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日本は「ワクチン暗黒の時代」を克服できるか 英は50万人接種でアレルギー反応2人

木村正人在英国際ジャーナリスト
イギリスではコロナワクチンの接種が急ピッチで進んでいる(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

工程表案では6月末に接種完了

[ロンドン発]イギリスでは12月8日に始まった新型コロナウイルスワクチン(米ファイザー、独ビオンテック製)の1回目の集団予防接種が50万人を超える中、日本の厚生労働省も接種態勢を構築するための工程表案をまとめたそうです。

読売新聞や米ブルームバーグの報道によると、今月18日に開かれた非公開の自治体向けオンライン説明会で提示されたもので、

(1)新年2月中にコロナ患者の治療に当たる医療従事者ら約1万人の接種準備完了

(2)3月中旬、一般医療従事者300万人程度の接種終了

(3)3月下旬~4月上旬、高齢者3千万~4千万人の接種準備完了

(4)4月以降、基礎疾患のある人などの接種準備完了

(5)6月末、全体の接種完了

の順に進められる計画だそうです。

海外における第3相試験で95%という高い有効性が確認されているファイザーのm(メッセンジャー)RNAワクチンについて日本国内でも10月20日から20~85歳の日本人160人を対象に第1・2相試験が始まったばかり。米モデルナのmRNAワクチンについても来年1月から200人を対象に臨床試験が始まります。

英オックスフォード大学とアストラゼネカのアデノウイルスベクターワクチンについても9月4日から18歳以上の約250人を対象に第1・2相試験が進められています。被験者の1人が体調を崩したため9月8日にいったん中断されたものの、安全性に問題はなかったとして10月2日に再開されました。

米の第3相試験では摂氏40.5度の高熱が出た被験者も

ファイザーワクチンの第3相試験に参加したアメリカの看護師は体験記を米医学雑誌ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション(JAMA)に寄せています。

それによると、1回目の接種のあと腕の痛みを感じ、2回目の接種では注射部位に痛みを感じ、一日中、ふらつき、冷え、吐き気を感じ、ひどい頭痛に悩まされました。真夜中に気分が悪くなって目を覚ましたところ、注射部位の痛みで腕は上がらず、体温は摂氏37.4度まで上がり、吐き気とめまいがしました。

翌日午前5時半に目を覚ますと体温はこれまで体験したことがない40.5度まで上昇。パラセタモール(解熱鎮痛薬)とコップ1杯の水を飲みました。午前9時には体温は38.9度まで下がっていました。その日のうちに熱は37.5度に落ち着き、翌朝には注射部位の腫れを除いてすべて元通りに戻っていました。

接種したのが本物のワクチンか、プラセボ(偽薬)かは分かりません。第1相試験で2回目のワクチンを接種した18~55歳の75%が倦怠感、67%が筋肉痛、33%が悪寒、25%が筋肉痛、17%が発熱、関節痛といった副反応を訴えていたため、この看護師は本物のワクチンを接種したと考えています。

看護師は「それらがワクチン接種を進める上で主要な障壁になるのではないかと心配している。臨床医はなぜワクチンを信頼すべきか、ワクチンの副反応が新型コロナウイルス感染症とよく似ている可能性があること、ワクチンが効いている兆候であることを患者と話し合う準備をする必要がある」と訴えています。

英の接種ではどんなスクリーニングが行われているか

イギリスでは50万人に対してファイザーワクチンの接種が終わった時点で、深刻なアレルギーの病歴があり、常にアドレナリン自己注射製剤を持ち歩いているNHS(国民医療サービス)スタッフ2人がアナフィラキシーとみられるアレルギー反応を起こした以外、重大な副反応は報告されていません。

筆者が独自に入手したファイザーワクチン接種のスクリーニングシートのチェック項目は14にのぼり、アドレナリン自己注射製剤を携帯していたり、妊娠、または過去1週間のうちにインフルエンザなどのワクチン接種を受けていたりした場合、コロナワクチンの接種は受けられません。

イギリスで行われているファイザーワクチン接種前のチェック項目は次の通りです。

(1)現在、発熱があり、体調を崩しているか

(2)これまでにワクチンを接種したあと病院に入院するような深刻な副反応を経験したことはあるか

(3)これまでにアナフィラキシーや入院を伴うようなアレルギー反応を起こしたことはあるか

・原因はワクチン接種?

・薬剤?

・貝を含む食品?

(4)これまでにエピペン、Jext、Emerade(アドレナリン自己注射製剤)を支給されたことはあるか

(5)血液凝固障害か、ワルファリンのような抗凝固剤を服用しているか、筋肉内注射に対する禁忌(普通は適切な療法だが、それが当てはまらない人)があるか

(6)女性に対する質問

・妊娠中か、今後2カ月の間に妊娠を考えているか

・母乳を与えているか

(7)他のワクチンを過去1週間に接種したか

(8)この1カ月の間に新型コロナウイルスに感染したか

(9)コロナワクチンを接種したあと車を運転して自宅に帰るか(もし、そうなら接種後15分間、センター内で様子をみるように)

(10)リーフレットにあるワクチン接種の目的と副反応に関する情報を読んだか

(11)同意書に署名する前に健康やワクチンに関する事柄について議論することを望むか。処方者と議論するまでは署名しないこと

健康被害救済スキーム 英は約1700万円

どんなに有効性が高く、安全性に問題がないワクチンでも何百万、何千万、何億、何十億人と接種する範囲を広げていくと予想もしていなかった副反応が起きるリスクは否定できません。このため英政府はコロナワクチンもワクチン被害のセーフティネットスキームの対象に加えています。

