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ピース綾部さんいよいよ渡米? 勝算はあるのか、NY在住のハリウッド映画俳優に聞いた

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
2016年、メンズ向けプロジェクト「ハローキティメン」のイベントでの様子(写真:つのだよしお/アフロ)

昨年10月のニューヨーク移住発表から早10ヵ月。米就労ビザの取得が難航し渡米計画が思うようにいかず、「行く行く詐欺ではないか」とまで噂されているお笑いコンビ、ピースの綾部祐二さん(写真上)。「おしゃれなカフェで働いて、プロデューサーにスカウトされたい」「レッドカーペットを歩きたい」「ビッグになるまで帰らない」など、新天地アメリカでの生活にさまざまな夢を抱いている様子が報道されている。

本人の発言から英語はまだうまく話せないようだが、英語ができない外国人がアメリカのエンタメ業界でどこまで通用するのか? 勝算はあるのか? 経験者という立場から、ニューヨーク在住の日本人俳優に聞いてみた。

話を聞いたのは片岡昇さん。片岡さんは1974年に渡米し、ブロードウェーダンスカンパニーに所属しながら、Ken Kensei(ケンケンセイ)という芸名で役者を試み、渡米15年目にしてハリウッド映画『ブラックレイン』、ほかに『硫黄島からの手紙』にも出演を果たすなど、映画界での実績がある。

ニューヨーク在住の片岡昇さん。「11月に東京で英語の発音セミナーを行います」。
ニューヨーク在住の片岡昇さん。「11月に東京で英語の発音セミナーを行います」。

Profile

片岡昇(Noboru Kataoka)

ニューヨーク在住の俳優。1973年カナダに移住していた親戚を訪ね、6ヵ月後にニューヨークへ。ケン・ケンセイの名で、渡米15年目にして映画『ブラックレイン』(1989年)で、主役の高倉健の息子役としてハリウッドデビュー。2006年には『硫黄島からの手紙』で林陸軍少将役を演じた。俳優業の傍ら、日本人のために自身で開発した英語発音法、ケンセイ・メソードを指導したり、剣道師範としてNew York CIty Kendo Clubで指導している。

2006年公開の映画『硫黄島からの手紙』。左から2人目が片岡さん。(片岡昇さん提供)
2006年公開の映画『硫黄島からの手紙』。左から2人目が片岡さん。(片岡昇さん提供)

── 渡米したのは1974年とのこと。そもそも海外に出たきっかけは?

将来は海外で剣道を教えようと思っていたので、まずは叔母が住むカナダのトロントに行きました。でもすでに剣道の師範はたくさんいてチャンスがなさそうだったので、シカゴ、メキシコを経てニューヨークにたどり着きました。

ニューヨークはすごく面白い街だと感じました。僕みたいな英語を話せない人でも受け入れてくれる懐がこの街にはあると思った。飲食の仕事がたくさんあったので、皿洗いからはじめ、ウェイターやキッチンヘルパーなど、いろんなことをしました。ニューヨーク都市交通局が川崎重工業の車両を発注した際には、間に入って手伝ったりもしました。

── 俳優になったのはどのようないきさつですか。

1980年代初頭に映画プロデューサーの知人ができて、僕が剣道をしていることを知り「忍者の映画を作るんだけど出てみない?」と誘ってくれたのです。実は僕がもともと剣道を始めたのは、幼いころに「将来は侍の映画スターになりたい」と思ったからでした。まさかニューヨークで声がかかるとは夢にも思っていませんでしたね。

残念ながら映画はその後ボツになってしまったのですが、それからブロードウェーのダンスカンパニーに8年間所属し、演技、歌、ダンスを一から徹底的にやりました。

── 1989年、ハリウッド映画『ブラック・レイン』で初めて台詞のある役を得ました。どのように決まったのですか。

ダンスカンパニーに在籍中も役者として、映画やコマーシャルのオーディションに挑戦していました。しかし私の英語力では、だいたい台本を2行くらい読むと、“That’s wonderful”(すばらしい)と言われ、ドアまで見送られるんです。“Keep working”(引き続きがんばってね)と。要はそこでオーディション終了ということです。

ある日、エージェントから23歳の役のオーディションが紹介されました。「それは無理や。俺、40になったばかりやから」って言ったんだけど、「若く見えるから大丈夫」って言われて挑戦したのが映画『ブラックレイン』です。

台本読みがはじまると、いつもは2行で終わるのに、そのときは4ページぐらい読ませてくれて、「この後、カメラテストをしたい」と言われました。「君、何歳?」と聞かれて、ジョークで27歳だと答えたところ「君ラッキーだね、24歳ぐらいに見えるよ」と言われました(笑)。

そうして、主役・高倉健さんの息子役が決まったのです。アメリカに来て15年目のことです。

── そこに行き着くまで、辛酸をなめる経験があったと想像します。

どうしても映画でセリフのある役を取りたかったので、ずっとアメリカ人の発音矯正の先生にレッスンを受けていました。でも難しいことばかり言われるだけで、いつまでたっても上達しませんでした。先生も「教えられることは全部教えた」とお手上げ状態でした。

