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【日本学術会議の任官拒否問題】共同通信が菅(すが)官邸の世論誘導に加担?

山口一臣THE POWER NEWS代表(ジャーナリスト)
「大学に偏りがある」「前例踏襲でいいのか」などと国会で嘘(?)を並べた菅義偉首相(写真:つのだよしお/アフロ)

■共同通信が「反政府」とレッテル貼り

 日本学術会議の任官拒否問題で11月8日、共同通信が任官拒否された6人があたかも「反政府運動」に関わっていたかのようなタイトルの記事を配信した。

〈官邸、反政府運動を懸念し6人の任官拒否〉6:00配信、後に削除

〈官邸、「反政府先導」懸念し拒否 学術会議、過去の言動を問題視か〉8:44配信

 これを見てギョッとした人も多いと思う。「反政府」という尋常ではない言葉が使われているからだ。一般の人からすれば、メディアがこの言葉を使うときは反政府ゲリラに象徴されるように、「国家転覆」を企てる者という意味にとらえる。「反政府組織」といえば、暴力をもって政体を変えようとする人たちのことだ。「反政府」という言葉には、それほど強いインパクトがある。

 何を根拠に6人の学者に「反政府」とのレッテルを貼ったのかと思って記事を読むと、〈政府方針への反対運動を先導する事態を懸念し……〉という文言があった。ん? まさか「政府方針への反対運動」の部分をとって「反政府運動」と書いたのではあるまい。しかし、当該部分以外に見出しの言葉につながるような記述はない。え~、これはいくらなんでも酷いんじゃない……。

 繰り返すが「反政府」活動家とは、一般に「国家転覆」を企てる者だ。人によってはテロリストと同義に捉えるかもしれない。単に政府に方針に反対する人、例えば反原発運動をやっている人たちを“反政府組織”と呼ぶだろうか。私の知る限り、そんな報道は見たことがない。

■任官拒否の6人はテロリストではない!?

 案の定、SNS上でもこのタイトルを問題視するコメントが相次いだ。代表的なのが、国会パブリックビューイングの主宰者で法政大学教授の上西充子さんだ。上西さんのツイッターから引用すると……。

〈予算委員会が終わったタイミングを見計らって、こういう本音を政府関係者が漏らして、「そうするのは当然だろう」とい世論誘導を図る。分断を煽るやり方です〉

〈しかし「安全保障政策などを巡る政府方針への反対運動を先導する事態を懸念し」を「反政府運動」とまとめる共同通信の言語感覚も疑う〉

〈……共同通信が見出しで独自に「反政府運動」と表現したのなら、論外だ。そのような表現は、6人の反対運動に不当なレッテルを貼るものであり、犬笛の役割を果たしてしまう〉

〈……「官邸、反政府運動を懸念し6人の任命拒否」という見出しを見たら、「反政府運動をするような人は任命できなくて当然だ」と読み取る人は出てくるだろう〉

 上西さんは他にもこの問題についてわかりやすく解説したツイートをしているので、関心のある人はぜひ検索して全文を読んでほしい。

 上西さんのツイートにもあるように、共同通信がタイトルに「反政府」と書いたことによる最大の問題は、任官拒否された6人が「反政府運動をするような人」だという世論操作に加担していることだ。

 そりゃあ誰だってテロリストまがいの人を公務員にするわけにはいかないと思うだろう。菅義偉政権側が国民世論誘導のために“情報”を出してきたということは、取材現場にいれば誰でもわかる。だから、現場の記者が書いた本文では「反政府」という言葉は使っていないし、〈政府への批判がさらに強まる可能性がある〉とも指摘している。にもかかわらず、タイトルでなぜ、あえて読者に誤読させるような言葉を使ったのか。

■再配信記事でも「反政府」は消えていない

 共同通信は最初の配信から約2時間40分後に、別のタイトルをつけた記事を再配信した。アップデートされたのはタイトルだけで、本文は同じだ。それが、

〈官邸、「反政府先導」懸念し拒否 学術会議、過去の言動を問題視か〉8:44配信

 である。まず〈反政府運動〉が〈「反政府先導」〉とカギカッコ付きになっている。これは前出の上西さんがツイッターで〈もし政府関係者が「反政府」と語ったのなら、見出しにもカギカッコが必要だ〉と指摘していたからではなかろうか。そして、後半で〈過去の言動を問題視か〉と注釈を付けている。最初の配信に批判が殺到したので慌てて取り繕った感は否めない。しかし修正されたタイトルにも、本文にない「反政府」は残されている。

 この言葉が修正されなければ、「6人はテロリストか?」という誤った認識が社会に広まる可能性がある。ネット上の記事はとくにタイトルしか読まれないことも多い。共同通信はなぜ「反政府」にこだわるのか。官邸の意を受け、あえて社会に誤解を広める見出しを流したのか? そう疑わざるを得ないだろう。

