Yahoo!ニュース

「半沢直樹」大銀行の奥様会は今も健在? 「ウーマノミクス」生みの親キャシー松井さんの新著を読んで

木村正人在英国際ジャーナリスト
これからは女性の人材確保が企業の生き残りの鍵を握る(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

『ゴールドマン・サックス流 女性社員の育て方』

筆者撮影
筆者撮影

[ロンドン発]「ウーマノミクス」という言葉の生みの親で一男一女の母であるゴールドマン・サックス証券副会長のキャシー松井氏の新著『ゴールドマン・サックス流 女性社員の育て方、教えます』を送っていただいたので拝読しました。

女性が家庭と仕事を両立し、キャリアアップを実現できる環境を整えなければ企業は人材争奪戦時代を生き抜けないというのが新著のテーマです。女性の雇用者は昭和60年の1548万人から平成30年には2671万人に増えたものの、一般労働者の男女賃金格差はまだ3割近くあります。

このままでは女性の社会進出は低賃金労働者を供給するだけで、日本の課題である生産性の向上にはつながりません。松井氏が掲げる「励まし方、評価方法、伝え方 10カ条」はグローバル競争にさらされる大企業が仕事のできる女性を抜擢し、育てていく道筋を示しています。

筆者は大阪府内の公立進学校の府立天王寺高校を卒業し、京都大学法学部で学びました。就職したのは男女雇用機会均等法が制定される前年の昭和59年。女性の同級生は有名国立大学を卒業しても結婚して家事や育児に追われ、満足のいくキャリアを達成できた人は皆無でした。

筆者より少し下の世代は男女雇用機会均等法で総合職として男性と同じように働くことが求められ、シングルの女性が多いような気がします。社会現象になったTBSのTVドラマ『半沢直樹』の前作では大銀行の奥様会が出てきて驚きました。海外企業ではあり得ない文化だからです。

第一条「女性活躍はトップダウンで」

3万8300人の精鋭を擁する国際金融グループ、ゴールドマン・サックスの女性登用術を活用できるキャパシティーを有する日本企業は限られているとは思いますが、松井氏が提唱する10カ条のさわりを紹介しておきましょう。

第一条「女性活躍はトップダウンで」

とにもかくにも経営トップが旗を振らなければ女性の登用は進まない。

第二条「男性より少し多めに励ましましょう」

女性の活躍が進むアメリカでも女性は男性に比べて昇進に消極的。

第三条「30代は辞め時。社内に女性のネットワークを組織して引き留めましょう」

同じ悩みを打ち明けられる横のつながりが社内にあると支えになり、会社に残る可能性が高くなる。

第四条「女性は男性よりセルフプロデュースが苦手と心しましょう」

女性は「はしたない」と思うのか、自分を宣伝しない人が少なくない。

(後略)

「家父長制」文化の厚い壁

日本の場合、企業の女性登用を議論する以前に「家父長制」文化の厚い壁が女性の社会進出を阻んでいるようです。松井氏は新著で「日本では女性の大卒比率が男性より高いにもかかわらず、いわゆるトップランクの大学では女子学生の比率が極めて低い」と指摘しています。

英教育専門誌タイムズ・ハイアー・エデュケーションの「世界大学ランキング2020」から世界と日本のトップ大学の女子学生比率を拾ってみました。

1位、英オックスフォード大学46%

2位、米カリフォルニア工科大学34%

3位、英ケンブリッジ大学47%

4位、米スタンフォード大学43%

5位、米マサチューセッツ工科大学39%

36位、東京大学19%(学部生、東京大学男女共同参画室より)

65位、京都大学24%

世界的に見て「リケジョ(理系女子)」は敬遠される傾向があるものの、東京大学や京都大学の女子学生比率の低さは際立ちます。

東京大学の松木則夫副学長(前男女共同参画室長)は「『男子は良い大学に行って良い職に就いて家を継ぐ。女子は家庭を守り、男子を支える』という性別の役割分担意識が、まだ日本社会に根強く残っていることが一因」と分析しています。

海外でも少女は宇宙飛行士か科学者、スーパーヒーローになることより、プリンセスやマーメイドといったお姫さま物語に胸をときめかします。しかしスタンフォード大学出身の女性エンジニア、デビー・スターリング氏は少女のための工作おもちゃを開発して話題を集めました。

半沢花は時代遅れの女性像

松井氏は「子育てやファッションにまつわるおもちゃは女の子が好むという無意識バイアス(偏見)が、知らず知らずのうちに子どもたちの可能性を狭めている」恐れを指摘しています。

筆者は女優、上戸彩さんが好演する半沢直樹の妻、花を微笑ましく思う一方で、家族のために自分のキャリアを犠牲にする時代遅れの女性像のように思えて仕方ありません。

日本企業の女性登用を進めるには松井氏が指摘しているように、まず経営トップの意識改革が不可欠です。しかし筆者は日本社会が女性天皇を受け入れられるようにならない限り、「家父長制」文化の一掃は不可能と感じています。天皇は日本という国のかたちそのものだからです。

それともう一つ大きな問題が残されています。

日米で比較した場合、1~9人が雇用されている零細企業で働く労働者数は日本が約116万人、アメリカが約70万人。250人以上の企業では日本約426万人、アメリカ約872万人と大きく逆転します。中小・零細で働く低賃金労働者が多いことが日本の生産性向上を阻んでいます。

女性の社会進出を進めていく上で、起業と企業のスケールアップを促す施策と環境づくりも大切だと思いました。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事