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中国は米大統領選と中国に与える影響をどう見ているのか?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
米大統領選で舌戦を繰り返す両候補(トランプ氏とヒラリー氏)(写真:ロイター/アフロ)

米大統領選を中国はどう見ているのか、そして当選者がヒラリーかトランプかによって中国にどういう影響を与えるか等に関して中国政府関係者を取材した。中国の報道に見られる傾向も総合して、現状をご紹介する。

◆外交関係とパワーバランスに関して

以下、中国政府関係者への取材と、中国の報道に見られるオピニオンを総合して、目立ったものを列挙する。

●中国はいまや大国になっているので、ヒラリーとトランプのどちらが当選するかによって、大きな違いが出てくることはないだろう。ただし、トランプは「アメリカ国内問題の解決に全力を注ぐ」と言っているので、海外の行動に関しては縮小させることが考えられる。その意味ではトランプが当選する方が短期的には中国にいくらかは有利かもしれない。

●しかしアメリカが国内的に体力を温存し、より強い国になることができるとすれば、長期的にはヒラリーが当選するよりも、トランプが当選する方が、中国には脅威になる可能性がある。

●少なくとも今のアメリカのままでは、やがて中国が体力的にアメリカを凌駕することは明らかだ。

●ヒラリーが当選した場合は、オバマ政権後半の対中路線を引き継ぐだろう。オバマは大統領になった初期のころは親中的態度を示したが、後半になるにつれて、国内世論に配慮して対中強硬路線を取るようになった。特にロシアのウクライナ問題が発生してから激しい対露強硬戦略を始めたので、当然の帰結として中露の接近と緊密化を促す結果を招いた。中露が軍事同盟でも結んだら、アメリカはひとたまりもないはずだ。なぜならアメリカの真の同盟国は、日本一国しかないからだ。

●東南アジア諸国は小国が多いので、米中の間でバランスを取ったり、中国を選んでいる国が多い。ヒラリーが当選した場合は、オバマのアジア回帰(リバランス)政策を継続するだろうが、アメリカがアジア回帰で成功する可能性はない。ヨーロッパ諸国にとって、アメリカがリバランスを取ろうとしている「東アジア」は、あまりに遠い地域である。直接の利害がないので、大きな関心を払っていない。本気で追随しているのは日本だけだ。

●ヒラリーが当選した場合、アジア回帰のためにアメリカが支払う経費はあまりに膨大で、アメリカ経済は消耗していき、体力を落とすだろう。ヒラリーが当選した場合、短期的には中国は一定程度の挑戦を受けるが、しかし長期的にはアメリカに不利になり、中国に有利になる。

◆特に朝鮮半島問題に関して

●アメリカは中国の抗議を無視して、韓国へのTHAADミサイル(終末高高度防衛ミサイル)配備を進めている。トランプが当選した場合、THAADの配備に関しては、抑制的になる可能性がある。

●しかし、トランプがいま選挙のために、どんなに激しいことを言っていたとしても、アメリカ政府の基本方針があるので、そう大きく変わることはないだろう。たとえば日米安全保障の堅持性を緩めるとか、朝鮮半島問題に介入しないとか、そういった極端なことは起きないだろうと思われる。

●ただし、韓国のパク・クネ大統領のスキャンダルがあり、韓国の信頼は地に落ちているので、アメリカがパク・クネ政権と約束したことが、そのまま継続するとは思えない。

●アメリカのアジア回帰にとって、パク・クネのスキャンダルは大きな痛手だろう。パク・クネは後半では中国を捨ててアメリカに寄り添う道を選んでしまっているので、中国に対する痛手は小さい。

●パク・クネのスキャンダルは、アメリカが北朝鮮問題を口実としてアジア回帰するたくらみに打撃を与える。その意味で、トランプが当選すれば、アメリカが受ける打撃を小さくするだろう。

◆経済問題に関して

●トランプは選挙演説で、中国の製品がアメリカに入って来ないようにするために、中国製品に45%の関税をかけると言っている。アメリカ経済を復興させるために、彼なら実行する可能性が大きい。となれば、中国経済は大きな打撃を受ける。

