Yahoo!ニュース

戦慄…戦後最大の未解決ミステリー「帝銀事件」に生物兵器開発組織731部隊やGHQが関連か。

山内琉夢歴史プレゼンター
福山自動車時計博物館に展示されている「連合国軍最高司令官総司令部 マッカーサー」

芥川賞の受賞歴を持つ小説家・松本清張はご存知でしょうか。

彼はフィクション小説やノンフィクション作品など、多岐に渡る文学作品を世の中に輩出。1950年代には清張ブームを巻き起こしたほか、原作が映像化されるなど現代でも高い支持を得ている小説家です。

彼の代表作「日本の黒い霧」には、戦後最大の未解決ミステリーといわれる「帝銀事件」に関する独自調査や考察が記されています。

今回は、そんな「帝銀事件」について紹介しましょう。

□帝銀事件の概要

事件のイメージ画像(筆者撮影)
事件のイメージ画像(筆者撮影)

帝銀事件とは、1948年1月26日に東京都豊島区の帝国銀行(現在の三井住友銀行)椎名町支店で起きた事件です。

事件当日の15時過ぎ、閉店業務に追われる椎名町支店に「東京都防疫班」の腕章をつけた男が尋ねてきました。

彼は厚生省の名刺を差し出し「周辺で赤痢の集団感染が発生した。この銀行にも感染者のひとりが紛れている。GHQが銀行内を消毒しに来る前に予防薬を飲んでほしい」といい、現場に居合わせた行員らに予防薬を摂取させたのです。

事件当時の赤痢は、戦後日本で年間10万人の死者を記録したほか、第一次世界大戦中には西洋で数百万人もの死者を出した恐ろしい病気でした。このことにくわえ、同日の朝に近所で赤痢患者が出現していたこともあり、椎名町支店にいた全員が犯人の証言を信用してしまったのです。

生存者の話によると、犯人は薬の飲み方を実演しながら詳しく説明していたそうで、犯人は毒物の扱いに長けた人物だと考えられます。

こうして薬を服用した16人中11人が即死し、その後に搬送されたひとりが病院で死亡。計12名が毒殺されました。

その後、犯人は現金16万円(現在の約1600万円相当)と小切手を奪って逃走。

椎名町支店に駆けつけた警察官は、11名の遺体と僅かに意識を残した生存者たちが血反吐を巻きらしている現場に混乱し、犯人の身柄拘束を優先できる状態ではありませんでした。

□捜査

福山自動車時計博物館に展示されている「連合国軍最高司令官総司令部 マッカーサー」の蝋人形
福山自動車時計博物館に展示されている「連合国軍最高司令官総司令部 マッカーサー」の蝋人形

事件の捜査は生存者の証言や似顔絵を中心に展開していましたが、その過程で遺体から青酸化合物が検出されたため、生物兵器の開発を担った旧帝国陸軍の研究機関「731部隊」の関係者に的を絞った捜査へと切り替わりました。

すると、突如GHQの命令で旧陸軍関係者への捜査が禁止されてしまいます。

さらに、帝銀事件で使用された偽造名刺の捜査を担当する「名刺班」の方で大きな動きがありました。

実は帝銀事件の前年にも同様の手口で未遂事件が発生しており、その際に使用された偽造名刺を所持していた人物がいたのです。

帝銀事件の犯人として逮捕されたのは、画家の「平沢貞通」。事件当時のアリバイを証明できなかったことや過去に銀行で詐欺事件を起こしていたこと、そして事件直後に被害総額とほぼ同額の預金をしているにもかかわらず、その出所を証明できなかったことが重なり逮捕となりました。

逮捕当初の平沢貞通は容疑を否認していましたが、連日の拷問のような取り調べに疲弊した彼は自供をはじめます。その後、東京地裁で開かれた公判では無実を主張するも、一審死刑判決を下されました。

その後も最高裁にまでもつれ込みますが上告棄却され、1955年4月7日に死刑が確定します。

□帝銀事件の真犯人

福山自動車時計博物館の展示物 陸軍のイメージ画像
福山自動車時計博物館の展示物 陸軍のイメージ画像

死刑が確定した平沢貞通ですが、刑が執行されないまま享年95歳で獄中死。

のちに判明したことですが、犯人の手口が軍秘密科学研究所が作成した毒薬の扱い指導書と一致していたことや犯行に使用された器具が上記研究所で扱われているものと同一であったことから、旧帝国陸軍関係者に真犯人がいた可能性も示唆されています。

また、陸軍関係者への捜査を中止させたGHQにも疑念が残る結末となりました。

松本清張の代表作「日本の黒い霧」は、獄中で無罪を主張し続けた平沢貞通の態度や帝銀事件の随所に残る違和感を松本清張が独自調査し、その結果をまとめたものです。

公開された当時、「黒い霧」という言葉が流行語になるほどの社会現象を巻き起こしました。

松本清張記念館
松本清張記念館

福岡県北九州市には、松本清張の生涯や帝銀事件に関する資料を展示する「松本清張記念館」があります。

気になった方は、ぜひ足を運んでみてください。

歴史プレゼンター

歴史ライターとしての活動経験を持ち、今までに32都府県の歴史スポットを巡ってきました。実際に現地へ行くのが難しい方に向けて、取材した歴史スポットについて紹介します。また、歴史に興味をもったことがなかった方にも楽しんでいただけるよう、歴史偉人の意外な一面や好きな食事・おやつの紹介など、ワクワクするような内容をお届したいです。

山内琉夢の最近の記事