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台風直撃から1か月。 進まぬ復旧と新たな大型台風に不安を抱える住民たち

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
1か月経った今もブルーシートと災害ごみが目立つ館山市富崎漁港(筆者撮影)

 台風15号の直撃から1か月が経過しました。

 先月の今頃、千葉県大網白里市にある私の自宅も停電中で、テレビ、クーラー、冷蔵庫などが使えませんでした。

 そんな中、台風一過の猛暑に堪えかねて、エンジンをかけた車の中に2匹の愛犬と共に避難していたことを思い返しています。 

 幸い、我が家の停電は50時間程度で復旧しましたが、周辺では電柱の倒壊や倒木被害によってライフラインが止まったまま、2週間以上過酷な生活を強いられた方も多数おられました。

停電が15日間続いた千葉県山武市下布田地区(筆者撮影。2019.9.24)
停電が15日間続いた千葉県山武市下布田地区(筆者撮影。2019.9.24)

 では、あの日から1か月経った南部の被災地は、その後どのような状況にあるのでしょうか。

 私は車を運転し、台風から4日後(9月13日)に走ったルート(下記記事)とほぼ同じコースで、再び南房総へと足を運んでみました。

<無数の大木や電柱が道路を寸断 千葉県南部の惨状は想像以上だった!(2019/9/14配信)>

■ようやく営業開始にこぎつけた保田漁港

 10月4日、この日の房総半島は朝からどす黒い雲に覆われ、9時半頃から前も見えないような豪雨に見舞われたものの、10時半頃にはすっきり晴れ上がり、さっきの雨が嘘のように秋の青空が広がりました。

 私がまず目指したのは、鋸南町の保田漁港です。

 ここは漁協が直営する「ばんや」という人気の食事処があることで有名ですが、台風15号はこの港にも直撃し、漁協とばんやの建物を激しく破壊してしまいました。

台風で大きく破損した「ばんや」の建物(筆者撮影。2019.9.13)
台風で大きく破損した「ばんや」の建物(筆者撮影。2019.9.13)

 9月13日に訪れたときは、人影も少なく上のような状況でしたが、私が2度目に訪れたときには、新館の建物を使ってかろうじて営業を再開していました。

 保田漁港にお勤めの鈴木淳さん(41)に伺いました。

「台風の朝、ばんやの建物の大きな屋根が前の国道127号線に飛ばされているのをみたときは、本当に驚きましたね。とりあえずそれをどかして車が通れるようにするところから始めました。漁協の建物も風の被害が大きく、10日ほど漁が再開できませんでした」

保田漁協の鈴木さん。後ろに積まれているのはばんやの建物の屋根だったがれき(筆者撮影。2019.10.4)
保田漁協の鈴木さん。後ろに積まれているのはばんやの建物の屋根だったがれき(筆者撮影。2019.10.4)

 鈴木さんが案内してくださった漁協の建物は、壁やガラスが割れ、天井の照明器具も吹き飛ばされたままです。

 また、大量の災害ごみが出ているのですが、それを廃棄する場所の確保が大変で、木材系のごみは港に積み上げておき、漁から戻った漁師が暖を取るときの薪にするつもりだそうです。

保田漁港に集められた木材系の災害ごみ(筆者撮影。2019.10.4)
保田漁港に集められた木材系の災害ごみ(筆者撮影。2019.10.4)

 鈴木さんは語ります。

「何より大変だったのは氷が作れなかったことです。せっかく漁が再開できても、氷がないと出荷することができないから、あれにはまいりましたよ」

 実は、『ばんや』と大きく書かれたあの建物は製氷施設です。

 上の階で氷を作り、下の階に貯蔵する仕組みになっているのですが、台風による停電で稼働できなくなり、氷の供給がストップしてしまったそうです。

保田漁港の製氷施設(筆者撮影、2019.10.4)
保田漁港の製氷施設(筆者撮影、2019.10.4)

「ようやく製氷できるようになって、ばんやのほうも9月28日から営業を再開しました。でも、客の入りはまだまだですね。本館の方も急ピッチで修理をしていますので、みなさん、また以前のようにぜひ食べに来てください」

