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虫眼鏡と脳外科治療

木村俊運脳外科医
(写真:アフロ)

小学生のころ、理科の授業で、虫眼鏡を使って黒い紙を焦がす実験をしたことがある人も多いでしょう。虫眼鏡(凸レンズ)で太陽の光を一点に集中させると、その部分が非常に熱くなり、火がつくこともありますね。

これと同じような仕組みが、実は脳の病気の治療にも使われています。

脳外科で扱う病気の治療方法には、もちろん開頭手術やカテーテル治療などもありますが、放射線治療も非常に大切な治療方法の一つです。特に、脳の深い部分にあり、放射線がよく効く病気には、放射線治療が非常に効果的です。

放射線は、がん細胞のように活発に分裂している細胞に特に効きます。一方で、脳のはたらきをつかさどる神経細胞は基本的に分裂しません。このため、放射線が神経細胞に影響せずに、病気の部分だけに効かせる治療ができそうに思えます。

ところが、残念ながら現実にはそこまで単純な話ではなく、神経細胞自体は分裂しませんが、神経細胞を支える細胞や、栄養を供給する細胞、老廃物を取り除く細胞などが放射線の影響を受けてしまうことがあります。また、視神経や脳幹のように放射線に非常に弱い部分もあります。そのため、病変が大きい場合など、広い範囲に放射線を照射する場合には、何週間もかけて少しずつ放射線を当てることになります。

では、病変が小さい場合はどうでしょう?その場合には、虫眼鏡を使った実験と同じように、放射線をピンポイントで集中させることができます。虫眼鏡を使うとき、光が集まる一点(焦点)の部分は非常に熱くなりますが、それ以外の場所ではほとんど温度が変わりませんね。この原理を応用して、放射線をいろいろな方向から一点に集中させることで、放射線を病変部分にだけ十分に当て、周りの脳や神経にはほとんど放射線が当たらないようにすることができます。

このような治療方法は「定位放射線治療」と呼ばれています。英語ではstereotactic radio"surgery" (SRS)、つまり手術(surgery)のようにキレが良いというネーミングです。

代表的な治療装置には「ガンマナイフ」があります。ガンマナイフは1968年に最初に患者さんの治療が行われていますが、これはコバルト60というガンマ線を出す線源を並べた小部屋(装置)の中に、患者さんの頭部を、決まった時間”晒しておく”という治療になります。

そのままだと、脳だけではなく、放射線に弱い目の網膜まで強力なガンマ線を浴びてしまいますが、そうならないように分厚い鉛(なまり)製の釜をかぶり、釜越しに必要な場所だけにガンマ線を照射する形になります。

この釜には201個の穴が開いており、その細長い穴をガンマ線が通過するようになっています。専用のアプリを用いて計算し、その穴を閉じたり、穴のサイズを変えたりすることで、中心部のガンマ線が集まる部分の形が病変の形にちょうど合うように、かつ視神経などの重要な部分には極力照射されないように調整します。

ガンマナイフのコリメータヘルメット。201個の穴を調整して病変の形に合わせた照射を行う。(写真; NTT東日本関東病院 赤羽敦也医師のご厚意による)
ガンマナイフのコリメータヘルメット。201個の穴を調整して病変の形に合わせた照射を行う。(写真; NTT東日本関東病院 赤羽敦也医師のご厚意による)

病変のサイズ・形によっては、さらに釜(と患者さん)を動かして穴の開閉操作を繰り返すということが必要になります。以前は穴の開閉・サイズの変更や位置の調整を手作業で行っていたため、割と人手を要する地味に大変な治療でしたが、最近の機種は、最初に位置の設定を行えば、ほぼ全自動で治療が進む仕組みになっています。

また、「サイバーナイフ」という治療装置もあり、これも、非常に多くの方向から狭い範囲に放射線(X線)を集中させることで、同様の治療効果を狙った治療です。

サイバーナイフには、ロボットアームの先端にX線を発生させる照射装置が組み込まれており、治療プランに従って照射装置がこまめに動くことで、X線のビームを標的に集中的に当てることができます。

車の工場でロボットアームが自在に動いて自動車をくみ上げていく動画を見たことがあるかもしれませんが、実際にあのように、結構大きいロボットアームが機敏に動いて治療を行っています。

サイバーナイフ。ロボットアームに照射装置が組み込まれている。(写真;日本赤十字社医療センター 香川賢司医師に提供いただいた)
サイバーナイフ。ロボットアームに照射装置が組み込まれている。(写真;日本赤十字社医療センター 香川賢司医師に提供いただいた)

サイバーナイフでは患者さんはマスクで頭を固定して治療を行います。患者さんは多少動けるわけですが、そのような場合でもサイバーナイフは自動的に病変の位置を追尾して照射位置を調整します。これはミサイルが戦闘機などの標的に向かうときに、相手の動きを追尾して命中させる技術と同じ原理で、もともと軍用技術だったものが転用されています。

ガンマナイフでは治療できる病変が、釜をかぶせられる頭部に限られていますが、サイバーナイフはロボットアームが自由自在に動くため、肺や肝臓、脊椎、前立腺など頭部以外の病変にも使用可能です。前述の自動追尾装置によって、呼吸と共に動く肺や肝臓の病変でも、機械が自動的に追いかけて正確に照射できるのが大きなメリットです。

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これらの他にも、放射線を当てる方向・範囲・時間をさまざまな方法で調整することで複雑なかたちの病変に、周りの組織にできるだけ放射線が当たらないように調整して照射する装置が実用化されています。

もちろん脳の病気の方の全てに使える、というわけではなく、病気によっては開頭手術やカテーテル治療、あるいは薬による治療の方が適しているということもしばしばあります。

また身体の治療についても、手術の方が適している場合も多いです。

しかし、放射線治療の切らずに治せるという長所に加え、虫眼鏡のようにエネルギーを病変に集中し、正常な組織のダメージが少ないことから、比較的短期間に治療を完結でき、特に転移を含めた癌の治療に非常に役立っています。

参考資料

ガンマナイフについて

https://www.elekta.co.jp/products/radiosurgery/leksell-gamma-knife-icon/

サイバーナイフについて

https://cyberknife.com/cyberknife-technology/

定位放射線治療の歴史

https://radiologykey.com/the-history-of-stereotactic-radiosurgery/

脳外科医

脳神経外科医。脳動脈瘤・良性腫瘍・バイパス手術・微小血管減圧術(顔面痙攣・三叉神経痛)など、微細操作が必用な手術が得意。日本赤十字社医療センター(渋谷)。

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