あの豪邸がマスコミ報道で数十億円って本当? 不動産鑑定士・税理士が本当のところを考えた
昨今、ビッグモーター社の諸々の不祥事が発覚し、批判にさらされています。
特に街路樹の件などは、個人的には「いたわりの心があれば、誰かが育てている他人の植物を敷地に入り込んだ等の合理的な理由なく切り取る」等は考えられないと思います。それはそれとして気になったのは、一部のマスコミの報道。
それは、前社長の豪邸が数十億円…という一部の「報道」です。
それ以外でも、かつて、何か問題を起こした芸能人の豪邸を数億円…という「報道」を目にしたりしました。
この「報道」について、専門家として今日はモノ申してみたいと思います。
■一般の読者に気に留めていただきたいこと
そもそも、テレビや雑誌等で、今回のような経営者や、あるいは芸能人等の豪邸が報道される場合の「○億円の豪邸」という報道は、個人的には大いに疑問に思っていました。
と、いうのも、その「〇億円」が
「実際に土地を購入し建物を新築した時の価格」なのか、
「地域の相場に基づく推定の土地価格(公正価値)」なのか、
「相続税申告のためのその豪邸の相続税評価額(もしくは相続税路線価)を流用したもの」なのか、
「固定資産税算定のためのその豪邸の固定資産税評価額(もしくは固定資産税路線価)を流用したもの」なのか、
の点が不明瞭だからです。
また、中には、土地が広大でマンション開発等に適していてその場合は更地価格は高く出るのに、建物は豪邸とはいえ豪邸及びその敷地としては総額の限界が低いにもかかわらず、豪邸としての総額よりも高そうなマンション開発前提の土地価格に建物価格を加算しているような例もあります。
この価格が意味を持たない価格である点は言うまでもありません。
しかも、「誰が」その価格を言っているのかもわからない場合も多いです。極論を言えば、その辺の専門知識のない人が言っているだけかもしれません。これではその金額は中味がないと言わざるを得ないでしょう。
具体的には、不動産の価格に関する匿名の情報にはかなりの注意を。
ちなみに、相続税路線価は市場価格の8割、固定資産税路線価は7割が目安とされています。
そして、土地の固定資産税・都市計画税の税額は固定資産税路線価に角地や不整形等の一定の補正や特例等を考慮して課税主体側が税額を計算します。
また、相続財産に土地が含まれる場合の相続税は、納税者側(相続人もしくは代理としての税理士)が相続税路線価等に基づき(例外あり)角地や不整形等の一定の補正を講じて特例も加味しつつ、他の相続財産も合算の上で相続税を計算します。
ただ、ここでいう「市場価格=概ね公示価格」なのですが、現在の23区の実態として公示価格が本当の相場よりかなり低い場合が多いというのも事実です。
地方では公示価格の方がむしろ高い場合もあることを考えると、23区ではある意味では相続税や固定資産税等が割安になっているという言い方もできなくはないのですが。
■特定の豪邸の価値を鑑定評価せずに断言するのは軽率すぎ!
ある不動産の公正価値たる鑑定評価額の決定(を、通じて、その不動産に関する利害関係者がしたい経済行為の後押しをする)こそが不動産鑑定士の使命です。
そして、業として(つまり報酬を得て)これを不動産鑑定士以外の者が行うと、不動産の鑑定評価に関する法律違反になります。
言い方を変えると、取材料と称して報酬をもらって価格の判定を行う時点で、同法に抵触と言われる余地すら指摘できるのです。
一方で、仮に不動産鑑定士がその行為をする場合、不動産鑑定評価基準に沿った評価をせねばならず、公正価値(鑑定評価額)の決定には数日の時間を要します。
逆にいえば、その豪邸の公正価値を本当に決定しようと思えば、その位の精緻な分析が必要ですし、そのレベルの根拠がないと個別の不動産の公正価値が具体的に何円であるとは少なくとも筆者は断言できません。
ですので、不動産業者や週刊誌が安易に特定の豪邸を数億円とか数十億円と言っているのは「軽率すぎでしょ」と言わざるを得ません。
もし、筆者が急ぎの取材を受けるとすれば、公正価値を即座に決定できるわけもありませんので、
「〇〇区内の令和年代の豪邸は高くても、不動産取引価格情報を見る限り▲億円の取引が過去の最高額」
「近くの公示地の令和5年度の価格は○○円/平米」
「三方路だが、前面道路の令和5年相続税路線価は最も高いもので○○円/平米」
等の客観的な事実を述べるに留めるでしょう。
もっとも、23区では公示価格が相場より安い場合が多いので、その何割か増しで相場を見てもよいかも…程度は言うかもしれませんが、その場合でも「2割増し」「4割増し」と言った具体的な数値は自重すると思います。
その一方で、法や不動産鑑定評価基準及びその運用上の留意事項、各種規則に触れず倫理的にも問題のない前提で、経済合理性が許す範囲で、できるだけの資料を集めるでしょうが。
あるいは、「仮に相続税路線価やこれに基づく相続税評価額で計算すればこの価格」と言うのはありかもしれません。
「相続税路線価等に基づく評価額」は、公正価値ではなく「相続税申告額を計算するための、便宜的な価値」に過ぎず、しかも裁量の幅がある鑑定評価と違い「機械的に算定する」体裁があるため、これを把握したところで不動産の鑑定評価に関する法律には抵触しません。
だからこそ税理士は不動産の鑑定評価に関する法律を気にせず相続税申告段階で相続税財産評価基準に基づき土地や建物を「相続税計算用に」評価し、結果として土地や建物の分をも含む相続財産に基づく相続税の額を計算できるのです。
ただ、前述のとおり、相続税路線価は土地で8がけ等の理由で相続税評価額も低くなりインパクトが減るので、マスコミ向けではないかもしれません。
■最後に
一部のメディアが「盛って」読者にインパクトを与えたがるのはわかります。
しかし、事実の歪曲や、精緻な分析が必要な部分を飛ばして雰囲気で記事を書くのは、厳に慎むべきと思います。
下手をすれば、それが豪邸にお住まいの方に変な形で迷惑がかからないとも限らないのですから。
例えばビッグモーター社の前社長の豪邸の場合も、いくら不祥事を起こした企業の元・経営者とは言え、間違った報道で迷惑をかけてもよいというのは話が違うでしょう。
実は、筆者は現地の前面道路まで行ってみて、ある程度の感覚は得ているのですが、報道にかなりの違和感を感じた…というのも、申し添えたいと思います。
少なくとも、不動産(や、税)について専門的観点から報道するときは、実名を名乗れる専門家の意見を聞いた上で、その専門家の意見をありのままで報道すべきでしょう。
ちなみに、筆者も他のネタで取材をいただいてわかった点ですが、理解ある実名を出せる専門家であれば、マスコミの報道したい意図を汲んで「言ってはダメなラインは止める」けれど、「その代わりにこういうことを言えば読者により強く訴えかけられるのでは」と言った提案をすると思います。
むしろ、変に歪曲するより、そのような建設的な形態で報道した方がプラスと思います。
と、同時に、読者の方も記事を読まれる時は、ただ記事を鵜呑みにするのではなく、「どのような専門家が言っているか」「責任をもって言っているか」等を見極めてから、その不動産の本当のところを把握していただければと思います。