原子力それとも石炭 2050年CO2「実質ゼロ」のEUが頼る中国と原発 日本も標的の国境炭素税とは
グレタさんの期待を裏切ったCOP25
[ロンドン発]グレタ・トゥンベリさん(16)が「本当の危険は政治家や経営者が温暖化対策への取り組みを装うことだ」と批判する中、マドリードでの国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)はルール交渉で難航し、会期を延長して14日未明まで協議が続けられました。
グレタさんが昨年8月、たった1人で始めた子供たちの学校ストライキ「未来のための金曜日」は世界中に広がり、今年9月には世界中の750万人が抗議活動に参加。COP25開催中のマドリードでもグレタさんを先頭に50万人(主催者発表)が抜本的な温暖化対策を求めて行進しました。
温室効果ガス削減目標の引き上げなどを表明した国は9月時点の70カ国から84カ国に増えました。2050年までに排出量を実質ゼロにすることを約束した国は65カ国から73カ国に増えました。しかし、小泉進次郎環境相は削減目標の引き上げも「脱石炭」も表明できませんでした。
より効率的に温室効果ガスを削減するため排出枠を国際的に取引する際、複数国が同時に削減分を計上するダブルカウントを防ぐルール作りや、各国が国連に提出する削減目標の共通の時間枠を5年にするか10年にするかを巡り、交渉は難航しました。
「環境の欧州」の面目躍如
パリ協定は来年、本格始動します。COP25はもともと来年11月に英グラスゴーで開かれるCOP26 への橋渡し的な会議でしたが、グレタさんら若者たちの抗議で注目されました。
最大の争点と言える削減目標の引き上げで存在感を発揮したのは、やはり「環境」を錦の御旗に掲げる欧州です。
2050年までに実質ゼロを目指す新しい気候法を今月6日に成立させたデンマークには世界的な環境NGOネットワーク、気候行動ネットワーク(CAN)から「宝石賞」が授与されました。石炭火力発電を輸出する日本には会期中、不名誉な「化石賞」が2度も与えられました。
2030年までに排出量を1990年比で現行の40%から70%に引き下げるという野心的な目標を法制化したデンマーク。ドイツの国際NGOジャーマンウォッチが発表した気候変動パフォーマンスインデックスではスウェーデンに次ぐ5位、1~3位が不在なので事実上堂々の2位です。
欧州連合(EU)の欧州議会もCOP25の開幕に先立ち先月28日、仏ストラスブールでの本会議で「気候非常事態」を宣言。行政執行機関の欧州委員会や加盟国に対し、産業革命前に比べて世界の気温上昇を摂氏1.5度未満に抑えるため早急に具体的行動を起こすよう求めました。
欧州グリーンディール
これを受け、欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長は11日、2050年までにEU全体で温室効果ガス実質ゼロと経済成長を両立させる新しい環境政策「欧州グリーンディール」を発表。同委員長は「欧州にとっては人類が月面を歩いたのと同じ瞬間」と胸を張りました。
2030年までに排出量を1990年比でこれまでの40%削減から50~55%削減へと大幅に引き上げることも盛り込みました。来年3月に法案にして夏以降に法制化する予定です。
12、13日のEU首脳会議では石炭依存度の高い旧東欧ポーランドを除くすべての国がそれぞれ2050年実質ゼロを目指すことで合意。電源構成では各国事情が優先されました。チェコは原発推進が認められ、フランスは原発依存度を減らすものの継続することになりました。
この野心的すぎる目標引き上げに対しても国際環境NGOは不十分だとして来年6月のEU首脳会議で65%への目標引き上げで合意することを求めています。
EUの隠し玉は原子力と中国
欧州委員会のフランス・ティメルマンス執行副委員長(気候変動担当)は12日、COP25の会場で記者会見し、「欧州グリーンディールを法制化して来年のCOP26に臨み、2050年実質ゼロに向けた流れを作りたい」と意気込みました。隠し玉は原子力と中国です。
