Yahoo!ニュース

決して話題性先行ではない!久保建英がインドで示す能力の本質

安藤隆人サッカージャーナリスト、作家
インドの地方都市・ゴアでAFCU-16選手権を戦う久保建英。

今、若干15歳の少年が、大きくピックアップされ、注目の的となっている。

サッカーファンなら今や誰しも『久保建英』の名は知っているだろう。2011年からFCバルセロナに所属し、その才能を磨いて来た。しかし、2015年にバルセロナの外国人補強問題が浮上し、バルセロナを退団。日本に帰国し、FC東京U-15むさしに所属すると、中3となった今年からFC東京U-18に昇格し、それ以降はU-16日本代表出の活躍、トップチーム2種登録など、多くの話題が持ち上がっている。

◎凄いと言われている理由は?話題性だけで無い!

では、「久保、久保」と言われるが、実際は何が凄いのか。彼の華やかな経歴や、話題性ばかりが先行している報道が多く、それ自体を否定するつもりはないが、ここでは話題先行のものではなく、彼の『何が魅力なのか』にフォーカスをしたい。

筆者は今、彼が出場をしているAFCU-16選手権の取材に、インドの南西部の街・ゴアに来ている。現在、雨季の終盤で毎日のように雨が降り、晴れ間を見ることは滅多に無い。グラウンドコンディションも日本のように綺麗ではなく、食事、生活、天候、文化すべてが異なるこの街で、彼は同年代の仲間たちと共にサッカー中心の生活に打ち込んでいる。

話を戻そう。AFCU-16選手権は、来年インドで開催されるU-17W杯(2年に1度持ち回り開催)の出場権を懸けたアジア最終予選であり、9月16日に森山佳郎監督率いるU-16日本代表はグループリーグ初戦のベトナム戦を戦った。

この試合で彼は2ゴール1アシストの活躍をしたが、一番インパクトが残り、この原稿を書くモチベーションとなったのが、64分の5点目だった。

このシーン、FW中村敬斗(三菱養和SCユース)が左サイドを抜け出し、ボールキープをした瞬間、久保はボールウオッチャーになっている相手DFの隙を見逃さず、ペナルティー内左脇に出来たスペースに猛然とダッシュ。そこに中村から正確なマイナスのパスが届く。加速してスペースに入ってボールを受けに来た久保に対し、相手DFもプレスに行くが、彼はその動きを視野に捉え、右足インサイドでトラップすると、間髪入れずに左アウトサイドで持ち出して、DFを交わす。カバーに入っていたもう一人のDFが食いついて来ると、さらに左アウトサイドで持ち出して、すぐさま左インサイドで選択肢が広がるスペースにボールを置いた。

そして、ペナルティーエリア内のエンドライン際で完全にフリーになった久保は、「折り返しも考えたのですが、GKがちょっと前に出ているのが見えたので、狙ってみようかなと思いました」と、ゴール左ポストとGKの間に出来た『ゴールへの最短ルート』を見出して、左足インサイドで正確にそのルートを辿り、ゴールにボールを収めた。

この驚愕の得点シーンを見た瞬間、ある人物の言葉が脳裏に浮かんだ。

「サッカーは姿勢が重要」―。

それはサッカー解説者であり、選手のプライベートコーチも務めている元Jリーガーの中西哲生氏の言葉だ。中西氏は独自の理論を持って、長友佑都、永里優季ら一流の日本代表選手を指導する一方で、久保とも一緒にトレーニングをしている。時には彼と長友、永里らと『合同トレーニング』をすることもある。

そこで中西氏が彼らに共通して伝えていることが、『姿勢』の重要性だ。

「重要なのは『首の位置』。首がプレー中も正しいポジションに入ることで、視野を確保しやすい」。

以前、ある選手と中西氏のトレーニングを見学させてもらった時、中西氏の選手に対するアプローチの哲学を垣間見ることが出来た。そのベースとなっているのが、『正しい姿勢』の構築だ。

◎『正しい姿勢』における『首の位置』の重要性

中西氏は首の位置を強調したのは、首の位置が上半身に対してしっかりと乗せてあれば、ボールを持った状態でも、密集地帯でもプレスが掛かった状態でも、ヘッドダウンをすることなく確実に視野を確保出来る。首から腰に掛けての体軸もしっかりと保たれ、前後左右の重心移動もスムーズに行くことで、最後までバランスが整った状態でボールを運ぶことが出来る。久保の2点目はまさにそれが忠実に実行されていたのだ。

「最後の最後に選択肢を変えられるボールの持ち方をずっと伝えています。例えば両手にテニスボールを持った状態でドリブルやシュート練習をします。テニスボールを持つと、指の関節が軽く曲がり、指と指の間にも適度な間隔が空きます。あとは手首の余計な力みも取れて、それによって肩の力みも取れやすい。肩の力みが取れれば、背中の肩甲骨の位置も正しいポジションに入りやすくなり、肩甲骨が安定をすれば、自然と首の位置も上体にしっかりと乗って、バランスの取れた姿勢を保てます」(中西氏)。

