長が退任した後の2022年、2回あったことが判明しています。
さて、ここで読者諸氏、特に40代以上の中高年世代の方は「運動部学生の成績改ざん」がよく分からない方ばかりでしょう(大学業界関係者を除く)。
「運動部であれば、大学の成績なんか無関係だろうに、改ざんって何?」
「うちの大学、体育系は期末試験、名前を書いただけで通っていたぞ」
「うちは、名前と『××部所属の●●です。よろしくお願いします』と付け加えれば最低点は出ていた」
などなど。
こうした甘い成績判定が過去にあったことは事実です。
では、なぜ、日大相撲部など運動部学生の成績改ざんは起きたのでしょうか?
背景には、大学設置基準の改正があります。
◆2007年改正で単位認定が厳格化
大学設置基準とは、大学を設置するのに最低限の条件などを定めた文部科学省の省令です。
1956年に公布・施行されて以降、何度も改正されて現在に至っています。
さて、この大学設置基準が2007年に改正されました。正式名称を「大学設置基準等の一部を改正する省令(平成19年文部科学省令第22号)」と言います。
この改正で、成績判定が厳しくなります。
5.成績評価基準等の明示等
大学は、学生に対して、授業の方法及び内容並びに一年間の授業の計画をあらかじめ明示するものとすること。また、学修の成果に係る評価及び卒業の認定に当たっては、客観性及び厳格性を確保するため、学生に対してその基準をあらかじめ明示するとともに、当該基準にしたがって適切に行うものとすること。(第25条の2関係)
※文部科学省「大学設置基準等の一部を改正する省令(平成19年文部科学省令第22号)」より
これにより、甘い成績判定が難しくなりました。
この試行が2008年から。以降、大学の単位認定は厳しくなりました。
出席することはもちろんのこと、成績評価も体育系学生かどうかに関係なく、厳しくなっていったのです。
◆コロナ禍初期のオンライン授業騒動にも影響
大学設置基準の改正に伴う成績評価の厳格化は、コロナ禍初期のオンライン授業騒動にも影響しています。
大学業界ではごく少数の例外を除けば、対面での授業が原則でした。そもそも、オンライン授業を想定していない、大学ばかりだったのです。
ところが、コロナ禍初期の2020年、各大学は卒業式・入学式を中止としたばかりではありません。春学期開始時期を遅らせたうえでオンライン授業をどのように展開するか、苦慮することになりました。
もしも、ですが、2007年以前であれば、オンライン授業についてそこまで悩む必要はありませんでした。
何しろ、出席評価からして曖昧な授業が多かったわけで、レポートを提出させる程度で十分だったからです。
しかし、成績評価の厳格化が進んだ以上、レポート提出のみ、というわけにもいきません。その結果、各大学とも、オンライン授業の導入に四苦八苦することになったのです。
◆体育系学生も勉強と両立する時代に
成績基準の厳格化の2007年以降、体育系側でも改革が進んでいきました。
大学にとって、単純にスポーツの強化だけを考えれば、従来通り、スポーツ一辺倒の方が合理的です。
しかし、体育系の学生個人にとってはどうでしょうか。社会に出れば、大卒として扱われます。大卒に相当する知識や教養がなければ「あの人は体育系出身だから」とバカにされます。そして、所属する企業内では高い評価を受けられません。
プロ選手や社会人チーム所属でも同じです。引退すれば、スポーツ業界であれ、業界外であれ、スポーツの実績や技量だけでは済みません。人間性や教養なども備えた人が次のステップに進むことになります。
こうした反省もあって、2010年代に各大学で体育系学生に対してスポーツと学業の両立の促進策が導入されるようになりました。
たとえば、早稲田大学は2014年から早稲田アスリートプログラム(WAP)が導入されています。同制度により、2期連続で基準を下回った学生は練習時間の制限や対外試合の出場停止が課されます。
こうした、学業との両立支援策は関西大学、立命館大学など他大学にも広がっています。
