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月曜ジャズ通信 2014年7月28日 台風の“眼”にはジャズのスピリットが潜んでいるのか号

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

もくじ

♪今週のスタンダード〜ブルー・ムーン

♪今週のヴォーカル〜シンガーズ・アンリミテッド

♪今週の自画自賛〜「名演に乾杯」ジャズ耳養成マガジン「JAZZ100年」第9巻

♪今週の気になる2枚〜ニュー・センチュリー・ジャズ・クインテット『タイム・イズ・ナウ』/松居慶子『Soul Quest』

♪執筆後記〜ハービー・ハンコック「アイ・オブ・ハリケーン」

「月曜ジャズ通信」のサンプルは、無料公開の準備号(⇒月曜ジャズ通信<テスト版(無料)>2013年12月16日号)をご覧ください。

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ジュリー・ロンドン『彼女の名はジュリーvol.2』
ジュリー・ロンドン『彼女の名はジュリーvol.2』

●今週のスタンダード〜ブルー・ムーン

ブロードウェイ=ミュージカル界からハリウッド=映画界までを席巻した名コンビ、ロレンツ・ハート(作詞)とリチャード・ロジャース(作曲)が1934年に完成させた曲です。

“完成させた”というビミョーな表現をしたのは、この曲がすんなりとは世に出なかったため。

最初は「The Prayer」というタイトルで映画用に作られましたが、どうやらボツになったらしい。そこで、手を入れてタイトルも「The bad in every man」に変えられたものがクラーク・ゲーブル主演の映画「Manhattan melodrama(男の世界)」(米公開1934年、日本公開1935年)に挿入されたものの不発だったため、再び手が加えられて「ブルー・ムーン」というタイトルで送り出されたのでした。

出自はグダグダしてましたが、結局はこのコンビの最も売れた楽譜になったという逸話つきの曲です。

“ブルー・ムーン”という言葉は、この曲の場合は文字どおり“青い月”と解釈したほうがよさそうです。通常は月が青く見えるなんてことはないのですが、非常に稀に大気中の塵の影響でそのように見えることもあるとか。そこから、“滅多にないこと”をたとえる言葉として用いられるようになりました。

この曲では、“私”の心の寂しい気分を色で表現するために、月に“青く”なってもらった、というところなのではないでしょうか。

♪Frank Sinatra- Blue Moon

フランク・シナトラが歌う「ブルー・ムーン」。アレンジやコーラスなど、比較的オリジナルに近い雰囲気が残っていると思います。

♪JULIE LONDON BLUE MOON

グッとアンニュイな感じで歌っているのはジュリー・ロンドン。

♪Art Blakey & The Jazz Messengers- Blue Moon

1960年代初期のメンバーによるジャズ・メッセンジャーズ・ヴァージョン。情感たっぷりのスロー・バラードに仕立ててあります。

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シンガーズ・アンリミテッド『ア・カペラ』
シンガーズ・アンリミテッド『ア・カペラ』

●今週のヴォーカル〜シンガーズ・アンリミテッド

“無制限”という意味深な名前のついたコーラス・グループ。

その名のとおり、それまでのコーラス界の常識を覆す画期的な内容を打ち出して、ジャズ史に名を残すことになりました。

発端は1967年。1950年代に人気を博した男声四重唱グループ“ハイ・ローズ”のリーダーだったジーン・ピュアリングは、ドン・シェルトン、レン・ドレスラー、ボニー・ハーマンというメンバーで新たなコーラス・グループを結成しました。

ところがこの新たなコーラス・グループの存在が表面化するまでには、4年ほどかかることになります。いえ、売れなかったというわけではありません。彼らはとても多忙なスケジュールをこなしていたようです。しかし、大部分のリスナーには、それが彼らだということがわからなかったのだと思います。