身体のバランスが整うということは、すなわち地面に対して重心を正確に置けていることになる。前述した重心移動はもちろん、久保のように元々の技術が高い選手であれば、身体からボールが離れない軸足がしっかりと乗ったドリブルが可能になる。例えば、久保の場合は左利きで、軸足は右足となる。左アウトサイドでボールを持ち出すシーンは、ただ左足の力を使ってボールを動かしているのではなく、軸足である右足を横に移動させることで、自然と左足がボールに『触れている』状態でボールを運ぶことが出来ている。だからこそ、意図する方向にボールを動かせる細かいボールタッチが可能となっている。

2点目のシーンを思い出して欲しい。まず久保はこのシーンをこう回顧している。

「(2人を抜いた後)最初はクロスを上げようと思ったのですが、GKがちょっと前に出ているのが見えたので、狙ってみようかなと思いました」。

彼は中村のパスを右足トラップから、利き足である左足をボールに添えながら、右足を軸にした重心移動で食いついて来たDF2枚を交わした。そして、左足アウトサイド→左足インサイドのダブルタッチで自分が選択肢を持ってプレー出来るベストなポジションにボールと身体を置き、最後はクロスとシュートの選択肢の中で、クロスを選ぼうとしたが、ゴールとGKの位置をしっかりと視野に捉えた結果、中西氏の言う『最後の最後で判断を変えるプレー』を実践し、シュートを選択した。それも首がしっかりと据わっているからこそ、DF2枚の状況とGK、味方の位置をあの密集地で、あのスピードの中で把握することが出来た。さらにシュートも決して簡単なプレーではなく、足を振ってシュートと言うのではなく、判断を変えても力むこと無く、マイナスの折り返しをするときと同じスイングで『ゴールにパス』をしてみせた。そこには一切の力みは無く、左足の膝下をスッと押し出すイメージで、優しくかつ確実にボールをコースに通した。

すべてがハイレベルなプレーで、あの瞬間、筆者は久保が両手にテニスボールを持ちながらプレーしているようにも見えてしまった。

◎久保が秀でているのは姿勢プラス『Analyze』能力

『状況判断』と一言で言うが、重要なのは『状況把握→判断』のセットで捉えるべきことだ。それは『相手を見る』ということにも共通し、『みる』と言っても、ただ眺めたり、目に映ったのではなく、そこに『観察力』が無いと意味が無い。『みる』は英語で言うと、Look、See、Watchでもない。『Analyze(アナライズ)』を指す。瞬間的にアナライズ(=分析する、分解する、〜を分析的に検討する)するためには、状況把握が必要不可欠。久保はこの能力のレベルが非常に高い。

実は『姿勢の良さ』と『状況把握→判断』の能力の高さが現れたのは、ゴールラッシュのラストを飾ったFW山田寛人(C大阪U-18)の7点目にも示されていた。このシーン、久保はボールに一切触れていない。しかし、そこにも彼の姿勢の良さから生まれた判断の質の高さが示されるプレーがあった。

85分、中央やや左寄りでMF平川怜(FC東京U-18)がボールを受けると、久保は平川の持つパスコースの一つである縦のスペースにダイアゴナルラン。だが、平川のパスはさらにその前に走り込んでいた山田に出された。パスが出た瞬間、久保は平川のパススピードと角度、そして山田の動きを把握したことで、平川の意図を瞬時に察知。自分はボールに触らず、おとりの動きをすることを選択した結果、山田が上手く抜け出し、ダイレクトで左足シュートを突き刺した。

1試合の中で見せた才能の片鱗。もちろん課題も多く、上記したプレー以外は、イレギュラーが多いグラウンドに手こずり、ボールコントロールをミスしたり、ドリブルが引っかかるなど、まだまだミスも多かった。彼は発展途上の選手であることは間違いないし、当然、将来が保証されていることは絶対にない。

にも関わらず、冒頭で述べたように、今、あまりにも経歴などの話題性ばかりが先行していることを、現地で取材をしていて痛感している。だが、その中で見せた彼のあのゴールは、改めて彼の能力の高さを示すに十分のものであり、サッカーファンが期待する要素を間違いなく持っている。

本物の才能だからこそ、つぶしてはならない―。ベトナム戦での彼のプレーを見て、改めてそう思った。

サッカージャーナリスト、作家

岐阜県出身。大学卒業後5年半務めた銀行を辞めて上京しフリーサッカージャーナリストに。ユース年代を中心に日本全国、世界40カ国を取材。2013年5月〜1年間週刊少年ジャンプで『蹴ジャン!SHOOT JUMP!』連載。Number Webで『ユース教授のサッカージャーナル』を連載中。全国で月1回ペースで講演会を行う。著作(共同制作含む)15作。白血病から復活したJリーガー早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯27試合取材と日本代表選手の若き日の思い出をまとめたノンフィクッション『ドーハの歓喜』が代表作。名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクターも兼務。

安藤隆人の最近の記事