ワクチン接種によって重度の障害を負う事態が起きた場合、1回限り非課税の一時金として12万ポンド(約1666万円)が支給されます。ファクトチェックを行っている英サイト、フルファクトによると、1978年以降、2017年4月までに936件、総額7413万ポンド(約102億9500万円)が支給されているそうです。

日本でもコロナワクチンの接種によって健康被害が生じた場合、製薬企業の損失も国が補償します。

イギリスのワクチンの歴史はエドワード・ジェンナーが天然痘ワクチンを開発した18世紀に遡ります。その後、産業革命を追い風に大英帝国が7つの海を支配する一方で、ロンドンでは急激な都市化が進み、公衆衛生が大きな社会問題になります。そのため予防接種にも積極的に取り組んできました。

イングランド公衆衛生サービスの資料より
イングランド公衆衛生サービスの資料より

民間病院が主体の日本と違って、イギリスの医療は原則無料の国民医療サービス(NHS)が担っており、スタッフの数は2015年時点で総勢170万人。この巨大艦隊が今回のコロナ危機でも集団予防接種を実行する部隊で、ボランティアの市民の協力で驚異的なスピードとスケールで接種が進められています。

「ワクチン後進国」ニッポンの課題

一方、イギリスと同じ島国である日本は「ワクチン後進国」として有名です。戦後、感染症による死者が多数発生し、百日せき、腸チフスなど12疾病を対象に罰則付きの接種が義務付けられたものの、予防接種による健康被害が社会問題化し、1976(昭和51)年に罰則なしの義務接種に移行します。

筆者は大阪社会部の記者だった94(平成6)年、予防接種禍訴訟を取材したことがあります。予防接種後に亡くなった幼子の亡骸を抱える母親のモノクロ写真を原告弁護団の弁護士に見せられて、言葉を失いました。

大阪高裁判決は「副作用による事故を完全に防ぐことは困難だが、公共の利益の観点から予防接種を続ける以上、事故の危険性を排除するため最善の注意義務が求められる」「それでも事故が起きた場合、憲法に定める損失補償規定を適用する余地も考えられる」とし、国に一層の努力を促しました。

予防接種禍訴訟における国の不誠実な対応に国民は不信感を募らせていました。94年の予防接種法改正法で義務規定は努力義務規定となり、予防接種行政は「社会防衛」から「個人防衛」へと軸足を移しました。その結果、日本の予防接種行政は滞り、他の先進国との間に「ワクチンギャップ」ができてしまいました。

日本では2013年、子宮頸がんなどを引き起こすヒトパピローマウイルス(HPV)に対するワクチンの悪影響の恐れが広く報じられた結果、70%の接種率が1%に低下する“事件”が起きています。この結果、少なくとも2万4600件の子宮頸がん症例と5千人の死亡が多く発生する恐れがあるという研究結果も報告されています。

予防接種禍が日本のトラウマになっているのか、「ワクチン怖い」「それよりマスク着用を徹底させるべき」と考える日本人はロンドンで暮らす筆者の周囲でも多いのは事実です。日本は欧米ほどコロナ被害が深刻ではないので、ワクチン接種を急ぐ必要はないということを公言する方もいらっしゃいます。

英ではコロナ治験に63万人以上が参加

しかしその前に日本はワクチンの安全性と有効性を判断するデータをどれぐらい持っているのでしょうか。イギリスではコロナ関連の治療薬やワクチンの治験に参加した人は6月には計10万人でしたが、12月に入って計63万7379人に達しました。患者の協力とデータがなければ科学も医学も進歩しません。

もちろん感染と被害が拡大しているため、イギリスでは緊急避難の要請が強いこともあります。しかし被験者やワクチンを接種している市民ひとりひとりに「コロナを打ち負かすためには自分たちも対コロナ制圧戦争の志願兵として参戦したい」という意識が感じられます。

クリストファー・ノーラン監督の映画「ダンケルク」(2017年)では第二次大戦のダンケルク撤退戦が描かれましたが、860隻の民間船が英兵やフランス兵の救出作戦に馳せ参じました。ここぞという時に見せるイギリスの団結とチームワークは大したものだと感心します。

ワクチンはあっても打ってもらえなければ、それこそ宝の持ち腐れです。日本は果たして心理面のハードルを越えることができるのでしょうか。イギリスを見ているとパンデミックにおけるワクチン接種には、医療サービスへの信頼、ワクチン接種の歴史と啓蒙、社会の結束、周到な計画と準備が不可欠です。

欧米の結果を見てから腰を上げていては、遅すぎるのではないでしょうか。コールドチェーンの管理が難しいファイザーやモデルナのワクチンは解凍しても打つ人が集まらないと廃棄しなければなりません。イギリスにはGP(かかりつけ医)がいて、どこにどんな病歴の人がいるのかすべてNHSが把握しています。

日本ではいったい誰(おそらく民間病院)が接種対象者の個人データや健康履歴を管理しているのでしょう。パンデミックにおける集団予防接種はそんなに簡単なオペレーションではないと思います。

悲しいかな、菅義偉首相に対する信頼感は急落しています。今後「どうして東京五輪開催のためにワクチン接種を急がなければならないの」という批判が沸き起こってくるのは火を見るより明らかです。

しかしワクチン接種の有無が、経済や政治、外交をフルに再開できる国とそうでない国を残酷に分断していきます。今回のパンデミックでこれまで以上の「ワクチンギャップ」が欧米諸国との間で生じるとしたら、日本はそれがもたらす経済の停滞、政府債務の膨張、国力低下から脱出するのは極めて困難になります。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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