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天津爆発の「闇と怪」――チャイナ・セブン張高麗の運命は?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

爆発した倉庫の持ち主である瑞海公司の株主間および株主と政府当局との間の「闇と怪」が見えてきた。それらをつなぐ先には現政権チャイナ・セブンの張高麗の存在がちらついている。張高麗調査に至るのか?

◆株主間の「闇と怪」

8月19日、中国政府の通信社ウェブサイトである新華網の記者は、爆発を起こした瑞海(ルイ・ハイ、ずいかい)公司の株主を取材し、そこから見えてきた株主間の闇と、安全管理に関する闇を明らかにした。

筆者は天津で育った関係上、多くの教え子や友人が天津の政府やテレビ局あるいは企業などの主要部門にいる。天津新聞弁公室の記者会見の舞台に座っている3名の中の一人も、筆者が特に可愛がってきた教え子の一人だ。そのような関係から、一部の内部情報も入手している。ここでは新華網の記事に沿いながらも、独自情報を交えて分析する。

新華網は、そもそも主たる株主と筆頭株主が誰であるかに関して謎らだけであると指摘する。現在、表面上は

筆頭株主:李亮

董事長:於学偉(於の簡体字は、干の縦棒の先がはねた文字)

副董事長:董社軒

法人代表兼総経理:只峰

副総経理:曹海軍

となっている。

2012年11月28日に登記したときの資本金は5000万人民元。このときの株は

李亮:55%(法人代表)

舒錚(じょそう):45%

と届けられている。

ところが2015年1月29日、瑞海公司は1億人民元を増資して、法人代表を「只峰」に変えた。

では、この段階で、誰が本当の社長で誰が法人代表なのか?

事故後の8月15日、新華網の記者は只峰を取材した。只峰は12日の爆発事故で負傷し、病院にいるが、同時に警察に拘束されている。只峰は混迷状態にあるので、そばにいる妻が回答した。

「只峰は会社の日常的な管理をしているだけで、株権は持っていません。毎月1万元の給料をもらっているだけです。会社の責任者は於学偉と董社軒です。」

つまり只峰は「替え玉」法人代表だということになる。

8月17日、天津市の第一留置所にいる李亮(34歳)を取材した。彼は13日の午前5時から拘束されている。李亮はおびえながら「自分は瑞海公司の本当の株主ではありません」と答えた。そして続けた。

「本当の大株主は於学偉です。彼は私のいとこの夫なんです。55%の株は於学偉が持っているのですが、表面上、私(李亮)が持っているように装っているのです。私は一度たりとも株主の会議に出たことはないし、サインもしたことがないし、一円も株主としてお金をもらったことがありません」

ここもまた「替え玉」だ。

おまけにと、李亮は明かした。

「会社の株の45%を持っているとされている舒錚もまた、替え玉に過ぎない。本当の株主は董社軒で、彼は天津港公安局の元局長(董培軍)の息子です」(カッコ内は筆者)

そこで新華網の記者は留置所にいる董社軒(34歳)を取材した。すると董社軒はつぎのように答えた。

「自分は高校時代のクラスメートの舒錚を通して、45%の株を持つことになりました。私の父は天津港の公安局長をしていたのですが、(公安局長が瑞海公司の株を持つ形で)兼任していることがわかると、まずいので、替え玉を(舒錚に)頼んだわけです。それに当時父はすでに、(不正の嫌疑がかかり)調査を受けていましたから。」(なお、父親は2014年8月に病死。)

会社が利益を出しておらず、董社軒は毎月1.5万人民元の給料しかもらってないので、株主から抜けようとしたが、於学偉が許さなかったという。

さて、いよいよ於学偉の弁明を聞こう。

於学偉は爆発事故のとき河北省に旅行に行っており、事故を知って急いで天津に戻ったのだが、事故現場に行く途中で拘束されている。

1974年生まれの於学偉は、1994年に中国中化集団公司(Sinochem Group。略称:中化集団、シノケム )の天津支店に就職した。中化集団は1950年に設立された国有企業でエネルギーや化学製品を扱ってきた。

2012年9月、中化集団天津支店の副総経理にまでなっていた於学偉は、独立して瑞海国際物流有限公司を創立するのだが、このとき結託したのがときの公安局長・董培軍だった。双方の「資源」を活用したと、於学偉は認めている。

◆張高麗との関係は?