●ヒラリーもまた、それに対抗して、15%にまで引き上げると言っている。いずれにしてもアメリカは、中国の廉価な製品がアメリカになだれ込んだために、アメリカの中産階級の生活が侵されたとしており、どちらが当選しても、アメリカへの中国の輸出は厳しい局面を迎えるだろう。試算によれば31%減少する可能性があるとの予測もある。

●TPPに関して、二人とも反対の姿勢を取っている。ヒラリーは現役時代には賛成だったのに、選挙のために反対を表明し始めた。TPPには、経済的に中国包囲網を形成しようという意図が含まれている。そのTPPが、主導国のアメリカから崩壊するのであれば、中国にとっては非常に有利になる。

●外交面だけでなく、経済面においても、アメリカはアジア回帰と中国包囲網形成のために、膨大な経費を注ぎ、自国民に多大な犠牲を払わせてきた。そのツケが国内経済と中産階級の弱体化を招いてきたという側面もある。「世界の警察」というアメリカの時代は終わっている。アメリカのプレゼンスを国際社会で見せつけるために国民の税金を使わずに、自国の体力を強化することに注げば、長期的には、その方が中国にとっては脅威となる。

●トランプは、「中国が自国の復興を取り戻すためにアメリカを利用している」と言っている。他国のせいにすれば、アメリカは自分自身の責任を逃れることができると思って、中国や移民などをやり玉に挙げ、排他的な方向に動こうとしている。

●中国はこの日に備えて、AIIB(アジアインフラ投資銀行)や一帯一路(陸と海のシルクロード)構想あるいは上海協力機構などによって、ロシアや東南アジア諸国を含めた地球の西半分を押さえている。だから怖くない。

●それよりも、トランプが当選した場合、何が起きるか予測できない要素が増えて金融不安を招く可能性があり、それが中国に影響してきて中国の金融リスクを招く危険性を考えると、その方が怖い。

◆政治体制に関して――果たして民主主義は強いのか?

●西側諸国は中国が共産党の一党支配体制を「独裁」だと非難する。しかし、果たして民主主義がいいのだろうか?今般のアメリカ大統領選を見ていると、「民主主義と資本主義の末路」を見る思いだ。二人の候補者の間では国策とか民生に関する建設的な議論はなく、ただ票を集めるためにテレビ討論会をやっては、相手のスキャンダル合戦ばかり。これを「自由」と称し「民主主義」と称するのならば、「民主主義」は要らない。

(政府系メディアにこのような結論を導き出させるアメリカの大統領選に、中国の民主活動家らは大きな失望を味わっている。「これでは中国の民主化運動に大きな打撃を与え、民主化への道を遠のかせる」というメールが、筆者のもとにも届いている。)

●中国の政治体制は、中共中央政治局常務委員が複数の大統領のような存在で、現在は7人の大統領の「合議制」によって政策を決めているようなものだ。アメリカ大統領選の醜いスキャンダル合戦を見ていると、中国の政治体制の方が優れているのではないかと思う。

●もちろん、一党専制下での市場経済は、党員の腐敗を生み、貧富の格差を広げてきた。だからいま党は、全力を挙げて腐敗を撲滅し貧富の格差を縮めようと努力している。しかし、アメリカの「民主主義と資本主義」は、やはり激しい貧富の格差を生んでいるし、腐敗も生んでいる。どちらがいいのか、少なくとも経済発展という側面から見たときに、アメリカの制度がいいという結論を出すのは困難である。

(中国の民主活動家からは、この点においても、アメリカ大統領選における現状に関して大きな失望を味わっているというメールが来ている。)

なお、どの分野に入れていいか分からないので、念のため最後に人権問題に関する中国の見方を付け加えておこう。

●ヒラリーが当選した場合は、オバマ同様、「他国の人権問題」に関してイチャモンを付けてくるだろう。しかしトランプの場合、他国のことなど言っておられず、自国における彼自身の人権問題、移民問題などで非難を受けるだろうから、中国に対して人権問題で非難してくる可能性はないだろう。

だから、トランプが当選した方がいいとまでは言ってないが、まあ、そういうニュアンスの回答があった。

以上、中国が米大統領選と中国に与える影響をどのように見ているかに関して、中国側の意見のみを、ただ列挙した。「いや、それは……」と言いたい点も多々あるが、それを言い始めたら途方もなく長くなる恐れがあるので、控えることとしよう。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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