子どもの貧困 「彼女はラッキー」で終わらせない 

支えられた人が支え手になっていく(写真:アフロ)

あの子は進学できただろうか

果物の静物画で文部科学大臣賞をとった女の子がいた。

彼女は小学校6年生で、成績は体育が4で、あとはすべて5だった。

彼女の母親はタイ人で、日本人男性と結婚して彼女を産んだ後、夫の暴力が原因で離婚していた。

母親の相談は「これから中学校に上がるにあたり、この子を塾に行かせたい。数学と英語、どちらを習わせるべきか」というものだった。

どうがんばっても一教科分のお金しか出せない、と言っていた。

彼女は緊張した面持ちで、黙って座っていた。見知らぬアパートの一室、知らない大人、緊張してあたりまえだった。利発そうな女の子だった。

私は「あなたはどんなに勉強しても、まず大学には行けない」と告げるかどうか迷った。

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この家庭は生活保護だった。

生活保護家庭の子は、原則として大学には行けない。

彼女が大学に行くためには、自分が生活保護から抜けて、生活費や学費を自前で調達する必要がある。

初年度は、200万円くらいかかるかもしれない。美大を目指すなら、もっと要るかもしれない。

大学に行かなくても、美大に行かなくても、立派な大人になった人はたくさんいる。その逆境を跳ね返してこそ、価値がある。

まったくその通りだ。

だが、12歳の子に、私はそれも言えなかった。

――10年くらい前の話だ。その後、この母子が再び来訪することはなかった。彼女は今、どうしているだろう…。

保育士になりたい

5年前、別の女の子に会った。中学3年生だった。

彼女は高校に進学するかどうかを迷っていた。「弟たちの世話もあるし…」と言っていた。6人兄妹の3番目。上2人は家を出ていた。

でも「保育士になりたい」とも言っていた。

私と、彼女に関わってきたあるNPOの人たちは、彼女に高校進学を勧めた。

当時、できたばかりの無料学習塾で勉強し、なんとか商業高校に入学した。

高校在学中も、いろんな理由で挫けそうになる彼女の気持ちを、NPOの面々が支えた。

そして彼女の窮状を聞きつけた京都の見知らぬ高齢者が、彼女の短大の学費を全額負担すると申し出てくれた。

その結果、彼女は保育士の短大に進学でき、現在実習中。

来春に保育士としての勤務を始める。

こんなことはめったにない。でも、こんなこともある。

彼女の事例は、貧困家庭の子どもたちが立ち上がるために、何が必要かを示している。

見守り、励ましてくれる大人の存在と、そして人生の選択をあきらめなくて済むための必要最低限のお金だ。

見守り、励ましてくれる大人がいたから、お金がなくてもあきらめずにやってこられた。お金があったから、ついに進学を果たすことができた。

人間関係とお金、両方が必要だ。

私たちが両方を享受して大人になったように。

彼女の人生は大きく動いた。

来春、彼女は人材不足であえぐ保育の世界に入り、子どもたちを育てるだろう。

そして、たくさんの「あしながおばさん」のおかげで今があることを、子どもたちに伝えていくだろう。

それは、同じような境遇であきらめかけている子どもたちの何かを変えるかもしれない。

今度は彼女が「見守り、励ましてくれる大人」になるのだ。

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「ラッキー」で終わらせない

「たった一人をどうにかしたところで、子どもの貧困は解決しない」。

その通り。データによれば、3年間(09~12年)で貧困状態の子どもは約12万人増えている。

たった一人であれば、焼け石に水にすぎない。

だったらそれを12万倍にすればいい。

報道によれば、こども食堂は2015~16の2年間で少なくとも285か所が開設している(朝日新聞7月2日)。補助金をつける自治体も出始めており、しばらくこの勢いは止まらないだろう。

もともと不登校の子らを対象にすることが多かった学校外の教育支援も、貧困家庭の子を対象に位置づける形で広がっており、厚労省も生活困窮者自立支援制度でバックアップしている。

