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知財高裁でBL同人作品の無断コピーは著作権侵害という当たり前の判決

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
出典:令和2年(ネ)第10018号判決文

一昨日(2020年10月6日)、知財高裁において、BL同人作品の著作権に関する興味深い判決がありました(判決文)。BL同人作品を無断でアップして広告収益を上げていたサイト運営企業にBL同人作者が損害賠償を請求した事件の控訴審です。

原審(東京地裁)の判決文はこちら、地裁判決が出たときの報道記事はこちらです。地裁では、被告の著作権侵害が認定され、損害賠償金約219万円の支払いが命じられたのですが、被告がこれを不服とし、かつ、原告も損害賠償金の1,000万円への引き上げを求めて控訴したという流れです。控訴審では、著作権侵害の認定は覆されず、損害賠償金の引き上げも認められませんでした。

二次的著作物にも(原作品の作者の著作権に加えて)二次的著作物の作者の著作権が生じるのは当然なのであまり議論の余地はなさそうですが、この控訴審では、被告側がちょっと珍しい主張をしていたので考察してみます。

被告の主張は以下のとおりです(太字は栗原による)。

本件各漫画は、原著作物の複製権、翻案権及び同一性保持権を侵害しており、違法な二次的著作物であり、原著作物を侮辱するとともに、わいせつ図画化という公序良俗に反する許容できない変容を加えている。仮に、一審原告の本件請求を認容すれば、裁判所が、このような著作権侵害行為及びわいせつ図画を容認し、違法な同人誌による金儲けを助長することになる。したがって、一審原告の得る利益に対して、裁判所が、適法な利益として保護を与えることは許されない。(略)

法の改正経緯などに照らして、違法な二次的著作物にも著作権があるとの考え方及び同旨の裁判例がある。他方で、ベルヌ条約2条や米国法103条のように、違法状態を作出した者を保護するべきではないとの価値判断から、違法な二次的著作物には著作権をそもそも発生させず、権利行使をさせないとの考え方もあり,我が国内でも同旨の学説がある。しかし,違法な二次的著作物にも著作権があるとの考え方に立っても,その著作権の行使が,信義則に反し権利の濫用となる場合がある。

本件各漫画が原著作者の著作権を侵害するものであること、その創作的部分は公序良俗に反し不特定多数人への販売が禁じられるわいせつ図画であることに照らせば、本件各漫画に基づく著作権の行使は、信義則違反又は権利の濫用に当たり、認められない。

要するに、これらのBL同人作品は著作権を侵害するものであり、わいせつでもあるから、無断で公開して広告収益上げても問題ないのだと主張しているわけです。さすがに、これは無理筋で、裁判所は以下のように一蹴しています。

本件各漫画全体を検討してみても、それらが甚だしいわいせつ文書であって、これに基づく著作権侵害を主張し、損害賠償を求めることが権利の濫用に当たるとか、そのような損害賠償請求を認めることが公序良俗に違反するとまで認めることはできない。

ただし、「わいせつかどうかは著作権侵害には関係ない」と言っているのではなく、「この程度のわいせつ性では著作権侵害を否定する理由にはならない」と言っているので、今後、もっと凄いレベルのわいせつ作品に関する著作権侵害訴訟があった際に、わいせつ性を理由に著作権侵害が認められないというケースもあり得なくはない点に注意が必要です。

また、これらのBL同人作品の(元ネタ作品に対する)著作権侵害についても、裁判所は以下のように否定しています(太字は栗原による)。

一審被告らは、本件各漫画には原著作物のキャラクターが複製されている旨主張する。しかしながら、漫画の「キャラクター」は、一般的には、漫画の具体的表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念であって、具体的表現そのものではなく、それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものとはいえないから、著作物に当たらない(略)。したがって、本件各漫画のキャラクターが原著作物のそれと同一あるいは類似であるからといって,これによって著作権侵害の問題が生じるものではない

そして,原著作物の特定のシーンと本件各漫画のシーンとを対比させた乙10の1~7(栗原注:問題になったBL作品と元ネタの対応表(タイトル画像はその抜粋))(略)の内容を検討してみても,原著作物のシーンと本件各漫画のシーンとでは、主人公等の容姿や服装などといった基本的設定に関わる部分以外に共通ないし類似する部分はほとんど見られず(なお,乙10の1~7の中で、共通点として説明されているものの中には、表現の類似ではなく、アイディアの類似を述べているのに過ぎないものが少なくないことを付言しておく。)(略)

以上によれば、本件各漫画が、原著作物の著作権侵害に当たるとの主張は失当であるし、仮に著作権侵害の問題が生ずる余地があるとしても、それは、主人公等の容姿や服装など基本的設定に関わる部分の複製権侵害に限られるものであって、その他の部分については、二次的著作権が成立し得るものというべきである(なお,本件各漫画の内容に照らしてみれば、主人公等の容姿や服装など基本的設定に関わる部分以外の部分について、オリジナリティを認めることは十分に可能というべきである。)。

「著作権法は表現を保護するがアイデアは保護しない」という教科書どおりの判断なのですが、実際にはどこからがアイデアでどこからかが表現なのかの境界線は微妙なところがあるので、現実の例に即した裁判所判断が得られたことは意味があると思います。

正直、私は、同人関連はそれほど詳しくないのですが、キャラの名前と設定の一部だけを拝借して絵としてはまったく原作品と違うパターンと、キャラの絵が類似する(またはほぼ同一の)パターンがあると認識しています。この判決では、少なくとも前者のパターンについて、著作権侵害には当たらないという判断が示されたことになります。

なお、これらの二次創作が元ネタ作品の著作権を侵害しているかどうかは、実は結論に影響しない(二次創作にオリジナルの部分が少しでもあればそれを複製することで二次創作者の著作権を侵害することは変わらない)ので、ここまで深く考察する必要があったのかという気はします。(追記:と一瞬思いましたが、よく考えてみると損害論にかかわってくる可能性があったので検討せざるを得ないですね)

いずれにせよ、この判断により、(BLに限らず、キャラの名前と設定の一部だけを流用したタイプの)二次創作の自由度は増したと言えますが、その一方で、自分の作品の同様な二次創作を意に反して作られることに対して著作権による権利行使するのは難しいことも明らかになりました。

さらに、損害論の話もあります(原告の賠償金引き上げが認められなかった)が、ちょっと長くなりましたので関心がある方は判決文を読んでみてください。

追記:この判決で明らかになったのは、キャラの名前と設定の一部だけを流用したタイプの二次創作は著作権法上問題なさそうであるということであり、二次創作が法的にまったく問題ないということではありませんので念のため追記しておきます。元ネタ作品の著作権者が二次創作の作者を訴えて、商品化権や不正競争防止法等、著作権以外の論点が争われた時にどうなるかはわかりません。また、絵やセリフ回し等の表現が類似・同一のタイプの二次創作については、元ネタ作品の著作権者が訴えてくれば著作権侵害とされる可能性大です(現状問題がないのは元ネタ作品の著作権者が大目に見てくれているからに過ぎません)。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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