「原子力は決して持続可能なエネルギーではないものの、温室効果ガスを出さない。過渡的エネルギーとして役割はある。原則的に原子力に反対は唱えないが、長期的には原子力は持続可能ではない。2050年実質ゼロを目指すための原子力使用には当面、反対しない」
アメリカがパリ協定から離脱する中、EUは来年9月に温暖化対策で中国と協議した上で、英グラスゴーで開かれるCOP26に臨みたいと考えています。2030年までに二酸化炭素排出量の増加を抑えるという中国の削減目標をさらに引き上げさせるのが狙いです。
「中国はパリ協定に実効性を持たせるために役に立つ。中国の協力なしに実質ゼロは達成できない。欧州グリーンディールは新しい成長戦略だ。貿易戦争などで多国間主義が困難に直面する中、中国には2050年実質ゼロを目指すことが新しい成長戦略になることを提案したい」
新兵器の「国境炭素税」
そのテコとなるのが欧州グリーンディールの中に盛り込まれた「国境炭素税」。EUだけが突出して温暖化対策を強化すると、どうしても域内企業の国際競争力が下がります。そこでEU並みの温暖化対策をとっていない国からの輸入品に炭素価格分の関税を上乗せしようというわけです。
EUとしては排出大国の中国やインドに対して「国境炭素税」をちらつかせて2050年実質ゼロでスクラムを組みたいと考えています。しかしドイツのアンゲラ・メルケル首相はドナルド・トランプ米大統領との摩擦を恐れて国際的パートナーとの対話が必要と慎重な姿勢を見せています。
筆者は日本の石炭火力発電と原発のトレードオフ、日EU経済連携協定(EPA)への影響について質問してみました。ティメルマンス氏は原発やEPAについては触れずにこう答えました。
「福島原発事故の悲劇で日本の状況はある程度、理解しているが、石炭に未来はないという欧州の見方を繰り返さなければならない。経済的にも石炭に未来はない。再生可能エネルギーへの移行は順調に行っている。本当に実質ゼロを実現しようと思ったら、石炭をやめなければならない」
EUが「国境炭素税」を導入すれば、もちろん日本もターゲットになります。
「脱原発はEU内で一致した立場ではない」
ドイツのペーター・リーゼ欧州議会議員=キリスト教民主同盟(CDU)=は筆者の取材にこう話しました。
「COP25で日本の環境省幹部と話した際、削減目標を引き上げるよう促した。日本の現在の削減目標では世界の気温上昇を1.5度未満に抑えるどころか、2度の達成も難しい。不幸にも日本の削減目標は最も弱い部類に入る」
「欧州は日本をパートナーとみなしたいが、まず互いの理解を共通させることが必要だ。原発はEUでも欧州議会でも非常に論争を呼ぶ。私の個人的な立場は温暖化対策で原発に依存しないことだ。原発は未来世代にとっては解決ではなく、新たな問題になる」
「しかし、これはEU内で一致した立場ではない。イタリアを含む13の国には原発がない。一方、フランスの原子力依存度(発電電力量に占める割合は72.6%)は高い」
「私たちは省エネや再生可能エネルギー、二酸化炭素を空気中から取り除く技術にフォーカスする必要がある。欧州議会は最近、グリーンインベストメントを採用したが、原発は含まれていない」
今年、二酸化炭素排出量は過去最高の431億トンに達すると推定されています。
2 年前の COP23でイギリスとカナダの呼びかけで設立された脱石炭国際連盟(PPCA)は33カ国、27自治体、企業37社となりました。2050年実質ゼロを目指すEU加盟国の中で2030年までに脱石炭を実現している国は、環境団体EUROPE BEYOND COALによると17カ国だそうです。
COP25の会期中、米誌タイムの「パーソン・オブ・ザ・イヤー(今年の人)」にグレタさんが選ばれました。地球温暖化に対する懐疑主義者が多い日本はその意味をしっかり受け止める必要があります。
来年のCOP26に向けEUと中国に手を組まれたら、経済産業省が主導する日本の石炭政策はターゲットにされる恐れがあります。
日本にとってトランプ大統領と組んで石炭政策を保護するのが得策なのか、脱原発と脱石炭のどちらを先に進めるのか見直した上で再エネを加速させるのが上策なのか。
小泉環境相が本当に「セクシー」に温暖化対策を進めたいのなら日本に対し、強く問題提起していかなければなりません。
(おわり)