「何から手をつければいいのかわからない」のは選択肢が多すぎるからかもしれない
初めて何かをやる時、「まず何から始めればいいか」がわからないと感じることがあります。例えば、初めて海外旅行に行くとします。どの国に行き、どの場所で、何をするのか。期間や予算はどうするのか。そこには、無数の選択肢がありますし、そうした選択肢の組み合わせは、いくつあるのか見当もつきません。こうした状態は、組み合わせの爆発的増大と呼ばれ、考えたり行動したりする上で、大きな負荷となります。
しかし、実際のところ、選択肢が多すぎてわからないと感じても、それが理由で海外旅行をやめることは、あまりないのではないでしょうか。
海外旅行の場合、組み合わせの爆発的増大を抑える仕組みがいくつもあります。例えば、旅行会社のHPや口コミサイトを見ると、行きたい国の候補や、やってみたいことの候補が見つり、選択肢を絞れます(もっとも、こういうサイト自体の情報が多すぎる、と感じることもあるでしょうが)。選択肢を絞れると、実際に考える必要のある組み合わせは減ります。国の数は200以上ありますが、行き先候補として実際に悩むのは2〜3程度ではないでしょうか。
そして、何度も旅行するようになると、仕組みを使わなくても、選択に不自由しなくなります。これが可能なのは、選択肢を選ぶ型のようなものが、頭の中で出来上がってくるからです。この型は認知スキーマと呼ばれます。初めての段階で選択肢が無数と感じられるのは、この型がなく、選択肢を絞れないことも理由と考えられます。そういう意味で、初心者が何かを自由に選択することは、むしろ不自由な面もあるかもしれません。
技能や知識の習得でも、初めての人の頭の中では、組み合わせの爆発的増大が起こると言われています。しかし、その分野に熟練した人は、認知スキーマを下敷きとして、やることの選択肢を絞り込むことができます。以前、熟練の花火師の方にお話をうかがったことがあります。花火は、玉と呼ばれる入れ物の中に、ホシと呼ばれる火薬を詰めて作ります。ホシごとに、打ち上がった時の色や音、形、長さなどが異なり、いくつも種類があります。花火師は、無数にあるホシの組み合わせの中から、打ち上げたい花火に合わせて、最適なホシを選び、組み合わせていくそうです。
経験の浅い人が花火を作る場合、ホシの組み合わせは爆発的に増大すると思われます。しかし、組み合わせにはある程度の型があり、経験の浅い人でも、その型に合わせてホシを組み合わせることで、それなりに花火を作ることができるそうです。そして、段々慣れてくると、型を下敷きとしつつ、自分の好みなども反映してホシを選ぶことができるそうです。この型は、認知スキーマに相当すると考えられ、無数にあるホシの組み合わせを、型を通して絞りこむことができるのです。
海外旅行と花火師の例に共通するのは、初めての段階では、選択肢を絞り込む型や仕組みが提供された方がよく、経験を重ね、型や仕組みが頭の中に作られると、自己判断も踏まえ自由に選択するようになるのでは、という点です。
技能や知識を教える場面で、「この人やる気ないのかな」と思う人がいます。もちろん、本当にやる気が無いこともあるでしょうが、指導側から見ると選択肢が自明と思われる場面でも、経験の浅い人の頭の中で「選択肢の爆発的増大」が起こっていて、思考が止まってしまっている可能性があります。そういう時は、何に迷ってるかを聞き、型を下敷きに整理すると、動き出しやすいかもしれません。
もっとも、型は常識となり、創造や発見を阻害する可能性や、自主性よりも従属性を高める可能性も持っています。また、熟練者の型をそのまま初心者に伝えることは、大人の脳みそを子どもに移植するようなもので、機能しづらい可能性があります。これらも含め、型の利点と欠点の最適なバランスを見つけるのは、指導においてある種の醍醐味とも言えるのではないでしょうか。