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「兵は拙速なるを聞くも、未だ巧久なるをみざるなり」(孫子)がいまの日銀では

久保田博幸金融アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 日銀はいつのまにか、「賃金と物価」が目標値となっているようである。25日の植田総裁の講演のタイトルも「賃金と物価:過去・現在・そして将来」となっていた。

 日本銀行法の第二条には「日本銀行は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする。」とある。

 この物価というのは、裏返すと通貨価値のことを示すものであり、その価値を維持させるために物価の安定を図ることが理念となっている。ここに「賃金」という言葉はない。

 最近の日銀の決定会合の公表文には、賃金の上昇を伴う形で、2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現することを目指していく、とあるが、当然ながら2013年4月の量的・質的緩和導入の際には「賃金の上昇を伴う形で」といった表現はない。

 異次元緩和の当初は、いかにも2%の目標が達成できるかのような数値が展望レポートにみられたが、本来の物価目標の全国消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比2%が数字上達成されると、今度は「目標が達成されていない」ことにして、ここに賃金上昇というあらたな目標を加えたかのようなスタイルとなっている。

 12月18、19日に開催された日銀金融政策決定会合では、全員一致で金融政策の現状維持を決めたが、その際の「主な意見」が27日に公表された。

 2%という物価目標は達成されていない前提で、話が進むため、具体的に物価がどのような状況になれば良いのかは全く示されていない。

 サービス価格についても前年比で2%を超えているなか、「消費者物価全体へのサービスの寄与は1%程度にとどまる」としていかにも2%には達していないかの表現もみえていた。

 『2%の「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現の確度は更に高まってきており、金融正常化のタイミングは近づいている。拙速はよくないが、「巧遅は拙速に如かず」という言葉もある。』

 ある委員の発言である。これはまだ、まともな意見ともいえるが、それでもいろいろとおかしな表現がある。そもそも日銀の物価目標のコアCPIの2%目標は昨年4月以来、20か月連続で達成されている。

 金融正常化のタイミングは近づいているというより、とっくの前にその状況にあった。決して「拙速」などということはない。それでも「巧遅は拙速に如かず」という表現をここでもってきたことには個人的に興味深い。

 「巧遅は拙速に如かず」とは「少しは拙くとも早く仕上げよという教訓」だそうで、中国南宋の謝枋得が書いた「文章軌範」にあるとか。

 個人的にはそれよりも現在の日銀に適切なのは「兵は拙速なるを聞くも、未だ巧久なるをみざるなり」という孫子の言葉ではなかろうかと思う。

 (戦争は)、まずくともすばやく行うのがよく、完璧を目指すあまり、長期化させてよかったという例はない、ということを示している(孫子)

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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