ほかの先生にもつきましたし、耳が聞こえない妹さんを持つ友人にも教えてもらいました。その友人は、僕のStopの“S”の音がおかしいと指摘したのです。正しい“S”は、舌の先が上についているところから始まる、と。

それがわかって正しい“S”の発音ができるようになり、英語の母音や子音の舌の動き、関連性などすべてが見えてくるようになりました。“Ear”と“Year”、“Cop”と“Cup”の違いなども全部わかるようになりました。それらがベースとなって、日本人のためのアメリカ英語発音トレーニング法、ケンセイ・メソードを開発しました。

── 綾部さんの「英語を話せないけど映画に出たい」というのは、当時の片岡さんと共通するものがありますね。レッドカーペットを歩きたいそうですが、何かアドバイスはありますか。

レッドカーペットは、オスカーでってことでしょうか? 今日はじめて、その方(綾部)のことを知ったけど、40歳ですか...。お笑い芸人ということだから、きっと在米経験を笑いのネタにしたいんでしょう。アメリカ生活はいろいろあるので、ネタが増えることは間違いないです。

私も英語の発音セミナーをやっていますが、お笑いを交えて、楽しく英語の発音を教えています。

例えば、日本人は“Ear”と“Year”がうまく発音できないから、“Happy New Ear”(新しい耳おめでとう)と言ったり、卯年のことを“Rabbit Ear”(うさぎの耳)と言ったりして、アメリカ人を混乱させることもしばしばです(笑)。また“Sit down”を“Shit down”と言ったり(Shit=クソ)、“I Love New York City”のつもりが“I Love New York Shitty”(Shitty=汚い)と言ってしまって、ジョーク好きなニューヨーカーに“You’re right!”(そのとおり!)と返されたりね(笑)。

まぁとにかく、英語がきちんと話せないと、普通に考えたらレッドカーペットは夢のまた夢でしょうね。でもかなりがんばれば、歩けないこともないかも? 私なりに、いくつかアドバイスします。

中学高校英語+正しい発音が重要

まず一番に言えるのは、俳優業はやはり英語力が必要です。ネイティブみたいに話せなくても、中学、高校の英語力で何とかなります。ただしセリフをスラスラと正しい発音で言えることが重要です。そういう意味で、渡米は若ければ若い方が、ネイティブ発音を取得しやすいので、有利になります。

有力なエージェントに属する

有力なエージェントに所属することです。猫も杓子も俳優になりたい、ニューヨークにはそういう人がごろごろいますから、力のあるエージェントに属し、そこから送られてオーディションに行くと、見てもらえる確率が高くなります。

コネの力もやはりあります。有力者から鶴の一声で大きな仕事が決まることも。「誰を知っているか」が重要です。

体芸で勝負するのも手

英語がだめ、俳優業がだめとなると、体芸であればチャンスはあると思います。蛯名健一さんなんて、ダンスパフォーマンスであれだけアメリカで有名になりましたからね。パフォーマンスの分野で才能があれば、言葉はいらないですよね。

マーシャルアーツを習得する

私にとっての剣道のように、アメリカ生活ではマーシャルアーツ(武道)を知っておくと有利になることがあります。アメリカ人は今でもマーシャルアーツが大好きだし、パフォーマンスをする際でも、ユーモアを組み込んで見せると、笑いを取れます。

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ニューヨーク、クイーンズ区アストリアのカフェ「Monika's Cafe Bar」で話を聞いた。この地区は映画スタジオ「Kaufman Astoria Studios」やメディア博物館「Museum of the Moving Image」があり、俳優や映画関係者がよく集まる(私たちのテーブル担当のウェイトレスも、ハンガリー出身の女優とのことだった)。「この周辺のカフェやレストランで働けば、プロデューサーの目に止まりやすいかも」と片岡さん。

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── ご自身のことをこれまで振り返って、思うことはありますか。

当時は自分なりに売り込みをがんばっていたと思っていたけど、今考えると、デモテープを作ったりして、もっと自分をPRすればよかったと思うことがあります。今は誰でも簡単にYoutubeなどを使って売り込みできる時代ですから、綾部さんもそういうのを利用して、どんどん売り込んでみるといいでしょう。

── ハリウッドってどんな世界ですか。

私が演じたのは小さい役なので、俳優として成功しているとは決して思いませんが、それでもいい思いはたくさんさせてもらいました。例えば、ニューヨークから撮影でロサンゼルスに移動する際、労働組合のルールで飛行機は必ずファーストクラスだったし、到着したらすごいリムジン&ブロンド美人が待ってくれていました。私のことを日本から来た大スターだと思ったのでしょう。現地の日系人エキストラが、私が到着するや否や、全員そろって丁寧におじぎをして迎えてくれたりね(笑)。

綾部さんもアメリカでおもしろい体験をたくさんするだろうから、その一つひとつを芸の肥やしにして、夢を叶えてほしいですね。

Aug 25th, 10:22pm Updated:

本記事に「就労ビザが降り9月に渡米することが決まった」という一部スポーツ紙の報道を引用した部分がありましたが、その後所属事務所がビザ取得を否定するコメントを出しましたので、冒頭部分を修正しました。

(Text and photos by Kasumi Abe) 無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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