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総選挙の争点・注目点と民進党分裂の意義

竹中治堅政策研究大学院大学教授
日本記者クラブにおける党首討論(10月8日)(写真:ロイター/アフロ)

総選挙公示 

 明日10日に衆議院選挙が公示される。今回の衆院選で民進党が分裂し、自民・公明、希望、立憲民主・共産の間で三つ巴の戦いが行われる。

 今度の選挙はどのようなことに注目し、判断すべきなのであろうか。結論から言えば、今回の選挙は安倍晋三首相のこれまでの実績および政権運営のあり方と、野党のあり方について考え、評価する機会を提供している。

 本稿では、今回の総選挙における争点・注目点について議論したい。まず、前提として民進党の分裂劇の背景とその意義を検討し、次いで、野党のあり方について論じたい。さらに、首相の実績と政権運営のあり方について考え方を述べ、最後に自民党の公約について注目すべき点について指摘したい。

民進党分裂の歴史的背景

 民進党はなぜ分裂したのか。もちろん前原誠司民進党代表が9月28日の希望の党への合流を決断したことが引き金である。その背景には民進党が民主党政権の時に作られてしまった「負」のイメージを改めることができず、党勢回復への展望が持てなかったことがある。

 しかしながら、より根源的な原因は結党時から抱える悩みにある。民主党は96年9月に発足した。民主党を結党したのはさきがけと社民党の右派の議員である。さきがけにはリベラル(中道左派)・保守(中道右派)系の議員が共存していた。リベラルの代表は菅直人氏、保守の代表は前原誠司氏である。社民党右派は中道左派であった。このため、民主党には当初からリベラルと保守を抱えていた。民主党の構成をより複雑にしたのは98年4月のいわゆる新民主党の結成である。新民主党成立の前座劇として重要なのは、97年12月の新進党の解党である。新進党は自民党に対抗する保守政党として94年12月に誕生していたが、内紛の結果、3年間で解党する。

 新進党は小党に分裂する。簡単に言えば、三つの勢力に分かれた。小沢支持派の保守系、非小沢の保守系、公明系である。この時、非小沢の保守系は、解党以前に新進党を離党していたほかの保守系の議員とともに、98年4月に新民主党に合流する。こうして民主党内の保守系勢力は増えることになる。特に安保政策で両派の立場の違いは鮮明で、党としての意見をまとめられないことも多かった。ただ、政権交代をめざしている間は両者の対立が折り合いをつけられないほど深刻になることはなかった。民主党は発展を続け、遂に2009年9月に政権交代を成し遂げる。簡単に言えばリベラル系が作ったのが鳩山・菅両内閣、保守系が作ったのが野田内閣である。

 2012年12月に民主党は政権を失う。

 安倍内閣は安保政策の強化、改憲を目指す姿勢などを打ち出したため、民主・民進党内の対立が顕在化することになる。保守系とリベラル系が共存したために民主・民進党はこうした課題に一致した意見を見いだすことが難しかった。執行部は安保法制については反対、改憲については議論を容認するという立場を打ち出していくもののこうした方針に保守系議員は不満を募らせて行く。

 さらに、民進党は党勢を短期的に急回復することは見込めず、すでに4月から離党者も表れるようになっていた。

 こうした状況のもと、小池百合子東京都知事が9月25日に希望の党を結党し、結党を踏まえ、前原代表は希望の党への合流を決断したのであった。

 保守指向の希望の党が勢いを持ったこと、民進党内の亀裂は深まっていたことなどを踏まえれば、民進党の分裂は時間の問題であった。

分裂の意義

 民進党の分裂の最大の意義は改憲を議論することと現在の日本の安全保障政策を支持する新たな勢力が現れたということである。民進党は改憲については9条の改正に反対であった。改憲自体については「未来志向の憲法」を「構想する」と議論を認めていたものの、実際には消極的な姿勢を取った。一方、集団的自衛権見直しを含む安保関連法制を支持しなかった。

 希望の党は憲法改正の議論を行うことに前向きである。また、安保関連法制への支持を強く滲ませている。総選挙後は改憲の議論は前進する可能性が高い。さらに国会で安保関連法制を支持する勢力は増えるのではないか。

希望の党にはポピュリスト政党の色彩が強い

 さて、注目を集めてきた希望の党やその公約についてさらに考えてみたい。

 国内政策に注目すると、希望の党はポピュリスト政党の性格を色濃く持っている。比較政治学者の水島治郎氏はポピュリズムを「政治変革を目指す勢力が、既成の権力構造やエリート層(および社会の支配的価値観)を批判し、『人民』に訴えてその主張の実現を目指す運動」(水島治郎『ポピュリズムとは何か』中公新書)と定義している。私は「批判」のみならず、現状の否認もその特徴に含めたい。

 小池氏は結党を表明した際に「日本をリセット」すると明言した。響きは新鮮かもしれない。だが、リセットは現状の否定を前提としている。さらにまた公約の中にも消費税凍結、原発ゼロ、地位協定見直し、農家への補助金廃止など現行政策の否定が多い。

 もちろん否定ばかりではない。企業の内部留保への課税やベーシックインカムの導入も掲げている。企業の内部留保への課税は実質的には法人増税である。現在、企業立地をめぐる各国間の競争が熾烈になっている。このためこの政策が現実的なものかどうか疑問の余地が大きい。ベーシックインカムも導入する場合には現行の社会保障制度の抜本的見直しと財源の確保が問題となる。導入を公約として掲げる以上、社会保障制度の見直しの方向性と財源確保策についても考えを示すべきである。

