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英国のEU離脱交渉 強硬離脱目指しジョンソン首相が正面突破か 解散総選挙なら単独過半数の見通し

木村正人在英国際ジャーナリスト
強硬離脱に突き進むジョンソン首相(右)に抗議するデコレーション(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]10月31日の離脱期限が三度延長される見通しとなった英国の欧州連合(EU)離脱交渉。EUが3カ月の延長を認めた場合、ボリス・ジョンソン英首相も最大野党・労働党のジェレミー・コービン党首も解散総選挙で民意を問う可能性が膨らんできました。

当初の離脱期限は3月29日。それが4月12日に、それでもテリーザ・メイ前首相が下院の承認を取り付けられないため、10月31日まで延長されました。

10月22日、離脱後にEUと自由貿易協定(FTA)を結ぶことを前提にしたジョンソン首相の合意案の基本方針が下院で初めて承認されました。しかし10月31日離脱を可能にするスピード審議の日程案は否決されてしまいました。

このためジョンソン首相はEUに対し正式に離脱期限の延長を申請。EUが合意案の承認を優先させる短期延長か、解散総選挙を想定した3カ月延長を認めるのか、注目されています。

スコットランド自治政府のニコラ・スタージョン首相=スコットランドの地域政党・スコットランド民族党(SNP)党首=とウェールズ自治政府のマーク・ドレイクフォード首相(ウェールズ労働党党首)が10月23日に記者会見し、解散総選挙になったら受けて立つ考えを明確に示しました。

ニコラ・スタージョンSNP党首(23日筆者撮影)
ニコラ・スタージョンSNP党首(23日筆者撮影)

「市民生活を大混乱に陥れる『合意なき離脱』の可能性を完全に排除するのが再優先課題だが、解散総選挙は望むところだ」(スタージョン氏)

「解散総選挙でも、2度目の国民投票でも離脱について民意に問うことが重要だ」(ドレイクフォード氏)

メイ前首相はアイルランド国境問題が足かせになって全く前に進むことができませんでした。

それがジョンソン首相になってEUが絶対にしないと断言していた離脱協定書の再交渉が始まり、アイルランドと英・北アイルランド間に目に見える国境を復活させないバックストップ(安全策)が取り除かれ、ジョンソン首相が提案した新しい枠組みに置き換えられました。

これでジョンソン首相率いる保守党の政党支持率は下のグラフのように急上昇しています。

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ジョンソン首相の合意案の基本方針に賛成した保守党の下院議員は285人。下院の実質的な過半数320議席(単純過半数は326議席)を大幅に割り込んでいるため、合意案の承認だけでなく、次のステージであるEUとのFTA交渉を考えると、解散総選挙は避けては通れません。

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選挙予想サイト、エレクトラル・カルキュラスは、いま総選挙をすれば保守党は前回の318議席を354議席に増やすのに対し、労働党は262議席から195議席に激減すると分析しています。

エレクトラル・カルキュラスのデータより筆者作成
エレクトラル・カルキュラスのデータより筆者作成

君主のエリザベス女王に忠誠を示すことを拒否している北アイルランドのカトリック系強硬派シン・フェイン党や議長・副議長を除いた与野党の勢力は、保守党は352議席、野党は北アイルランドのプロテスタント系強硬派・民主統一党(DUP)を含めて287議席になるそうです。

同

欧州連合(EU)に対する英国の世論を調査している「What UK Thinks EU(英国はEUをどう思っているか)」のジョン・カーティス英ストラスクライド大学教授は英大衆紙デーリー・エクスプレスにこう語っています。

「ジョンソン首相の合意は総選挙になった場合、物凄い追い風になる。2016年の国民投票で離脱に投票した3分の2(66%)がジョンソン首相の合意を支持している。これはメイ前首相の合意案に比べ飛躍的に増えている。残留に投票した有権者の中での支持は19%だ」

保守党はスコットランドとEU残留派の支持を失いましたが、ジョンソン首相の合意案で「合意なき離脱」を声高に叫ぶ新党・ブレグジット党に流れた票を大幅に奪還しているようです。しかし、どうしてこれほどまでに「強硬離脱(ハードブレグジット)」を支持する声が多いのでしょう。

65歳以上の高齢者の人口割合が1976年の14%から2016年には18%になり、46年には25%まで増えることが挙げられます。保守党支持者の多くが白人英国人高齢者で、EU移民の流入が続いて生活環境が激変することを望んでいません。

年金生活者が多いので「合意なき離脱」で仕事がなくなったとしても痛くも痒くもありません。ジョンソン首相はこうした白人英国人高齢者のたった9万2153票で保守党の党首に選ばれました。

EUの前身である欧州経済共同体(EEC)への加盟(1973年)、それに続く80年代のサッチャー革命で英国の産業構造は大幅に変わりました。

英チャリティー団体ローカル・トラストによると、急激な産業構造の転換で「置き去りにされた」区(行政単位)がイングランドだけで206区、人口にして219万3000人もいるそうです。脱工業化が進んだイングランド北部と中部、高齢者の多い南部の沿岸部が中心です。

パブ(大衆酒場)やコミュニティーセンター、集会場がなく、人のつながりが遮断され、地域社会に参加できない「置き去りにされた」区の白人英国人の人口割合は88%で、イングランド全体の平均80%や他の貧困地区の平均61%より高くなっています。

このためジョンソン首相は7月の就任演説で「政府は置き去りにされた町の声に答える」「必要とされる場所にお金を注ぎ込む」と宣言しました。

英国の選挙制度は単純小選挙区で比例代表とは違って多くの死票を出す「勝者総取り」のシステムです。総選挙では「強硬離脱」を望む白人英国人の高齢者と置き去り組の支持を受けたジョンソン首相が勝利する可能性は十分にあります。

野党陣営は、離脱か残留か煮え切らない労働党と、離脱手続きの撤回を訴えて差別化を図る自由民主党、スコットランド独立を党是とするSNPが軸になって残留のための2回目の国民投票実施に向けた連合を結成できるのかが大きなポイントです。

しかし労働党と自由民主党が票を奪い合っているため、解散総選挙になればブレグジット党から票を奪い返した保守党が有利になりそうです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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