ここからは筆者独自の情報を主として分析する。

前回の本コラム「天津爆発、習近平政権揺るがすか?」で書いたように、現在、習近平政権のチャイナ・セブン(中共中央政治局常務委員)の一人である張高麗・国務院副総理は、2007年から2013年3月(実質上は2012年11月)まで、天津市の書記をしていた。 

張高麗は1970年から広東省で中央行政省庁の一つである石油部の茂名石油公司で働き始め、1984年には茂名石油公司の総経理になっている。そして85年までの1年間だけ中国石化総公司茂名石油工業公司の経理を務めて、その後は広東省や山東省の行政に携わった。

天津市の書記になると、天津市濱海新区の開発に全力を投入し、その開発領導小組の組長になっている。そのために天津市の経済は飛躍的発展を遂げ、2011年には天津市の一人当たりGDPは、北京市と上海市を越え、直轄市の中でナンバー1となっている。

このときに誘致したのが中石油(中国石油天然ガス集団公司)や中石化(中国石油化工集団公司、シノペック)などである。

中でも、2007年11月29日、於学偉が勤めていた中化集団天津支店の本店・中化集団の劉徳樹総裁が天津に視察に来ると、張高麗書記は天津支店の王飛・総経理とともに劉徳樹を手厚くもてなし歓待した。

その後、中化集団の天津支店への投資は跳ね上がり、天津の飛躍的発展へとつながっていったのだ。

この経済発展の実績を以て、張高麗は習近平政権のチャイナ・セブン入りを果たし、それが前回のコラム「天津爆発、習近平政権揺るがすか?」で説明した習近平政権内政の目玉、「京津冀(北京・天津・河北省の一部)」巨大経済圏構想につながっていく。

その意味で張高麗は習近平政権に欠かせぬ人物の一人となっているが、問題は中化集団天津支店と張高麗および今般の爆発との関係だ。

実は中化集団天津支店の王飛・総経理は、汚職問題により2012年に捕まっているのだが、当時はコネを利用して12年の懲役刑で済んでいる。このとき奔走したのは、その腹心の於学偉で、彼は同時に大量の中化集団天津支店の主要職員と顧客を引っ提げて中化集団天津支店を離れ、瑞海国際物流有限公司を立ち上げた。

危険物安全管理等に関しては、中化集団天津支店に勤務していた約20年間にわたる「経験」と「人脈」があり、その人脈によって、「安全管理」だけでなく、「公安」、「海事」「環境問題」など、すべての許認可部門の窓口を、しっかり掌握していた。だから、すべてトントン拍子に事業展開をすることができたのである。

◆張高麗の運命と習近平政権

8月18日、中国政府は「危険化学品安全管理条例」(国務院令第591号)の第六条第二項にある「生産安全事故報告と調査処理条例」(国務院令第493号 )という規定に基づいて事故調査組を結成した。

本来ならば、「安全」を中心とするので、国家安全生産監督管理総局が陣頭指揮を取らなければならないのだが、同日、8月18日に国家安全生産監督管理総局の楊棟梁局長が重大な紀律違反(腐敗)があったとして取り調べに入ったため、急きょ、公安部の管轄下で事故調査を進めるという異例の事態となった。

楊棟梁・元局長は、1972年から石油関係の仕事に携わり、1997年からは天津市の行政部門で実績を上げ、2001年に天津市副市長、2005年からは天津市国有資産監督管理委員会の主任を兼ねてきた。2007年に張高麗が天津市の書記になると、中国共産党天津市委員会の常務委員になり、張高麗がチャイナ・セブン入りする2012年には、張高麗の推薦で国家安全生産監督管理総局の局長になったのである。

つまり、楊棟梁の背後には張高麗がいたのである。

となると、ますます張高麗の行く末は危うくなり、腐敗撲滅に邁進している習近平政権を揺るがすことになる。

筆者は『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』で、張高麗の次期チャイナ・ナイン(チャイナ・セブン)入りに懐疑的で、理由は「周永康ほどでないにしても、石油閥の影がつきまとうから」としてきた。それでもチャイナ・セブン入りした理由として『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』で、習近平の父親と張高麗の関係に触れ、習近平がいかに自分の父母との関係を重んじてチャイナ・セブンを選んだかを詳述した。

そのツケが回ってきたという感をぬぐえない。

習近平としては腐敗撲滅に賛同し、ともに戦ってくれる同志を選んだつもりだろう。

しかし今回の爆発事故は、腐敗撲滅により一党支配体制を維持しようと邁進している習近平政権にとっては、前回のコラムとはまた別の意味で、計り知れないほど大きな痛手だ。張高麗の運命を注視したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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