結局のところ自転車はどこを走ればいいのか
先週、左折するトラックによる自転車事故が連続して発生した。
11日、東京・世田谷区の交差点で、自転車が左折してきたトラックにはねられ、自転車に乗っていた女性が軽傷。抱っこひもで抱えられていた生後8か月の乳児が死亡した。
ドライバーは「自転車に気が付かなかった」と話したという。
自転車がトラックにはねられ乳児死亡 東京 世田谷(NHK)https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20211112/1000072519.html
その翌日の12日には、茨城県で登校中の高校生が左折したトラックにはねられ、意識不明の重体。
トラックのドライバーは「確認が不十分だった」としている。
古河市の交差点で自転車の女子高生がトラックにはねられ重体(NHK)https://www3.nhk.or.jp/lnews/mito/20211112/1070015103.html
日本において自転車は、‟原則”「車道左端」を走行するよう定められている、周知のとおり「免許制」でもなければ「年齢制限」もない乗り物である。
そんな「曖昧な規則」と「誰でも乗れる気軽さ」によって、自転車は、車道では「死にたくなければ歩道を走れ」、歩道では「車輪ついてるなら車道を走れ」と邪魔者扱いされているのが実情だ。
とりわけ、互いの様々な特性から「トラック」との相性はいいとは言えず、両車が絡む事故は、命に関わる重大事故になることが多い。
無論、犠牲になるのは自転車のほうだ。
左折巻き込みの事故が、トラック側の注意不足によって発生するのは間違いない。
トラックのハンドルを握っている以上、どんな条件下でも、その動作ひとつひとつが人命を奪いかねないものだということを常に自覚しておくことはトラックドライバーの絶対的義務である。
一方、トラックドライバーでない限り、乗ることも特有の事情を知ることもない、この殺傷能力の高い車両と同じ車道を共有する以上、その最低限の特性や事情を知っておく必要が十分にあるのもまた事実だ。
本稿では、世間が知らないトラックの「左側」の事情について紹介しながら、自転車が現在置かれている環境について考えていきたい。
トラックに「ない窓」「ある窓」
自転車を危険に晒すトラックの特性は多くあるが、中でも大きいのが「死角」と「内輪差」だ。
トラックはその構造から、車体の左側に多くの死角を作る。
乗用車にも死角はできるが、トラックの場合、範囲も危険度もその比ではない。
‟デッドゾーン”に、背丈が低くエンジン音もしない自転車が入り込めば、どれだけ反射板がついていようが、ライトを光らせようが、トラックはその存在に気付くことはできない。
よく「あんなに大小たくさんのミラーが付いているのに、死角ができるのか」という声を聞くのだが、残念ながらその答えは現状「Yes」だ。
さらに皮肉なことに、それらはできるだけ広い範囲を映し出そうと曲面になっているため、対象物を捉えたとしてもすべてを豆粒ほどの大きさにしか映さず、距離感が非常に掴みにくい。
そんなミラーに雨雫まで散らばれば、もはや「豆粒」は判別すらできなくなることさえある。
トラックが乗用車以上に左後部の死角を作りやすいのは、あるものがないからだ。
「後部座席」である。
乗用車の場合、目視のために左後方を振り向くと、その後部座席の「窓」から外の情報がある程度得られるのだが、トラックには後部座席、つまりそこにあるはずの窓がないため、情報はゼロ。ちょっとした首と腰の運動をしただけに終わる。
リアウインドウ(後部の窓ガラス)があるじゃないかと思われるかもしれないが、箱車(宅配便の車両のように荷台が箱型のトラック)の場合、たとえリアウインドウがついていたとしても、その意味を全く成さない。
ゆえにルームミラーはほぼ飾りで、余談ではあるが、箱車の場合、ルームミラーを取り付けていなくても車検が通る。
一方、トラックには、乗用車には存在しない「特有の窓」がある。
助手席の足元にある「安全窓」だ。
安全窓は、その名の通り、安全に走行するための窓で、キャビン(運転席)の真左下にいる二輪車などの存在をより気付きやすくするためについている。
ただ、この小さな小窓から得られる情報は真左下だけなので、走行中の自転車を逐一捉えることは難しい。
最近のトラックには、後部を映すバックカメラが常時稼働しているのだが、やはりこのカメラも「左後方」には弱く、全ての死角をカバーするには至っていない。
さらに最新のトラックには、「アクティブ・サイドガード・アシスト」という、走行中に車両左側の走行者や車両を感知する機能を搭載した車両も出てきているが、トラック全車の取り付けが義務化されるのは、まだまだ先になるだろう。
この「後部座席の窓がない」という要因に加え、自転車や歩行者よりもアイポイント(目の位置)が格段に高いことや、車体が長いゆえに物理的に自転車や歩行者との距離が遠くなる、といった要因が合わさることで、トラックは乗用車以上に死角を作ってしまうのだ。
大型車の「内輪差」が惑わす錯覚
もうひとつ、自転車を危険に晒すトラックの特性に、「内輪差」なるものがある。
内輪差とは、「クルマが右左折する際に生じる『前輪と後輪の軌道のズレ』」のことだ。
言葉ではピンとこないかもしれないが、「短い鉛筆と長い鉛筆」を「乗用車とトラック」に見立てて、本やノートの角などで作った‟交差点”を左折させてみれば、その違いがよく分かるはずだ。
内輪差は乗用車にも無論生じるが、乗用車とトラックでは感覚が全く違う。
トラックは車体が長いうえ、前輪が運転席よりも後ろについているため、特に左折時は頭を交差点にめいっぱい突っ込んでからハンドルを切らないと、後輪が歩道に乗り上げたり、真横にいる自転車を巻き込んだりする恐れがあるのだ。
