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だんだんジャズ~Cの巻~ピアノ・トリオを題材にしてジャズ特有の”訛り”を聴き分ける

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

毎回3曲ずつジャズの曲を聴き比べながら、なんとな~く、だんだんジャズがわかってきたような気になる(かもしれない)というシリーズ企画『だんだんジャズ』の3回目は、Cの巻です。

●Cの巻のポイント

Bの巻のジョン・コルトレーン聴き比べはいかがでしたか? 時代の変化に対応した「新しいジャズのサウンド」を生み出すために、自分の演奏スタイルをどんどん変化させていくことがジャズの特徴の1つでもあります。そのために演奏者たちは、自らのスタイルに固執せず、次々と進化していきました。

「ジャズでは同じ曲を同じようには演奏しないし、同じ人の演奏を聴いても曲ごとに印象が違うのは当たり前だというのはわかったよ。でも、もうちょっと入りやすい入り口はないかなぁ……」

はい、そんな人に最適なんじゃないかと、拙著『頑張らないジャズの聴き方』の「StepC」で取り上げたのが、ピアノ・トリオでした。ピアノ、ベース、ドラムの三重奏は、誰がどの部分でどんな役割を演じているのかがわかりやすいという意味で、“ジャズのお試し”にはピッタリなんじゃないかと思ったわけです。

ということで、Cの巻の3曲はピアノ・トリオの代表的な人をピックアップしました。

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♪オスカー・ピーターソン「Noreen's Nocturne」

カナダ生まれのオスカー・ピーターソンが「鍵盤の皇帝」という異名をとるのは、もちろん超絶的なテクニックがあるからだが、それ以上に彼のピアノがスウィングしているということが重要だ。スウィングとは、言い換えれば「アフリカン・アメリカンの“訛り”」だが、オスカー・ピーターソンの“訛り”は南部のニューオーリンズや北部のシカゴ、東部のニューヨークという合衆国国内のドメスティックなニュアンスから距離をおいたスマートさを感じる。つまり、ジャズが“世界の共通語”として受け入れてもらうための平準化の部分を、彼は持ち前の超絶テクとリズム感でやすやすとやってのけたというわけ。だからこそ、人間離れした演奏なのに聴きやすく、それでいてジャズらしさを失わない。まさに「まず聴いてみたいジャズ」にうってつけだろう。

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♪バド・パウエル「Anthropology」

1920~30年代のアメリカで歌やダンスの伴奏に欠かせない存在となっていたジャズが、マンネリを打破して音楽的な発展を遂げるためには、ビバップというそれまでとは異なる方法論を取り入れる必要があった。1940年代の初頭にかけて、夜な夜な集まったミュージシャンたちは、さまざまな工夫を施して、より自由に“時代の気分”を盛り込める音楽=ジャズのアイデアを競い合っていた。そのなかの1人がバド・パウエルだ。まるでスウィングという言葉を真っ向から否定でもするかのように、前のめりのリズムをそのまま鍵盤に叩きつけるような弾き方は、脳神経と指先が直結したようなクールな印象を聴く者に与えるだろう。だからといって、情感が失われているということにはならないところに、ビバップを生み出した創始者たちの卓越した技術とヒラメキが感じられる。

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♪レッド・ガーランド「Will You Still Be Mine ?」

レッド・ガーランドもビバップ創世記の立役者の1人だが、彼がバド・パウエルと違うのはすぐにわかるだろう。それはおそらく、オスカー・ピーターソンのところで触れた“訛り”に関係していると考えられる。ビバップ特有の直線的な(カクカクした)ニュアンスをブロック・コードによる奏法で吸収し、アフリカン・アメリカンらしさを表現するためのリズム的な“揺れ”を織り交ぜて、「ジャズはアフリカン・アメリカンが演奏するものがオリジナルである」という、1950年代に顕著になっていった時代の空気を端的に表現できるようにしたレッド・ガーランドの業績は大きい。彼のピアノがジャズをジャズらしくしていったと言っても、決して大げさではないのだから。

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●まとめ

『頑張らないジャズの聴き方』のStepC欄外に掲載した3曲は、実は今回取り上げたものとは異なっています。YouTubeで適当な音源がなかったこともありますが、ピアノ・トリオの聴き比べという趣旨でよりわかりやすそうな曲を選び直してみた結果でもあります。ご了承ください。

今回の3曲は、どちらかといえばテンポの速い、攻め系の曲調で揃えてみました。もちろん3人ともスロー・テンポのバラードにも定評があり、ユル系の名演奏もありますので、そちらから3人の違いを聴き比べるのもジャズの楽しみ方を広げることにつながると思います。

ジャズに“訛り”が関係していることを教えてくれたのは、ティポグラフィカ時代に取材をした菊地成孔さんでした。楽譜によって作曲者が楽曲を管理して「“訛り”を許さない」のがクラシック音楽だとすれば、その対極で“訛る”ことによりアイデンティティを確立していったのがジャズであるということが、今回の3人の聴き比べから見えてくるはずです。

ここに挙げた3曲は、2012年に上梓した拙著『頑張らないジャズの聴き方』の「ステップ編」で欄外に掲載していたものを参考にしながら、新たにYouTubeを探し直して選んだものです。

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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