岩塊が語るリュウグウの歴史と黒い物質の謎
2019年6月25日、JAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」プロジェクトチームは、小惑星リュウグウの表面の物質サンプルを採取する2回目のタッチダウン(着陸)を実施すると発表した。7月10日から表面に向けて降下を開始し、7月11日午前11時ごろにタッチダウン、サンプル採取が行われる予定だ。
リュウグウへのタッチダウンは今年2月に続いて2回目となる。はやぶさ2は4月にはリュウグウの表面にSCIと呼ばれる銅板を用いた装置を衝突させ、人工的にクレーターを作る試みを成功させた。今回は人工クレーターの周辺に飛び散った「イジェクタ」という地下の物質サンプルを採集することが目的だ。イジェクタは小惑星リュウグウの地下から出てきたため、表面で宇宙線や太陽風の影響を受けていない物質が残っている可能性がある。1回目のタッチダウンで採取した物質と比較することで、小惑星の成り立ちに対する理解を飛躍的に高めるものと期待されている。
ボルダーはリュウグウそのもの
4月の衝突装置運用からタッチダウン実施決定までに時間を要した背景には、リュウグウの表面を覆う無数の岩塊(ボルダー)の存在がある。リュウグウはボルダーが多く、第1回タッチダウンの際も平らで探査機が降りやすい地域を見つけることが難しかった。また、何度も表面近くまで降下し、ボルダーの詳細なマップを作成しなければタッチダウンの計画を立てることができない。2回目のタッチダウン候補地付近で探査機にとって危険なボルダーには「三途岩」「積み岩」「小三途」といった愛称がつけられ、プロジェクトチームは3つの苦しみを表す三途に見立ててボルダーを警戒していることがうかがえる。
ミッション上では障害として立ちふさがるボルダーだが、小惑星リュウグウを特徴づける存在でもある。ボルダーとはそもそも、一辺が256ミリメートル以上の岩を指す。それより小さいものは、ペブル(小石)やコブル(玉石)と呼ばれる。近畿大学の道上達広教授らが米科学雑誌Icarusに発表した論文『Boulder size and shape distributions on asteroid Ryugu.』によれば、表面積およそ2.7平方キロメートルのリュウグウ全体で1万個以上のボルダーが測定された。中でも5メートル以上の大きさのボルダーは約4400個あるとされる。10メートル以上の大きなボルダーは、これまで探査されたどの小惑星よりも単位面積あたりの数が多いという。ボルダーは緯度経度によって若干の差があるものの、ほぼ表面全体に一様に分布している。
他の小惑星と比べてみると、直径約17キロメートルの小惑星エロスのように大きな天体では、表面に隕石がぶつかってクレーターができたときの衝撃でボルダーが生まれたと考えられている。一方で直径330メートルのイトカワや500メートル程度のベンヌ、直径約5.4キロメートルのトータティスなど小さな天体の場合は、母天体が破壊された際に生まれたボルダーが現在も残っていると考えられている。直径1キロメートルほどのリュウグウは、イトカワやベンヌとトータティスの中間にあたる大きさだ。
リュウグウ最大のボルダーは南極近くの「オトヒメ」岩で、160×120×70メートルのものだ。リュウグウ表面に存在するクレーターの最大サイズは直径300メートルで、クレーターとボルダーの大きさを比較してみると、クレーターに比してボルダーが大きすぎるという。また、エロスのような大型の小惑星ではボルダーがクレーターの周辺にあるが、リュウグウでは全体に均一に分布している。こうしたことから、リュウグウのボルダーは隕石衝突の際に飛び出した岩ではなく、母天体の破片の生き残りと考えられる。
リュウグウの母天体は小惑星帯にある直径約55キロメートルの小惑星ポラナまたは直径約37キロメートルの小惑星オイラリアであると推定されており、母天体で大規模衝突破壊が起きたときの破片が集積して小惑星ができたと考えられている。ボルダーの存在ははやぶさ2探査にとって困難ではあるが、リュウグウという天体を成り立たせた存在でもある。
埋もれたボルダーと「黒」の謎
先の論文で、リュウグウの赤道付近ではボルダーが赤道へ集まってきた小さな石や砂(レゴリス)に埋もれていることがわかっている。
一方で、2回目のタッチダウンによって地下から出てきたイジェクタを採取する理由は、地下の物質が小惑星ができた当時のまま、宇宙線や太陽風による変性が少ない可能性があるからだ。ただし、隕石の衝突といった現象によって小惑星の表面が掘り起こされ、内部と表面の物質が混ざり合っていることも考えられている。
2回目のタッチダウンに寄せる科学者の期待には、「変性の影響を評価できる」との言葉がある。SCIによって出てきたイジェクタは、長く埋もれていた古代の名残をとどめた物質なのか、それとも頻繁に掘り起こされて混ざり合っているのか、サンプル分析によって直接確かめることができる。確かめられるということそのものが史上初のチャンスだ。
そこで気になるのが、レゴリスが赤道に移動してきているという点だ。その移動によっても内部と表面が混ざり合って均質化が進んでいるのではないだろうか? この疑問について、ミッションマネージャの吉川真准教授は、「科学者は確かに、その点を気にしている」と述べた。隕石衝突以外に物質の移動によっても表面が入れ替わる可能性はあるという。
だが、さらに興味深い事実がある。広島大学の藪田ひかる教授によると、SCIで人工的に作られたクレーターの内側と外側では、表面よりクレーター内側の方が反射率が低い(黒い)ことがわかったという。このことから、「人工クレーターの内外で何らかの物質の違いがある」(吉川准教授)といい、地下から出てきたイジェクタへの期待を示した。リュウグウの表面は「これまで知られているいかなる隕石よりも反射率が低い(黒い)」というかなり黒い物質であることがわかっている。SCIでクレーターを作って出てきた物質はそれよりもさらに黒く、推測されているその成因もさまざまだ。物質の移動による表面と内側の入れ替わりの可能性はあるものの、それを超える「黒い物質」の謎が浮上してきた。
2回目のタッチダウンが成功し、2020年にはやぶさ2が採取したサンプルを持って地球に帰還すれば、リュウグウという世界の謎を直接手にとって解明できる機会が訪れる。