ちなみにトラックよりもトレーラー(けん引車)のほうが、その内輪差は大きくなる。さらに、運転席側と荷台側が「点」でしか繋がっていないため、ドライバーは自転車と接触したことに気付かないこともある。
筆者は元トラックドライバーだが、都内で自転車にも乗る。
ある日、車道左端を自転車で走行していた際、前の交差点をトレーラーが直進から突然進路を変えて左折した瞬間を目撃したことがあった。
が、恐らくそれは、トレーラーが左折をするために交差点に頭を突っ込んでいた最中で、自転車からは一瞬、そのまま直進するように見えただけだったと思われる。よく見れば、トレーラーはしっかり「左折」の合図を出していた。
状況によっては、そのウインカーに気付かないまま、自分は何の迷いもなく直進してしまっていたのではないだろうか。
トラックに乗っていた身でも、自転車側から見るとこのように一瞬ヒヤッとすることのある大型車の内輪差。自動車免許を持たない、つまり、教習所で内輪差のメカニズムを学んだことがなく、その存在すら知らない自転車利用者にとっては、より危険なはずだ。
しかし、自分の存在に気付かず接近・左折してくるトラックに対し、「生身の体に2つの輪っか」をつけた自転車ができるとっさの危機回避策は、「そのか細い音の鈴を鳴らす」ことくらいだ。
が、エンジン音がするトラックの運転席に、その「チリンチリン」が届くことはほとんどない(もっとも、その瞬間に自転車が鈴を鳴らす余裕もほとんどないが)。
日本の道路が「右高左低」のワケ
自転車が道路の左端で危険に晒されるのは、これらトラックの特性だけによるものではない。「道路の構造」にも要因がある。
普段走っているだけでは気付きにくいが、日本の道路の多くは「右高左低」の構造になっている。
その理由は、「雨水やごみなどを道路脇に流すため」だ。
いわずもがな、クルマにとってごみや雨水は、走行の妨げになる。そのため、道路の右(=センターライン側)を高く、左(=路肩側)を低くして、自然とそれらが道路脇(=路肩側)に流れていくよう、工夫されているのだ。一般道路ではだいたい3~5%ほどの勾配がつけられている。
しかし、そうなれば自転車が走る道路の左端には、転がったごみ、流れた雨水を地下へ流す側溝、左に重心が傾くことで生じるクルマのタイヤの「わだち」や道路の「傷み」などが大集合することになる。おまけに路上駐車するクルマまで存在すれば、自転車が安全に走行できるはずがない。
コロナで増える「車道での抜き合い」
それでも自転車は道路交通法上「軽車両」と位置付けられているため、‟原則”「車道」を走らねばならない。
が、利用者が子ども・高齢者の場合や、車道の交通量が著しく多く、安全な走行が困難だと判断される場合など、やむを得ない場合は歩道も走っていいことになっている(道路交通法第63条の4)。
こうした「曖昧な規則」と「誰でも乗れる気軽さ」によって、車道からも歩道からも「邪魔だ」「危険だ」と、双方に押し付け合わされてしまう自転車だが、他車両よりも法順守に対する感覚が鈍くなるのも、これら2要因によるところが大きい。
歩道では歩行者優先が大原則。「とまれ」も「一方通行」も、「自転車を除く」という補助標識がない限り、彼らはそれらを守らねばならないのだが、現状は「守る」以前に「守らねばならないことを知らない」ことが非常に多い。
実際、冒頭で紹介した2つの事故の直後、中学3年生が乗ったマウンテンバイクが70代の男性と衝突。男性が死亡する事故が起きている。
自転車は、車道を走ればほとんどのケースで「被害者」になるが、歩道を走ると今度は「加害者」の立場になる。
被害者はもちろんのこと、加害者になるのにも、年齢は関係ないのだ。
中学生が乗る自転車と衝突 70歳の男性が死亡 大阪 枚方(NHK)https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211113/k10013346671000.html
ただ、上述したように、彼ら自身も安全に走行できる場所がないのが現状だ。
むしろ彼ら自身の居場所は昨今、より過酷化。
コロナ禍による巣ごもりで急速に需要を拡大させたフードデリバリーや、感染防止対策の観点から公共交通機関の利用を控えた人の「通勤・通学の足」として、自転車の需要はより高まっている。
さらには今年初め、こちらも「コロナ禍の新しい足」と銘打ち走り始めた「電動キックボード」までもが車道を走るようになった。
そんな「密」状態の車道左端で、最も遅い「シェアリングサービスの電動キックボード」(制限速度15km/h)を追い越しながら、最も早い「一般的な電動キックボード」や「原付」(同30km/h)に追い越されるのが、自転車(平均速度15~20km/h)なのだ。
今年7月、千葉県八街市で起きた「小学生死傷事故」の際も多くの指摘があったように、現在のところ日本には、自転車専用道路どころか「歩道」すらもまともに整備されていない。
国土の狭い日本において、自転車専用道路を整備することはもはや不可能なのか。
道路上の安全安心が保障されるには、結局のところ自転車はどこを走ればいいのだろうか。
今後も彼らの居場所探しは続いていく。
参考文献:
「トラックドライバーのためのトレーラーの安全運行のポイント」(全日本トラック協会)
https://jta.or.jp/wp-content/themes/jta_theme/pdf/publication/trailer_anzen_unkou.pdf
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