なぜなら、彼らはアルバムを出したりツアーに出たり、TVショーで歌ったりという活動をしないグループだったからです。

いわゆる“スタジオ・ミュージシャン”という位置づけですね。

しかし、彼らのデモ・テープを耳にしたオスカー・ピーターソンがドイツのレーベルとの契約を勧め、共演というかたちでシンガーズ・アンリミテッドのデビューをお膳立てすることになりました。

すると彼らは、そのデビュー作『イン・チューン』(1971年)と同じ年に発表した『ア・カペラ』で、コーラス界のみならずジャズ界でも“禁じ手”と考えられていた多重録音を用いて、声によるハーモニーの可能性を一気に広げる作品を完成させました。

それを可能にしたのも、彼らがスタジオ・ワークに長けていて、ライヴという表現アプローチを切り捨ててまでコーラスにこだわったから。

厳密にはグループではなく、プロジェクトと言ったほうがいいのかもしれませんが、彼ら抜きに1970年代以降のコーラスを語ることができなくなっている以上、とても“グループとしての実態はなかった”とは言えません。そんなミステリアスなところもまた、彼らの魅力になっているようです。

♪" FOOL ON THE HILL " SINGERS UNLIMITED

オスカー・ピーターソンの心を動かしたシンガーズ・アンリミテッドのデモ・テープに収められていたのが、ザ・ビートルズの「フール・オン・ザ・ヒル」だったそうです。こちらの完成形でもその衝撃は十分味わうことができるでしょう。

♪The Singers Unlimited with the Oscar Peterson Trio- The Shadow of Your Smile

デビュー作でのオスカー・ピーターソンとの共演。

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ジャズ耳養成マガジン「JAZZ100年」第9巻
ジャズ耳養成マガジン「JAZZ100年」第9巻

●今週の自画自賛〜「名演に乾杯」(ジャズ耳養成マガジン「JAZZ100年」第9巻)

富澤えいちが記事を担当している「JAZZ100年」の「名演に乾杯」9回目は、付属CD収録の「52丁目のテーマ」の演奏に合わせてスタア・バー・ギンザの世界チャンプ・バーテンダー岸久さんが選んだ“マンハッタン・ミスト”について。

この曲は、ビバップのオリジネーターのひとりであるセロニアス・モンクが弟子のバド・パウエルのために作ったと言われているものです。そのためか、作曲者自身の演奏は録音として残されていません。モンクが律儀だったのか、あるいは演奏できない事情があったのかは不明なのですが……。

“ミスト”は、クラッシュ・アイスを用いたアレンジ・カクテル。“マンハッタン”というカクテル自体は超定番だったので、モンクらしさを表現するために岸さんがちょいとヒネって考えてくれた、というものでした。

♪Bud Powell- 52nd Street Theme

パド・パウエルをジャズ・シーンに送り出すための“はなむけ”としてモンクがこの曲を贈ったようです。モンクがこの曲を弾こうとしなかったのは、このアルバムのバドのプレイがあまりに鮮烈だったので、比べられたくなかったという“ミュージシャンならではの複雑な心境”があったからかもしれません。

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ニュー・センチュリー・ジャズ・クインテット『タイム・イズ・ナウ』
ニュー・センチュリー・ジャズ・クインテット『タイム・イズ・ナウ』

●今週の気になる1/2枚〜ニュー・センチュリー・ジャズ・クインテット『タイム・イズ・ナウ』

先日、あるミュージシャンのインタビュー取材をしていたとき、彼の口から「アメリカの、トラディショナルなジャズを意識して」という言葉が出たのでおもしろいなと思ったことがあります。

彼はニューオーリンズ・ジャズやスウィングのリヴァイヴァルをめざすという意味でこの言葉を使ったわけではなく、ヨーロピアン・ジャズや日本独自のJジャズとは違うコンセプションであることをボクに伝えようとしたのだと理解しました。

