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参議院議員選挙の真の争点は何か?

竹中治堅政策研究大学院大学教授
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

参院選の論戦本格化

今週水曜日6月22日に公示される参議院議員選挙(7月10日投票)に向けて与野党の間の論戦が活発に行われるようになってきた。

18日には大阪市で与野党の幹部が出席して、各党の政策を訴えた。また、本日午前中にはフジテレビで与野党党首が政策課題について議論した。

与野党は、経済政策、社会保障、憲法改正について論戦を行った。

アベノミクスと消費増税延期

安倍晋三首相自身は最近、参議院選挙に向けて経済政策を訴えかけることが多い。

6月1日の記者会見では首相はアベノミクスについて次のように語っている。

「アベノミクスをもっと加速するのか、それとも後戻りするのか。これが来る参議院選挙の最大の争点であります。」

また消費増税を19年10月まで延期することについては

「この参議院選挙を通して、『国民の信を問いたい』と思います。」

と宣言している。

経済政策はもちろん重要な争点である。例えば、自民党はGDPを600兆円にすること、さらには「国家戦略特区の活用など規制改革や行政手続簡素化などを断行し、わが国を『世界で一番企業が活動しやすい国』に」することなどを公約している。

具体的にどういう規制改革を進めるのか。自民党は農業の「担い手」を重視し、農業経営の大規模経営化を進める方針を明らかにしている。ただ、企業の参入に対する規制緩和の進展は遅く、企業による農地の直接保有は漸く戦略特区で解禁されたばかりである。また、近年急速に発達しているインターネットを活用した「プラットフォームエコノミー」「シェアリングエコノミー」は既存の規制法と摩擦を起こすことが多い。首相にはどう規制緩和を進めていくのか明らかにしてもらいたい。

また消費増税延期が財政政策にどう影響するのか。首相は増税延期により景気回復が確実にすることで税収増につなげられると考えているようである。果たしてそうなのか。中期財政計画では財政健全化目標として2020年までにプライマリーバランスを黒字化することを掲げている。目標達成の具体的な見通しを示す必要がある。また、少なくとも短期的には17年4月の消費増税を財源として行うことを予定していた社会保障充実策の実施は困難になっている。本日のテレビ討論では全部を実施することはないと表明した。具体的にどのように優先順位をつけるか明確にすることが望ましい。

真の争点は?

ただ、より重要な真の争点は安倍首相が選挙後に憲法改正に取り組むつもりがあるのかどうかということではないか。今年に入り、安倍首相は再三再四、憲法改正に積極的に取り組む姿勢を示して来た。首相は1月4日の年頭の記者会見で記者の質問に応える形で次のように述べている。

「憲法改正については、これまで同様、参議院選挙でしっかりと訴えていくことになります。同時に、そうした訴えを通じて国民的な議論を深めていきたいと考えています。」

また、3月28日の参議院予算委員会では次のようにも述べている。

「自民党のこれ言わば政権公約の中にもずっと入っておりますし、12年に政権を奪還したときの総選挙も、13年の参議院選挙も、14年の総選挙も、ずっとこれ隠してはいません。ちゃんと書いております。」

さらに続けてと任期中に憲法改正を目指すと明快に語っている。

「私は、私の任期中にそれはもちろん目指していきますよと、私がお示しをしている全ての政策を目指していくことと同じであろうと、こう思っている次第でございます。」

任期中に憲法改正をめざすのであれば、タイミング的には今後本格的に憲法改正をめざす議論を始める必要がある。以上を考えると首相が今後、憲法改正に取り組むことは十分考えられるのである。

言うまでもなく、憲法改正はとても重要な政策課題である。従って、首相は選挙後に憲法改正に積極的に取り組むつもりがあるのかはっきりさせることが今回の選挙で最も重要な争点である(なお、改憲に必要な獲得議席は自民、公明で78)

首相は取り組むつもりがあるなら、その意思を我々国民に語りかけるべきである。

14年総選挙と安保関連法制の関係

もちろん首相は選挙後に経済政策の立案に注力されるつもりなのかもしれない。しかし、私がこうした疑問を抱くのは、14年総選挙に首相が我々国民に最も強く訴えた政策と、その後に首相が最もエネルギーを注いだ政策が合致していないからである。

首相は14年11月に衆議院を解散した時にもアベノミクスと消費増税の延期を最大の争点にすると明言にした。首相は「アベノミクスを前に進めるのか、それとも止めてしまうのか。それを問う選挙であります。」とこう力強く語った。そして、消費増税の是非の判断を我々に仰ぐために衆議院を解散したと説明した。

しかしながら、総選挙後、首相がもっともエネルギーを注いだのは集団的自衛権の行使を部分的に解禁するや国際紛争の際に自衛隊が協力できる幅を広げるための安保関連法制の成立であった。

さらに言えば、安倍首相は安保関連法制の制定に自らの政治的資源を費消せざるを得なくなり、我々に最も強く訴えた経済政策の立案は遅れることになった。これを端的に象徴するのは首相は15年の秋に臨時国会を召集しないことを選んだことである。(念のために付記すれば、私は安保関連法制自体には賛成である。)。

であれば、やはり14年総選挙の際に首相は選挙後に最重視する政策についてより明確に説明すべきであった。

正々堂々と説明を

先に紹介した3月28日の参議院予算委員会で首相は次のようにも述べている。

「テレビ等の討論会あるいは記者会の討論会に行っても、話題を設定するのは私たちじゃなくて、テレビ局側あるいは記者会側が設定して我々に対して質問をしてくるわけでございまして、そこで質問されればちゃんとお答えしますが、質問が出なければそれはお答えしようがないということではないかと、こう思っております。」

首相は訊かなければ説明しなくていいと考えているようである。やはりそういう問題ではないだろう。我々は民主主義の下にいるのである。

ここで小泉純一郎元首相のことを思い出す。小泉純一郎元首相は2001年7月の参議院選挙では、「自民党をぶっつぶす」とまで言って、再重要視する構造改革を訴え、選挙後、道路公団民営化をはじめとする構造改革に取り組んだ。05年9月の総選挙では「郵政民営化」を争点として掲げ、選挙後に郵政民営化法案を成立させた。

本当に重視する政策があれば、安倍首相は正々堂々と我々国民に訴えかけるべきである。

もっとも首相は「話題を設定」されることについては前向きである。

そこで野党やメディアには選挙の期間中に

「安倍総理、選挙後に憲法改正に取り組むつもりですか、どうですか」

こう、何度でも確認してもらいたい。

もちろん私がうがちすぎなのかもしれない。首相は憲法改正よりも「アベノミクス」を重視しているのかもしれない。であれば、参議院議員選挙でもし与党が勝利を収めた場合には、経済成長を促進させる政策に取り組んでくれることを一人の有権者として期待している。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

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