■映画の舞台「岬のカフェ」は2年前の台風被害を引きずったまま

「ばんや」から数キロ北にある、「岬カフェ」にも立ち寄ってみました。

 ここは、吉永小百合さんが主演した「ふしぎな岬の物語」という映画の舞台となった場所で、東京湾を挟んで三浦半島を望む絶景と美味しいコーヒーが楽しめるスポットとして人気を集めています。

映画の舞台にもなった鋸南町の岬カフェ(筆者撮影。2019.10.4)
映画の舞台にもなった鋸南町の岬カフェ(筆者撮影。2019.10.4)

 海に面した断崖に立つこのカフェの被害が心配されましたが、台風15号の被害は奇跡的にほとんど受けなかったとのこと。まさに「ふしぎな」パワーに守られたようです。

 しかし、お店のすぐそばの駐車場に止めてあった乗用車は吹き飛ばされて、ガラスが割れ、今もまだ修理から戻ってきていないとのことでした。

 カフェのオーナーは語ります。

「今回の台風15号では、有難いことに建物自体には大きな被害がありませんでした。でも、2017年10月の台風で店のすぐ前の県道が崩落し、2年経った今も復旧されることなくそのままなんです。いくら危険を訴えても千葉県は全く動いてくれません。それで、今、署名運動をしているんです」

署名用紙を手にする岬カフェのオーナー(筆者撮影。2019.10.4)
署名用紙を手にする岬カフェのオーナー(筆者撮影。2019.10.4)

 話を聞いて、お店の前の崖下を覗いてみると、崩落した県道のアスファルトがそのまま残っていました。

 大変危険な状態がそのまま放置されていることがわかりますが、この場所は、2年前の台風被害から、まったく復旧していないのです。

岬カフェの前の県道は2017年の台風で崩落したまま手付かずだった(筆者撮影。2019.10.4)
岬カフェの前の県道は2017年の台風で崩落したまま手付かずだった(筆者撮影。2019.10.4)

 カフェを後にし、さらに海沿いの国道を走って鋸南町から館山市へと走りました。

 道路わきに積まれたがれきは撤去され、ずいぶん片付いたものの、ブルーシートがかけられた家屋は9月13日に訪れたときよりもむしろ増えているように感じました。

■度重なる天災を日本古来の建築修復と補強で耐え抜いた古刹・那古寺

 次に私が訪れたのは、館山市の古刹・那古寺です。

 奈良時代(717年)に行基が創建したと伝えられており、鎌倉時代には源頼朝、足利氏らの信仰を集めていたという大変由緒あるお寺です。

 1703年の元禄大地震、1923年の関東大震災でも被災し、建物が損傷しましたが、その都度再建され、2010年には本堂である観音堂を昔ながらの技法で大改修し、館山市民をはじめ多くの方の心のよりどころとして現在に至っているのです。

那古寺の本堂。台風による直接被害はほとんどなかったという(筆者撮影。2019.10.4)
那古寺の本堂。台風による直接被害はほとんどなかったという(筆者撮影。2019.10.4)

 台風15号の被害がとても心配されましたが、境内の大木が倒れて本堂の屋根を一部破損したほかは、風で瓦が飛ばされたり建物自体が倒壊したりといった被害は全くなかったそうです。

 文化財建造物の保存修理を行う技術者で、那古寺の修復事業に取り組んだ榮山慶二さんに伺いました。

「日本古来の建築物は風の通り道などが緻密に考えられているため、強風にとても強いのです。2年前に修復したこの多宝塔も、今回の台風では全く被害を受けませんでした」

2年前多宝塔を修復・補強した文化財建造物保存修理の技術者・榮山さん(筆者撮影。2019.10.4)
2年前多宝塔を修復・補強した文化財建造物保存修理の技術者・榮山さん(筆者撮影。2019.10.4)

「また本堂の瓦も『漆喰巻き』、つまり漆喰を使って一枚ずつ固定してあるため、吹き飛ばされるといった被害はありませんでした。昔の建築技術のレベルの高さを今一度見直し、継承していくことが大切だと思います」

 那古寺の石川良和住職も、今回の台風に耐えられたことに胸をなでおろしておられました。

「文化財を守っていくことは大変ですが、10年前に精魂込めて修復工事をしていただいたおかげで、今までに経験したことがないような台風に堪えることができたのだと思っています」