この15年ほどで、“ジャズはアメリカで生まれた独自の文化”というニュアンスは、かなり薄まったように感じます。それこそ“トラディショナル”本来の意味、すなわち伝統芸能にポジションが近づきつつあると言えるかもしれません。逆に日本ではジャズのブランド化によって、ある一時期のという限定つきではありますが、その価値の普遍化が進んでいるように感じます。

こうしたギャップを現場のミュージシャンたちは危機として受け止め、ヴァリエーションを開発するのではなく、“基本に返る”ことが必要だという意識が高まっているのかもしれません。

閑話休題。

このニュー・センチュリー・ジャズ・クインテットは、まさにその潮流の真っ只中で生まれたようなバンドだと思ってしまいました。

日米混合のメンバーはいずれもニューヨークのジャズ・シーン最前線で研鑽する若手たち。そのサウンドからは、真似ない、媚びない、畏れない、という気概が伝わってきます。

こうした気概をもつに至るには、それなりのバックボーンが必要になります。

このアルバムもまた、彼らのバックボーンのひとつになることは確かでしょう。

こちらのサイトで試聴できます。

New Century Jazz Quintet『Time Is Now』|Spice of Life Inc.

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松居慶子『Soul Quest』
松居慶子『Soul Quest』

●今週の気になる2/2枚〜松居慶子『Soul Quest』

松居慶子が追求しようとしている、“魂”という無形で不確実なものを音楽として表現する行為は、この数年でさらに深まっているように感じます。

彼女を”女王”として祭り上げたスムース・ジャズの世界は、いわばマーケティングによる方法論が確定したヴァーチャルな表現芸術のひとつの極致だったと言えます。そこに安住できなかった彼女は、“自分に降りてくる音をどう具現するか”という難題を抱えて世界を旅する苦難の道を選びました。

大きな手がかりになったと思われるのが、前作『The Road...』のラスト・ナンバー「Hikari〜旅立った魂と生かされた魂へ〜」。2011年1月にアメリカで発売された時点では、このアルバムには9曲しか収録されていませんでした。日本のレコード会社とリリースについて話し合いをしているさなかに起きたのが東日本大震災。自身も大きな心の痛手を負いながら、音楽による復興支援に尽力するなかで彼女にもたらされたのが「Hikari〜旅立った魂と生かされた魂へ〜」のメロディだったそうです。この1曲を加えてその年の暮れに発売されたのが日本盤『The Road...』でした。

松居慶子といえば、その完成度の高さからいまだにスムース・ジャズという先入観をもって聴く人もいるようです。しかし、彼女はすでにデータ分析からだけでは導き出せない音楽的な結論にアクセスする能力を身につけています。

だからこそ、聴き終えたときの“心の震え”が違うのだと思うのです。

♪松居慶子 / Soul Quest【日本盤特典映像ダイジェスト】

日本盤用のプロモーション映像です。

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富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』
富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』

●執筆後記

今年は梅雨明け前から台風にゲリラ豪雨と、油断も隙もありませんね。

台風で思い浮かぶジャズは、ハービー・ハンコックの「アイ・オブ・ハリケーン」でしょうか。

フレディ・ハバードのトランペットが暴風を、ジョージ・コールマンのテナー・サックスが慌ただしい街のようすを、ロン・カーターのベースが風に揺られる電線のうなりを、トニー・ウィリアムスのシンバルが叩きつける雨を、それぞれリアルに描写しようとしたのがこの曲ではないかと思うのです。

この曲で思い出すのは1979年開催の第3回ライヴ・アンダー・ザ・スカイでのV.S.O.P.の演奏。ゲリラ豪雨のなか中断を挟みながらも決行されたこの公演、会場の田園コロシアムでずぶ濡れになって観たのですが、まるで自分のためにこの曲が演奏されているかのような錯覚に陥ったのを覚えています。

♪Herbie Hancock- The Eye of the Hurricane

サックスがウエイン・ショーターに替わったV.S.O.P.盤もあるので、興味のある人は探してみてください。

富澤えいちのジャズブログ⇒http://jazz.e10330.com/

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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