英女王側近の人種差別発言 出身地を聞くことが問題視される背景を紐解くと
(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」(1月号)掲載の筆者コラムを補足掲載しています。)
「あなたはどこの出身?」
初めて会う人にそう聞けば、「差別的発言をした」と見なされかねない。筆者が住む英国では、これが現実である。
昨年11月末、故エリザベス女王の女官がバッキンガム宮殿で開催されたレセプションで英国籍の黒人女性にこの質問を繰り返し、「人種差別的発言をした」と批判を浴びた。王室は深い遺憾の意を表明し、女性は職を辞任した。なぜ出身地を聞くことが問題視されるのか。女官発言の経緯を追いながら、説明してみたい。
女王の元側近と黒人女性の会話とは
国連の「ジェンダーを基にした暴力撤廃の国際デー」(11月25日)にちなみ、同月29日、バッキンガム宮殿ではカミラ王妃主催のレセプションが開催された。
会場を埋めた300人の招待客の一人が慈善組織「シスター・スペース」(本部ロンドン)を主宰する黒人女性ヌゴジ・フラーニさん。シスター・スペースは家庭内暴力や性的暴力に苦しむアフリカ系及びカリブ海系女性を支援するためにフラーニさんが立ち上げた。会場内でフラーニさんは女王の側近でウィリアム皇太子の名付け親でもあるスーザン・ハッシーさんと会話の機会を持った。
レセプション終了後、フラーニさんはツイッタ―上でハッシーさんとの会話を再現した。ハッシーさんの名前は「SH」というイニシャルでのみ紹介された。
その場にいた出席者の話も総合すると、以下のような流れとなった。
ハッシーさんはフラーニさんと会話を始めるにあたり、フラーニさんの名札が長い髪で隠れていたので、手を伸ばして髪を動かし、名札で名前を確認した上で、「どこの出身なの(Where are you from?)」と聞いた。フラーニさん(以下、「Me」)は「シスター・スペースです」と答えた。
SH「違うわよ、どこから来たかと聞いているの」
Me「本部は(ロンドンの)ハックニーです」
SH「そうじゃなくて、アフリカのどこから来たかと聞いているの」
Me「分かりません。記録が残っていないので」
SH「あら、自分がどこから来たのかを知っているべきよ。私はフランスにいたしね。どこから来たの?」
Me「ここです。英国です」
SH「そうではなくて、国籍は?」
Me「ここで生まれましたので、英国人ですが」
SH「違うのよ、本当にどこから来たかと聞いているの。あなたのような人たちはどこの出身なの?」
Me「『私のような人たち』って、なんですかそれは」
SH「ああそう、あなたにどこの出身かを話してもらうには努力する必要があるわけね。最初にこの国に来たのはいつなの」
Me「もういい加減にしてください!私は英国の国籍保持者ですよ。私の両親がここに来たのは1950年代で・・・」
SH「ああ、やっと最後には答えが出たわね。カリブ海出身だったのね!」
Me「違います。私はアフリカの伝統とカリブ海出身の祖先を持つ英国籍保持者です」。
ツイッターが火付け役となり、SHが誰であるかが判明した。
翌30日、王室が調査を開始し、12月1日、ハッシーさんの一連の発言に対し、ウィリアム皇太子の広報官が声明を発表した。「私たちの社会に人種差別主義の居場所はない」、「発言は受容できない。該当する個人は直ちに退任するものとする」。
現在83歳のハッシーさんは王室に奉公する人々の中でも一目置かれる存在で、1960年代から王室に入った。特にエリザベス女王と親しく、2021年に亡くなった女王の夫フィリップ殿下の葬儀では、女王の付き添い役となった。
現在米国に住むヘンリー王子(ウィリアム皇太子の弟)とその妻で元女優のメーガン妃は王室の中の人種差別主義の存在を主張している。この主張の真偽は判断が難しいが、女王の側近中の側近がこのような発言をしたことが懸念だ。王室内に差別的発言を許容する風土はなかったのかどうか。一方、「王室に近い人物=上にいる存在」という立場から「出席客の一人=下にいる存在」に対するパワハラだったと指摘した論者もいた。
なぜ問題なのか
初めて会った人に出身地を聞くことがなぜ人種差別的と解釈されるのだろうか。
インド出身の両親を持ち、英国で生まれ育ったBBCのアシタ・ナゲシュ記者によると、英国に住む非白人の「大部分には同様の質問をされた経験がある」(BBCニュース、12月2日付)。
「肌の色が異なる場合、『ここの出身ではない』と想定されてしまう。『どこの出身ですか』と聞く時、『あなたは本当にはここに所属していない』と言いたいのだと思う」。
出身地を聞く問いには「あなたが私と同じ英国人であるわけがない」という、特定の人種に対する排他的な認識が根っこにあるという指摘である。
英国に20年暮らす筆者も地元の郵便局で同様の質問をされた経験がある。ちなみに、この質問を発した郵便局の職員はインド系と思われる有色人種だった。
郵便物を窓口に持って行くと、薄笑いを浮かべたように見える男性職員が「中国人?」と聞いてきた。ここですぐ日本人であると言ってもよかったのだが、郵便サービスを利用するだけで出身国を言う必要はないだろうと思って首を横に振ると、ほかの数カ国の名前を挙げてきた。なぜか日本は出なかった。男性職員の横にいた二人の女性職員はこの男性と無反応な筆者のやりとりを面白く思ったようで、笑い出した。
筆者は沈黙したままで支払いを終え、郵便局を出た。単に会話をしたかっただけかもしれなかったが、日常の生活空間の中で自分の出身国や人種などを明確にしなければ、郵便物を送ることさえできないというのは不当に感じた。そこで郵便局に苦情の手紙を書くと、謝罪の手紙が届いた。後に再びこの郵便局に行ってみると、先の3人は新しい職員に代わっていた。
英国は人種差別的な国かというと、個人的にはそうは思わない。差別の根絶は困難だ。だが、人種差別をなくすために努力している国と言えるだろう。
その後、どうなったか
その後、ハッシーさんはフラーニさんと再会する機会を持った。二人で会話をする様子がメディアで紹介された。この場でハッシーさんはフラーニさんに謝罪したという。
一応は一件落着となったようにも見えたが、今年1月末、サンドリンガム宮殿の日曜礼拝の場にハッシーさんはチャールズ国王とともに姿を見せた。女官の職を辞めたからと言って、王室と絶縁することを意味しないというのは、頭では分かるのだが、どうにもすっきりしないように思うのは筆者だけだろうか。