 ちなみに、共同通信の配信を受けて記事掲載した東京新聞は〈学術会議6人拒否 政府方針 反対言動を懸念 官邸、安保法など巡り〉となっている。同じ記事なのに、見出しには「反政府」という言葉は使われていない。本文を読めば、報道人として「反政府」などという見出しを付けてはいけないことがわかるからだ。

 上西さんも詳しく解説しているが、そもそも政府の方針に反対することは「反政府運動」とは言わない。GoToトラベルに反対意見を述べても「反政府言動」とは言わないだろう。野党は「反政府組織」か? もっと言えば、どんなに素晴らしい政策でも反対する人は必ずいる。そういう人をいちいち「反政府運動家」とは呼ばないだろう。

 民主主義社会においては、あらゆる意見があるのは当たり前で、それを表明する自由がある。自由がないのは旧ソ連など旧社会主義諸国や独裁国家だ。報道によると、任命を拒否された6人は安保法や沖縄の辺野古基地建設、特定秘密保護法、「共謀罪」などに反対を述べたことがあるという。だがそれは、それぞれの専門分野での長年の研究による知見に基づく意見を表明したに過ぎない。「反政府」のレッテル貼りは間違いだ。

■配信が真実なら首相に虚偽答弁の疑い

 もう一つ指摘しておきたいのは、この“情報”のニュース価値はどこにあるのかということだ。共同通信の配信も、東京新聞の記事も、言葉遣いに違いはあるが、いずれも6人の側に「反政府先導」や「反対言動」という問題点があったから任官を拒否されたという流れの見出しになっている。これは、違うだろう。いずれもニュース判断を誤り世論をミスリードしている。

 問題発覚直後、筆者は「任官拒否された6人は中国政府からカネをもらっている。表に出せない話だから、菅首相も説明に窮している」という荒唐無稽の話を聞かされた。6人に何か問題があるから選ばれなかったというストーリーは、当初から流布されていた。

 だが、今回の任官拒否問題の本質は、選ばれなかった6人の“資質”は端からどうでもいいことなのだ。唯一最大の問題は、内閣総理大臣が法に基づかない行政執行をしたかどうか、その一点に尽きている。その視点を欠いた報道は、ことの本質を曖昧にして社会に誤った認識を広める可能性がある。

 つい最近の毎日新聞の世論調査で任官拒否に「問題だ」が37%で、「問題だとは思わない」が44%、学術会議のあり方の見直しについては「適切だ」が58%、「適切でない」が24%になっているは、メディアが本質を伝えていないからだと思う。首相が法律を守らないことについて「問題だとは思わない」と答える人はいないだろう。

 もし共同通信の配信が真実なら、その“情報”の最大のニュース価値は、官邸は日本学術会議法の定めのない“基準”で任命拒否をしたということである。

 また、これまで再三説明してきた「多様性がない」とか「大学に偏りがある」とか「総合的、俯瞰的に」といった言葉がすべて嘘だったということになる。安保法などに反対したのが任命拒否の理由ではないという国会での主張は虚偽答弁になる。真のニュース価値も、ここにそこある。したがって、タイトルもそれに沿った方がいい。例えば、

〈拒否理由はやはり「反対言動」 首相、学術会議法違反の疑い〉

〈政府方針に反対が拒否理由 首相の国会説明と齟齬〉

〈拒否理由は「反対言動」 首相、虚偽答弁の疑い 政府関係者明かす〉

 などなど。拒否の理由が「政府の方針に反対した言動」だったことが新事実だとすると、それがどういう意味を持つかまでハッキリ書かないとニュースの本質は伝わらない。それを書いていないのは、政権に媚びているか、読者に不親切かのどちらかだ。

 アメリカの大統領選を通じて、アメリカのメディアはトランプ大統領が虚言、妄言を呟くと即座に「大統領の発言は虚言」とキッパリ報じていた。トランプ会見の中継中に「大統領が多くの虚言発言をしているため、ここで中断しなければならなくなった」と言って立ち去る放送局もあった。「我々の使命は事実を報道することであって、デマを拡散することではない」とまで言い切っていた。

 日本のメディアの奮起に期待したい。

THE POWER NEWS代表(ジャーナリスト)

1961年東京生まれ。ランナー&ゴルファー(フルマラソンの自己ベストは3時間41分19秒)。早稲田大学第一文学部卒、週刊ゴルフダイジェスト記者を経て朝日新聞社へ中途入社。週刊朝日記者として9.11テロを、同誌編集長として3.11大震災を取材する。週刊誌歴約30年。この間、テレビやラジオのコメンテーターなども務める。2016年11月末で朝日新聞社を退職し、東京・新橋で株式会社POWER NEWSを起業。政治、経済、事件、ランニングのほか、最近は新技術や技術系ベンチャーの取材にハマっている。ほか、公益社団法人日本ジャーナリスト協会運営委員、宣伝会議「編集ライター養成講座」専任講師など。

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