 この日も、文化財修復専門の技術者や瓦職人を交えて、屋根瓦補修の打ち合わせが行われていました。

那古寺住職(右)と文化財建造物保存に携わる技術者の榮山さん(筆者撮影。2019.10.4)
那古寺住職(右)と文化財建造物保存に携わる技術者の榮山さん(筆者撮影。2019.10.4)

「お寺には多くの方が思いを寄せてくださっています。そこに佇まいがあること、訪れてよかったと思っていただけることが何より大切だと思い、そのために心血を注いできました。倒木で本堂の屋根が一部破損しましたが、こちらも丁寧に修復できればと思っています」(石川住職)

 高台にある那古寺の境内から街を見下ろすと、無数のブルーシートが目に飛び込んできます。

 現代建築の脆弱さを目の当たりにし、人の住まいのあり方に関して、今一度、古(いにしえ)の時代に答えを求める時が来ているのではないか、そんな気がしました。

■災害ごみの受け入れ場所が定まらず……

 日暮れ時、私は館山市の南に位置する富崎漁港を訪れました。

 海に面したなだらかな傾斜に建つ多くの家屋は、その大半がブルーシートに覆われ、道路わきには災害ごみが高く積み上げられています。その状況を見ていると、あれから1か月が過ぎたとは思えませんでした。

富崎地区の状況(筆者撮影。2019.10.4)
富崎地区の状況(筆者撮影。2019.10.4)

 この日は夕方になっても強風が吹き荒れ、ブルーシートはその風をはらんで大きく膨らみ、はためいています。

漁港の近くに車を停めて歩いていると、この地区の区会長を務める嶋田政雄さんが、

「今日は富士山がはっきり見えるよ」

と、声をかけてくださいました。

館山市富崎地区の会長を務める嶋田さん(筆者撮影。2019.10.4)
館山市富崎地区の会長を務める嶋田さん(筆者撮影。2019.10.4)

 嶋田さんは台風の後、住民の被害状況把握、災害ボランティアセンターでの支援活動、行政との折衝やメディアへの取材対応など、目まぐるしい日々を送られてきたそうです。

「今困っているのは、災害ごみの捨て場所がはっきり定まっていないことだね。行政からの指示が二転三転して、仕方なく、町の中の旅館の跡地に置いているんだけど、山積みになる一方で……」

 高齢者が多いこの地区では、大型ごみの搬出も簡単なことではありません。

館山市富崎漁港から望む富士山(筆者撮影。。2019.10.4)
館山市富崎漁港から望む富士山(筆者撮影。。2019.10.4)

■ブルーシートの屋根に追い打ちをかける大型台風

「何より、今朝の豪雨にはまいったね。ブルーシートでは全くダメで雨漏りがすごいんだよ。しかも、家の中は水濡れでカビだらけ。それでも年寄りは避難所に行きたがらないんだよね。自分の家がいいって。これからどんどん寒くなってくるし、また大きな台風が来るって言っているし、本当にどうすればいいのか……」

 嶋田さんと話をしている途中にも、高齢の女性が、

「次の台風が来る前に、ブルーシートをかけてほしいんだけど、誰もやってくれる人がいない……」

 と、不安そうに語りかけてきました。

 高齢者の方々は、自分で屋根に上ることもできず、ボランティアや業者の作業を待つしかありません。

 しかし、屋根の修繕工事を頼んでも1~2年待ちだと言われたそうです。

 今週末にも、大型で猛烈な台風19号が日本列島に近づいています。

 15号の被害を受けたまま、建物被害がほとんど復旧していないエリアに再び暴風が吹き荒れた場合、いったいどうなるのか……、大変心配です。

 台風から1か月後の被災地は、未だ原状回復には程遠いというのが現実です。

 千葉県の発表によると、今回の台風で損傷した家屋は3万4千棟以上。

 今できる対策は、とにかく傷んだ自宅には決して残らず、台風が激しくなる前に安全な避難場所に身を寄せる、これしかないと感じました。

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「真冬の虹 コロナ禍の交通事故被害者たち」「開成をつくった男、佐野鼎」「コレラを防いだ男 関寛斉」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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