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「リベラル」はそろそろダブルスタンダードを止めよう

橘玲作家
(写真:ロイター/アフロ)

トランプ米大統領が一定の人気を維持しているのは、ときどき正しい(そして面白い)ことをいうからだろう。最近では「不法移民の聖域都市への移送「本当に検討」」というニュースだ。

聖域都市(Sanctuary city)はマイノリティに対して寛容な政策をとっている自治体で、不法移民というだけで逮捕や強制送還されることはなく、市民権と同等の公共サービスを受けることもできる。聖域都市の所在地はアメリカ東部(ニューヨーク、ボストン)や西海岸(サンフランシスコ、ロサンゼルス)など民主党の強固な地盤で、トランプの移民排斥政策をきびしく批判してきた。

サンクチュアリ(Sanctuary)は教会・寺院などの「聖域(神聖な場所)」から、法のちからが及ばない中世の教会などの「避難所」へと転じ、禁猟区など「動物保護区」の意味で使われるようになった。聖域都市はさしずめ「不法移民保護区」だ。

それに対してトランプは4月12日、こうTweetした。

「(アメリカ社会に対して)きわめて危険な移民法を民主党が改正したがらないという事実(ファクト)により、われわれは本気で、すでに報道されているように、不法移民を聖域都市に移送することを検討している。ラディカルな左翼だけがつねに「国境を解放し、移民を無条件に受け入れる政策(Open Borders,Open Arms policy)」を支持しているようだ。だとしたら、これは彼らをとてもハッピーにするだろう」

このTweetに対してはすでに5万件にちかいコメントがつけられている。とてもぜんぶは目を通せないが、批判や罵倒より熱烈な賛意が圧倒的に多いのはまちがいない。

移民政策はきわめて微妙な問題で、アメリカ国内でもさまざまな立場がある。

あまり指摘されないが、トランプの不法移民対策を強く支持しているのは移民たちだ。苦労して合法的に市民権を取得した彼らは、他の移民が「不法に(抜け駆けして)」同じ地位を得ることに大きな不満を抱いている。

それと同時に、トランプを批判しているのも移民たちだ。彼らは家族・親族をアメリカに移民させようと考えており、そのための門戸が狭まるのを恐れている。

だからこれは、なにが正しくどちらが間違っているということではない(いずれも「適切な移民政策」を求めているのだろう)。このTweetが興味深いのは、リベラル(最近は「ラディカルレフト」あるいは「レフト」と呼ばれている)のダブルスタンダードを突いていることだ。

移民を受け入れることが正義だというのなら、まずは率先して自分たちの住まい(東部や西海岸のエリートたちは大金持ちしか購入できない高級住宅地に暮らしている)に大規模な移民キャンプをつくればいい。大量の不法移民を移送してやるから、ほんとうにそんなことができるかどうか見せてくれ。――アメリカ大統領にしてはたしかに乱暴な言い草だが、筋は通っている。そもそもアメリカの人権団体は国内の不法移民を聖域都市に避難させる活動をしているのだから、それを国家が大規模に行なうことに文句があるはずがない。

いたずらに不要な対立を煽るという批判はもちろんあるだろう。だが、トランプを「悪」、自分たちを「善=正義」として対立を煽ってきたのはレフトも同じだ。アメリカ国内でも、Open Borders,Open Arms policyはあまりに非現実的としてリベラルな知識人も疑念を呈している。

これまできれいごとばかりいってきたリベラル(レフト)は、この批判に対して誠実にこたえなくてはならない。

日本の「リベラル」もダブルスタンダード

日本でも「リベラル」を自称するひとたちは、これまでずっとダブルスタンダードを容認されてきた。

日本は男女の社会的な性差を評価するジェンダーギャップ指数が110位と世界最底辺で、安倍政権は「2020年までに指導的地位に女性が占める割合を少なくとも30%程度にする」という目標を掲げたが、その達成は絶望的だ。これを受けてテレビや新聞などマスメディアは、国会はもちろん地方議会の女性議員割合が極端に低いことをさかんに問題にするが、そういうメディアの「女性活躍」はどうなっているのかと取締役名簿を見ると、「リベラル」とされる会社でも女性取締役は数えるほどしかいない。

女性議員が少ない理由は、最近では「なり手がいない」からだと説明される。だとすればリベラルなメディアで女性管理職や取締役が少ないのも、無能な女性社員ばかりで「なり手がいない」からなのだろうか。

安倍首相が2018年の施政方針演説で「同一労働同一賃金を実現し、非正規という言葉をこの国から一掃する」と宣言してから「働き方改革」は一気に進み、裁判所でも非正規の原告の主張を認める画期的な判決が相次いでいる。

「同じ仕事をすれば、身分や性別、人種などのちがいにかかわらず同じ賃金が支払われる」というのはリベラルな社会の大前提だが、「リベラル」を自称する労働組合はこれまで同一労働同一賃金に頑強に反対し、「日本には日本人に合った働き方がある(外国のことなど関係ない)」として「同一価値労働同一賃金」を唱えてきた。排外主義(ネトウヨ)と見まがうようなこの奇怪な論理では、「正社員と非正規は同じ仕事をしていても労働の「価値」が異なるから、待遇がちがうのは当然だ」という。

これは要するに、正社員と非正規は「身分」がちがい、人間としての「価値」がちがうということだろう。ところがリベラルな知識人はこのグロテスクな論理を批判しないばかりか、保守派とともに「日本的雇用を守れ」と大合唱し、非正規への身分差別を容認してきた。

「リベラル」の言行が一致しているなら、「立憲主義を踏みにじる」安倍政権を批判するリベラルなテレビ局・新聞社の女性取締役は3割(安倍政権が掲げる努力目標)ではなく、とうに半数を超えているはずだ。

「人権」と「平等」を金科玉条とする労働組合は非正規などという「身分」を認めず、親会社と子会社の「身分格差」もなくし、海外で採用した社員を「現地採用」として「本社採用」の日本人と「国籍差別」するようなことはぜったいに認めないだろう。

ところがこれらはすべて日本企業が当たり前に行なっていることで、そこには必ず労働組合がある。だとしたら、彼らのいう「人権」や「平等」とはいったい何なのか?

これまで「リベラル(レフト)」は、自分たちのダブルスタンダードへの批判をずっと黙殺してきた。だがトランプのTweetへの反響を見ればわかるように、多くのひとたちはこの偽善にずっと前から気づいている。これが、報道機関に対するアメリカ人の信頼度が極端に低くなった一因だろう。

インターネットやSNSの普及によって、「リベラル」のダブルスタンダードへの風当たりはこれからますます強くなる(当面の最大の標的は新聞に対する軽減税率適用だろう)。しかし、これをいたずらに恐れる必要はない。

「女性活躍」にしても「同一労働同一賃金」にしても、安倍政権に尻を叩かれる前に、自ら率先して実現すればいいだけだ。これで堂々と政権批判ができるようになるのだから、こんなにいい話はないだろう。

このようにして、社会はより「リベラル」へと進化していくのだ。

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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