睡眠不足の自己申告で自動車事故を防止できる?ここにこそテクノロジー活用を
昨日朝日新聞が、「睡眠不足は乗務禁止 トラックやバス、6月から義務化」というニュースを報じました。
国土交通省は4月20日に「睡眠不足に起因する事故の防止対策を強化します!!」という報道発表をしており、これによると
とあります。
確かに、近年、ドライバーの過労や睡眠不足によると思われる事故が発生しており、その対策の必要性は理解できます。以下の記事にもあるように、「睡眠不足」の危険性を事業者とドライバーに周知させ、抑止力を働かせるという点で意義はあると思います。
睡眠不足ドライバーは乗務禁止!わが子を亡くした遺族の「安全」への期待(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース
しかし、実際のところ「睡眠不足」のチェックは機能するのでしょうか?
睡眠不足のチェックは自己申告
改正されるのは、国土交通省の省令である「旅客自動車運送事業運輸規則」および「貨物自動車運送事業輸送安全規則」と、その解釈と運用に関する通達の内容です。
従来の規則では、バス・タクシー・トラック事業者(以下事業者)は、酒気帯びの有無、疾病・疲労・その他の理由により安全な運転ができない恐れがある乗務員を乗務させてはならないと定められており、乗務前に(貸し切りバスなどで夜間に長距離の運行をする場合は乗務途中にも電話等で)点呼を行ってそれらの状況がないかどうかを確認し、その内容を記録することが義務付けられています。また、ドライバー側にもきちんと自己申告をする義務が課されています。
今回の改正では、「疾病・疲労・その他の理由」というところが「疾病、疲労、睡眠不足その他の理由」になります。
「酒気帯びの有無」については目視とアルコール検知器の両方でチェックすることになっていますが、それ以外はドライバーの自己申告や管理者の側の目視で問題ないかどうかを確かめることになります。
自己申告が機能しない2つの可能性
「疲労」や「睡眠不足」の生じ方には個人差があり、休憩や睡眠を何時間とっていればOKとか、連続して何日働いたからNGとか、一概に決められるものではありません。では、自己申告を信じればよいかというと、そこには2つの問題があります。
1.疲労や睡眠不足に本人も気づかない問題
ひとつは、本人も気づいていない疲労や睡眠不足があるということ。例えば「自分はショートスリーパーだから1日4時間しか寝ていなくても大丈夫」と本人が思っていても、実は昼間に時々居眠りしているというケースもあります。仕事のやりがいや達成感を強く感じているときは、本当は疲れているのにそれを自覚しにくいということもあります。
2.疲労や睡眠不足を正直に申告できない問題
もうひとつは、ドライバー自身は疲労や睡眠不足を感じていても、それを正直に申告しづらいケースが、大いに想定されるということです。
そもそも過去に起きた睡眠不足が原因と考えられる事故も、「疲労」のチェックが適切に行われていれば防げたかもしれないのです。
運輸業界は厳しい人手不足に直面しており、昨今の宅配業者の長時間労働問題や遅配なども、それゆえに起きていることです。会社でドライバーの人員に余裕が無いという自社の状況を知りながら、「寝不足なので今日は乗務できません」といったことが言えるドライバーがどれだけいるでしょうか。
会社の責任逃れにならないためには、客観的な判定方法が必要
自己申告による疲労や睡眠不足のチェックが心もとない理由を2点挙げましたが、アルコール検知器のような客観的な測定方法がない場合、どうしても自己申告に頼らざるを得ません。何か事故が起き、それが睡眠不足によるものだと考えられるとき、今後は「点呼はしました。ドライバーが正直に自己申告しなかったのが悪いのです」という会社の責任逃れが起きないか、心配です。
そうならないためには、疲れや睡眠不足についても客観的な判定方法を取り入れる必要があります。
たとえば高速バスを運行するWILLER EXPRESS JAPAN 株式会社は2016年から、富士通のドライバー用ウェアラブルセンサー「FEELythm(フィーリズム)」を導入しています。これは走行中の乗務員の脈波を計測し、疲れや眠気の予兆を検知し、本人に知らせるというもの。導入後前年と比較し、事故による車両損傷額が 74%低下するなど運転中の事故を減少させる効果があったとのことです(WILLER EXPRESS JAPAN 株式会社プレスリリースより)。
国としてやるべきなのは、こういった意味のあるチェック方法の導入を推進すること、例えば機器の導入に補助を出すことなどではないでしょうか。
ホワイトカラーの長時間労働問題も、テクノロジーでの解決が待たれる
今、国会では働き方改革関連法案が審議されており、この法案が通れば時間外労働の上限規制が導入されることになります(今回のテーマである自動車の運転業務は施行後5年間適用対象外で、それ以降も一般の労働者より長い上限が設定される見込みですが)。
この労働時間の規制について、反対する人たちもいます。その理由として挙げられるのは、以下のようなことです。
- 労働者を時間で管理するというのは工場の単純労働のような働き方が一般的だったときの考え方。現在のホワイトカラーの働き方にはなじまない。
- もっと働きたいという人もいる。本人が望むなら働かせても構わないのでは。
- 特に若いときは、時間を顧みず働くことが成長につながる。労働時間規制はその機会を奪うことになる。
どれも一理あるとは思いますが、それでも現状は労働時間の上限規制は必要だと考えます。雇用関係において労働者は弱い立場であることが多く、上司に命じられたら自分の意志や健康状態に反して長時間働かざるをえないという人も多いのです。そういう人たちを守るために、超えてはいけない上限というのは、設定すべきでしょう。
ただ、なぜ長時間働くことが良くないのか、その本質を考えると、ひとつには、健康被害や、疲労した状態で仕事をすることの非効率があるからです。健康に生産性高く働くことが目的で、労働時間を短くすることが目的ではないのです。
先に述べたように疲労には個人差があり、仕事の内容や本人を取り巻く様々な状況によっても異なります。本来は時間で判断できるものではないけれど、これまではそれ以外に妥当な判断基準がなかったから、「多くの人が健康に働けるのは、このくらいの時間」という基準が定められていたわけです。
今、疲労度を測るIT機器といったものも開発されつつあるので、もう少し時代が進めば、労働時間ではなく個々人の疲労度をモニタリングし、健康を害する心配があればそれ以上働かせない、といったルールを作ることもできるでしょう。
(以下の動画は、ストレス度と疲労度をチェックするシステムの一例です)
また、仕事中の集中度合いが簡単に測れるようになれば、「若いときはがむしゃらに頑張る」というよりも、「上手に休みを入れつつ、効果的に頑張る」ということが奨励されるようにもなるでしょう。
個人的には、本人がいくら元気であっても、何ヶ月にも亘って「仕事ばかりで他のことができない」という状況は本人や家族、ひいては社会のためにもならないとも思います。テクノロジーを用いた健康状態の把握と、ワークライフバランスを実現するという意味での労働時間の調整、このふたつを組み合わせた労働管理の実現が待たれます。
(2018.5.17 タイトルを修正しました)