子どもたちが、家庭や学校以外で大人と接し、多様な価値観に触れ、人生の選択肢を広げる機会は増えている。

お金はどうか。

「専門学校の学費を出してくれるような篤志家など、2人といるわけがない」のか。

「社会の役に立てるために、自分の遺産(の一部)を寄付(=遺贈)したいと思いますか」という問いに対して、前向きに回答した人の割合は26.8%と、4人に1人(国境なき医師団「遺贈に関する意識調査2015」)。

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野村資本市場研究所の宮本佐知子氏は

「高齢化社会の進展に伴い、相続資産市場への注目も、ますます高まっている。

足下の相続資産市場の規模は年間約50兆円であり、今後も相続資産市場は拡大が続き、2030年までの相続資産額は控えめに見積もっても1,000兆円と推定される。

わが国では、大相続時代が到来している」

と指摘する(「資本市場クォータリー」2014年夏号・要約版。http://www.nicmr.com/nicmr/report/repo/2014/2014sum13.html)。

財務省データで確認すると、1993年~2013年の20年間で、亡くなる人は約40万人増え、法定相続人数は約1人減っている(3.81人から2.97人。財務省「相続税の課税状況の推移」)。

2015年の相続税法改正前の数字でも、相続税の被相続人は56239人で、課税価格は11兆4880億円だった(国税庁統計情報「相続税」2014年データ)。

「日本に寄付文化は根付いておらず、自分の子や孫ならともかく、他人の子に贈与する篤志家など、実際のところはいるわけがない」

たしかにそうかもしれない。

「子孫に美田を残さず」などと言っても、それはタテマエ。「子どもには苦労させろ」と言っても、自分の子や孫は例外。

ジャッキー・チェンが260億円ある資産を全額子に譲らず、チャリティーに寄付すると宣言したとか、ザッカーバーグ(フェイスブックCEO)が自社の持ち株の99%を社会課題解決に回すとか、ビル・ゲイツの社会貢献活動とか、そんなのは全部海外の話し…。

しかし、そういう材料ばかりではない。

『寄付白書2015』(日本ファンドレイジング協会編)によれば、2014年の個人寄付総額の推計は7409億円。5年前よりも約2000億円増えている。

自治会・町内会、宗教関連等をのぞいた「カテゴリー1」(緊急災害支援、国際協力・交流、社会貢献活動の中間支援、子ども・青少年育成など)だけでも2756億円。

白書は「2009年からの大きな流れで日本の寄付を見た場合、東日本大震災で、非常に多くの人が寄付を行い、そしてその後も寄付をしている人の割合が1割程度増加しているということから、中期的なトレンドとしては、寄付行動の広がりがみられているといえるだろう」と結論付ける。

また、ある奨学団体への遺贈実績は、5年間で35億円にのぼる(非公開資料による)。

さらに、「子供未来応援基金」の募金額が最近6億円を超えたが、それは夫婦で4億円という大口の寄付があったからだと言う(朝日新聞6月29日)。

そして、長野県は2015年より「飛び立て若者!奨学金」を創設し、児童養護施設の子らが進学する際に、月額5万円を給付しているが(返還不要)、その原資はルートインジャパン(株)およびルートイングループ会長永山勝利氏の毎年600万円の寄付だ(http://www.pref.nagano.lg.jp/shigaku-koto/koutou/tobitate.html)。

多くはないかもしれない。しかし気にしてくれる人たちもいる。

寄付(遺贈)を前向きに検討すると答えた人たちの100人に1人でも実際の行為に結びつけば、12万人の子どもたちの未来を拓くことも不可能ではない。

99.9%は子や孫に残しても、残り0.1%を寄付・贈与するだけでも、2030年までに1兆円。

「おすそわけ」は、日本人が慣れ親しんだ文化だろう。

私たちの世の中には、それくらいの潜在力はある。

そして、こども食堂の近年の急増ぶりは、何かのきっかけで、その力が顕在化することを示している。

少なからぬ人々が気持ちを持っている。

その気持ちに形を与える促しを待っている。

知恵を絞ろう。そっちのほうが、あきらめるより百倍楽しい。

街頭募金する学生たち(提供:あすのば)
街頭募金する学生たち(提供:あすのば)