 なお、我々は希望の党から出馬する候補者の多くが総選挙で最も大切と言えるこうした政策が作られるまえに希望の党に公認申請したことにも留意すべきである。

立憲民主党=民進党の後継政党

 次いで立憲民主党について触れる。20数年を経て、立憲民主党は元祖民主党に先祖帰りしたかのように見える。ただ、その掲げる政策は大きく異なる。96年民主党の掲げた政策は構造改革、財政規律の重視等新自由主義的であった。立憲民主党の政策は大きく異なる。同党は民進党が前原誠司代表の下で立案していた分配重視の社会民主主義的な政策を引き継いでいる。立憲民主党は民進党の後継政党であると言っていい。

 民進党時代に準備しただけあって、政策の内容は希望の党に比べてはるかに具体的である。違いは前原民進党が消費増税を支持していたのに対し、立憲民主党は当面の消費増税に否定的であるということである。もっとも、所得税や相続税の増税や金融課税の強化を示唆している。

 

安倍首相の実績

 さて、最後に、今度の総選挙では野党のあり方だけでなく、安倍首相の実績と政権運営方法、そして与党、特に自民党の公約も問われる。

 1993年の政治改革により小選挙区制・比例代表制が導入され、2001年の省庁再編により内閣総理大臣の法的権限が強化された結果、首相の権限が強くなった。特に官邸=内閣官房と内閣府の組織的拡大はおどろくべきものがある。例えば、内閣官房の定員は2001年度の515人から2017年度の1125人に倍増し、併任者の数も含めて計算した職員数は3倍近くになっている。

 この権限を背景に首相は長期政権を維持してきた。確かに安倍政権は財政規律と社会保障改革については踏み込み不足であった。例えば、消費増税先送りを繰り返した結果、2020年度にプライマリーバランスを黒字化する財政健全化目標の達成を断念せざるを得なくなった。しかしながら、安全保障政策では集団的自衛権の解釈見直しを行い、安保関連法制を成立させた。外交政策でもオバマ・トランプ両政権の下で日米関係を強化した。また、日EU経済連携協定交渉も大枠合意にこぎ着けた。さらにGDPの名目成長率が実質成長率をうわまわるようになり、デフレ状態からは脱却し、電力自由化、法人税減税、コーポレート・ガバナンス改革、減反廃止、民泊解禁など一定の実績を残して来た。こうした実績についてはきちんと評価すべきだろう。

安倍首相の政権運営手法

 しかし、過去数ヶ月、安倍首相の政権運営手法には問題があった。森友・加計両学園の問題では安倍首相が直接指示を下した形跡はない。しかし、特に加計学園の戦略特区参入を認める過程では官邸の介入が疑われる事態を招き、「李下に冠を正して」しまったことは確かである。さらに関係する文書を「怪文書」と断言し、その存在を否定したことで、政策の内容から文書の有無の問題に論点を移してしまい非難をさらに招くなど、初期対応も雑であった。さらに共謀罪法案は参議院では中間報告によって成立させ、政権批判に拍車をかけることになった。首相の権力が強くなった以上、行政の公平性・透明性を最大限確保するよう努力すべきであり、「李下に冠を正した」のではないかと疑いを持たれれるようなことがあってはならないのである。

 安倍首相もさすがに一連の過程については反省の弁を述べている。ただ、加計学園問題では内閣官房の関与が疑われる事態となった。この背景にあるのは内閣官房の肥大化があることは間違いない。行政の公明性・透明性確保のために、特に内閣官房の運営方法を今後どう改めるのか、具体的な方策を説明する必要があるのではないか。

自民党の公約、過去の主張との整合性は

 最後に自民党の公約について論じたい。自民党は改憲を9条改正、参議院の合区等4項目について公約している。すでにのべたように希望の党も改憲には前向きである。さらに日本維新の会も積極的であるため、総選挙後に改憲の議論は前進するはずである。

特に注目すべき国内政策は2019年10月に予定される消費増税による増収分のうちかなりの部分を社会保障制度の拡充にあてるということである。これは民進党が立案していた社会民主主義的政策を意識して打ち出された政策である。具体的3歳から5歳児までの幼児教育・保育の無償化、低所得層に限定して0歳から2歳児までの幼児・保育の無償化ならびに高等教育の無償化、私立高校の無償化などを約束している。他の先進国と比較した場合、日本は現役世代の社会保障が不足しており、立憲民主党の政策を含めてこうした政策は一定の評価はできる。ただ、問題となるのは財源である。すでに毎年膨大な財政赤字を垂れ流しており、増収分のほとんどはこれに充てるはずであった。増収分を充てれば、財政状態の一層の悪化が見込まれることになる。首相はこの財源をどう確保すべきか真摯に検討すべきであるし、説明すべきである。

 また一連の無償化は民主党が掲げた「高校無償化」と通底するものである。だが、当時、自民党は民主党の政策を執拗に「バラマキ」政策と批判した。今回の政策変更は大政策転換であり、過去の主張との整合性、政策転換の理由などについての説明責任がある。

 以上、今回の衆議院選挙の争点・注目点について述べて来た。今回はやはり争点・注目点は野党のあり方および首相の実績・政権運営手法であろう。今後の選挙戦で特に首相の実績・政権運営、与野党の政策についての議論が深まることを期待している。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

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