戦前まで日本人の平均寿命は50歳未満?「人間五十年」のカラクリ
平均寿命を長期で見る
厚生労働省が7月29日に2021年の日本人の平均寿命を発表し、男女ともに10年ぶりに前年を下回ったことが報道された。下回ったとはいえ、男性81.47歳、女性87.57歳で、男性は世界3位、女性は世界1位の長寿国であることに変わりはない。
平均寿命の長期推移グラフは以下の通りである。
これを見て驚くのは、太平洋戦争まで、男女とも平均寿命は50歳にも達していなかったということではないだろうか。
織田信長で有名な敦盛の歌「人間五十年~♪」があるが、戦国時代どころか昭和まで「人間五十年」だったのかと思うかもしれない。そう考えると戦後のわずか80年足らずで、ずいぶんと長生きになったものだなと思うかもしれない。
が、それは間違いである。
平均寿命のカラクリ
平均寿命の指標について勘違いしている人が多いのだが、これは現在の死亡者の平均年齢を指しているわけではない。現在0歳の人が何歳まで生きられるかという平均余命の指標である。
要するに、今生まれた赤ちゃんが何歳まで生きられるかというものである。男性の平均寿命が84歳だからといって今40歳の人が平均あと44年生きられるというものではない。
また、昔の平均寿命50歳だからといって、みんな50歳くらいまでしか生きられなかったという意味でもない。平均寿命とは、たとえば乳児の死亡が多ければ多いほど下がるものである。平均なので、100歳で死ぬ人が50人、0歳で死ぬ人が50人いると、平均寿命は50歳になる。太平洋戦争前は、この0~10歳未満での死亡率が異常に高かったために、平均すると50歳に達しなかったのである。
つまり、昔は子どもの死亡率が高かったために、計算上平均寿命が短かっただけであり、決して老人が早死にしていたわけではない。
江戸時代の平均寿命は30歳台と言われているが、あの葛飾北斎は享年90歳だ。徳川家康だって73歳くらいまで生きたし、なんならその前の戦国時代でさえ北条幻庵は97歳、その父の北条早雲も88歳、関ヶ原の合戦で名をはせた島津義弘も85歳、毛利元就も75歳まで生きている。もっと以前の鎌倉時代、僧の法然は満78歳、その弟子親鸞も満89歳で入滅している。1000年前も今も長生きする人はしているのだ。
縄文時代の平均寿命は15歳だった。でも、それで8人くらいの子どもを産んでいたわけである。もし全員が15歳で死んでいたとするなら、7歳くらいから毎年産んでいる計算になる。これも乳児死亡率が高かったために、平均15歳になっただけであり、実際縄文時代の人たちでも長生きした長老は存在していた。
実態に近い平均寿命とは?
乳児死亡率を抜いて、実質昔の人が何歳まで生きていたかを知るには、20歳まで生存した人の平均余命で比較すればいい。
それで見るとこうなる。男性だけを抽出した。
江戸時代から明治大正昭和前期にかけては、男性は大体60歳くらいまでは平均して生きたことになる。
戦後の急激な長寿化は乳児死亡率を激減させた医療技術の進歩が大きい。戦前まで、産んだ子の半分は成人することなく死んでいった例は多い。戦前の合計特殊出生率が5.0以上もあったというのは、それだけ死んでしまう子どもが多かったからである。いわば「出生率が高い時代とは子どもがたくさん死ぬ時代」と同義なのである。「7歳までは神のうち」という言葉がある。七五三のお祝いというのは「もうこれで死んでしまうリスクは減った」ということを言祝ぐものでもあったのだ。
現在の乳児死亡率は0.9。ほぼ生まれた子は死なない。だから0歳時の余命と20歳時の余命が変わらないのである。
子どもが死ななくなったのは喜ばしいことではあるが、それを実現した医療や食環境は同時に高齢者も死ななくなったという日本の高齢国家化を実現させたともいえる。
これから起きる人口動態の新陳代謝
人口に占める高齢者の割合が増えることでの社会保障費負担の問題などいろいろ課題は言われている。とはいえ、人間は不老不死ではない。誰もがいつかは必ず死ぬ。
日本は戦後から現代にかけて死なない時代が長く続いた「大少死時代」であった。しかし、間もなく1-2年後から年間150万人以上の死亡者が50年間続く「大多死時代」へと転換する。人口転換メカニズムについてはこちらの記事(イーロン・マスクが日本の少子化を心配したが、やがて世界も日本同様人口減少する)に詳しく書いた。その9割以上が75歳以上の高齢者である。それはある意味、国の人口の大きな新陳代謝が起きるということでもある。
少子化や人口動態を語る際には、短期的な出生率だけを見てああだこうだ言うのではなく、出生と密接に関連する高齢者死亡率や乳児死亡率を人生単位の80年くらいのスパンで大きくとらえる視点が肝要である。
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