◆できない大学も残る中での日大不祥事
一方、相変わらず、授業よりも練習優先、とする大学スポーツ指導者も一定数、残ります。
例えば、2019年には元スケートフィギュア選手である織田信成さんが原告となった関西大スケート部モラハラ訴訟が起きました。
モラハラ訴訟の詳細は省略しますが、この背景の一つにあったのが授業の出席です。織田さん(当時は関大スケート部コーチ)が部員に対して授業の出席を勧めたのに対して、対立するコーチは練習優先を主張しました。
現在でも、一部の大学(または教員)に対して、体育系学生の優遇を主張するスポーツ指導者は存在します。
日大の不祥事は田中元理事長時代の数年前と昨年の2件であることがフジテレビ記事で判明しています。
このうち、田中元理事長時代については、田中元理事長が相撲部出身で理事長就任後も相撲部総監督を兼任していました。
田中元理事長が強権体質であることはすでに周知の事実。
単位を落とした教員に対して叱責、というか、恫喝をして成績改ざんするのは、「まあ、やるでしょうね」くらいの感想しかありません。
もちろん、許されざることではありますが、強権体質に逆らえなかった教職員が大半だったわけで、それを責めるものではありません。
その田中元理事長が退任した後となる昨年の2022年に、職員が成績改ざんを依頼した、これは田中元理事長時代の話とは異なります。
◆競技スポーツ部の人員一新をできなかったツケ
昨年はすでに現在の林真理子理事長が就任しています。経営幹部や理事などは田中元理事長カラーの人物は一掃されています(あるいは、一掃されたことになっています)。
それが職員(フジテレビ記事では明記されていませんが、おそらくは競技スポーツ部の職員でしょう)の要求で相撲部員の成績改ざんをした、となると、単なるパワハラや省令違反となるばかりではありません。
林理事長や経営幹部が言うところの「新しい日大」「田中カラーの一掃」ができていないことを意味します。
それどころか、田中カラーの職員を温存し、体育系学生とそうでない学生とで成績に差をつける差別行為がまだ残っている、とも言えます。
この背景には、競技スポーツ部の職員の人事異動が田中元理事長時代から進んでいない点が挙げられます。
林理事長も記者会見で競技スポーツ部について手付かずであることを認めています。
理事などの大学経営幹部だけでなく、職員も田中元理事長の妻が経営するちゃんこ屋に行く、いわゆる「ちゃんこ屋詣で」があったことはすでに明らかになっています。
ところが、田中元理事長の逮捕を受けて、跡を継いだ加藤前理事長は職員に対して田中元理事長との距離感がどれくらいだったかの調査や人事異動を進めていません。2021年12月の記者会見でも、否定的な見解を示しています。
結果として、田中カラーを受け継いだ職員が競技スポーツ部には役職者を含め、大量に残っています。
彼ら全員が「隠れ田中派」とまでは言いません。
しかし、田中カラーが色濃い、ということは、パワハラ体質や隠ぺい体質、あるいは学業軽視の職員や指導者が一定数、残っています。
だからこそ、アメフト部の薬物事件やラグビー部でのいじめ事件が起きるわけです。今回の成績改ざんについても、人員を一新しているか、外部登用を進めていれば、学業との両立が必要であることは自明の理であり、成績改ざんなど要求することはありませんでした。
言うなれば、林理事長は競技スポーツ部に手を付けなかったツケが今になって払わされているのです。
フジテレビ記事によれば、林理事長は記者の問いかけには答えず、「『不正事案洗い出しのための特別調査委員会』は現在調査中であり、最終報告書が出ておりませんので、回答を差し控えさせていただきます」としています。
単に、相撲部員の成績改ざんを要求した職員だけでなく、競技スポーツ部長を含めた人員一新、早稲田大学など他大学と同様の学業との両立の支援策実施など、抜本的な改革が求められます。
そうでなければ、「新しい日大」を標榜したところで、いつまでたっても「古くさい日大」のままでしょう。