東京オリンピックでの相次ぐメダル獲得に始まり、「ゴン攻め / ビッタビタ」「13歳、真夏の大冒険」といったワードが今年の流行語大賞にノミネートされるなど、今夏を境に一躍社会の脚光を浴びるようになったスケートボード。

しかしポジティブな話題を多く振りまく一方で、あえて人目につきやすい繁華街で滑る一部のスケートボーダーの行為が迷惑だと大々的に取り上げる批判的な記事やコメントも目立つようになりました。

しかもそれらに対する苦情は相当なもので、競技環境の整備にも多大な影響を及ぼしています。

ここではその一例として、自らが設計した東京都大田区糀谷駅高架下のスケートパークとショップが無事完成し、オープンするところまできたにもかかわらず、近隣住民からの苦情が殺到したことで、事業中止の通達を受けてしまった冨田誠さんのお話をお届けします。長年の愛好者の切実な声に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。(全2回の1回目)

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鉄道事業の一環で決意したショップ移転とスケートパーク建設

新設されるスケートパークのため、昨年自らのショップごと糀谷駅前に引越しをしたfiftyfifty Skateboard Shopのオーナー、冨田誠さん。撮影:吉田佳央
新設されるスケートパークのため、昨年自らのショップごと糀谷駅前に引越しをしたfiftyfifty Skateboard Shopのオーナー、冨田誠さん。撮影:吉田佳央

ーまずは現在の京急空港線糀谷駅の高架下にスケートボードショップとパークができた経緯から教えていただけますか?

 ことの始まりは羽田空港の国際化に伴い、京急さんがその周辺をきれいにしていこうという動きを起こしたことにあります。そこで大田区の海岸方面の駅を全て高架に移し、その高架下を街づくりに活用していこうという計画がスタートしました。

そのためこのお店が移転オープンするまで、この地は電車が走っていて、昨年初めて住所が付いたくらいです。このエリアはすぐ隣のマンションも上空から見ると船の形をしていたりなど、京急さんがずっと街の開発を先導して行ってきました。そこで高架下利用法の新しい事業として、近年の競技人口増加とスポーツとしての認知度向上を背景に、スケートボードに注目してくれたのです。

そこで実際に造るなら、地元の大田区でやってる人が良いだろうということで、以前あった南大井のうちのお店に「スケートパークを造るのでお店を移転しませんか!? 一緒に開発しませんか!?」という話が来たので、自分にとってもすごく良い話だと思い、長年いた愛着ある場所を離れて、スケートパークの設計もして引っ越しをすることに決めました。

ーただそのスケートパークは完成しているにもかかわらず未だオープンできていない状況です。そこに至るまでの具体的な流れとはどんなものになるのでしょうか?

 去年の1月から工事が始まり、お店は7月4日にオープンしています。スケートパークは6月に完成していたので、そこでこの施設がどのぐらい音が出るのかという測定を日本音響システムさんにやっていただきました。そこで検査のために日中に2時間ほど滑らせていただき、次の日はこの施設のプロモーションビデオを作ろうと日中に2時間ほど撮影をしました。そうして2日間で計4時間ほど滑走したのですが、そこで騒音に対する苦情が入ってしまいました。

もちろん謝罪対応も誠心誠意行ったのですが、その声は収まることなく、一旦営業にストップがかかってしまいました。

あと去年はコロナ禍も深刻で、運動施設は1時間で何人ずつしか入れないといった規制もありました。それらの状況により、スケートパークを開けたくても開けられない状態のまま精査に入り、そのまま事業は中止と通達されてしまい、今に至ります。

苦情により開業中止となってしまった大田区糀谷駅高架下のスケートパーク。撮影:吉田佳央
苦情により開業中止となってしまった大田区糀谷駅高架下のスケートパーク。撮影:吉田佳央

事業中止の要因

敷地内の至る所に貼られている事業中止を知らせる張り紙。撮影:吉田佳央
敷地内の至る所に貼られている事業中止を知らせる張り紙。撮影:吉田佳央

ーその精査から中止に至ってしまった要因とはどんなものになるのでしょうか。

 苦情に対する対応としては、どうしても出てしまう滑走音を止めなければ先には進めませんでした。パークをご覧いただければわかるのですが、壁から高架の下にかけて空いた1.5m程の隙間から音が漏れてしまうということで、それを塞ごうというところで施設の精査に入りました。それなら単純に壁を伸ばして密閉すれば良いのではと思う方もいらっしゃると思うのですが、そうすると今度は建築物・構造物になるので、基礎工事からやり直せという話になってしまうのです。

このスケートパークは建設予算や高架を管理する京急側との兼ね合いもあり、遮音壁には25cmくらいのH鋼が建っていて、その間に遮音の壁を差し込んだ構造になっているのですが、それだと各H鋼の間に上からパネルを差し込まなければなりません。構造上横からは差し込めないので、その関係上のクリアランスでどうしても隙間ができてしまうのです。ただそこを塞ごうとすると、今度は地下4mまで潜りこんだH鋼ごと抜かなくてはいけません。

でもその工事を行わない限り開けることできませんという話になってしまったので、そこにかかる予算と完成後の営業によって得られる収益がどれほどのものになるのかという試算を出すための精査期間でした。

ただ試算を出すにしても、音を測ったり、構造屋さんが図案を製作したり、建築屋さんが値段を出したりといったことが必要になるので、非常に多くの時間を必要とします。そこで数ヶ月待って出た結果が、再建設予算には約1億5,000万円かかります。そうするといくら完成して営業をしても、かけたお金が戻らないというものでした。そこで、京急としてはこれ以上できないということを伝えられ、事業は中止となってしまったのです。

地面から突き出たH鋼に差し込むという構造上、どうしても開けざるをえなかった上部の隙間。そこから漏れた音が苦情の原因に。撮影:吉田佳央
地面から突き出たH鋼に差し込むという構造上、どうしても開けざるをえなかった上部の隙間。そこから漏れた音が苦情の原因に。撮影:吉田佳央

ー冨田さんご本人からしたら、自ら設計した場所ですし無念という想いも強かったかと想像します。

 はい。地域住民の方々の気持ちはもちろん重々理解しているのですが、最終的に中止というところには至ってほしくないというのが私の切実な気持ちです。今はその通達があったままで止まってるように見えているかもしれないですが、それでも私はそこに対して開ける努力はしています。勝手に「やっちゃおうよ」という問題ではないですし、それをするお金も自分にはありません。お願いくらいしかできないのが歯痒いのですが、せっかく完成した施設をこのまま放って置くわけにもいかないと思っています。

というのも、この事態をここのスケートパークだけで捉えてしまうと問題が矮小化してしまいますが、私は子供たちの遊び場である公園や保育園建設問題など、日本の「公共」に関わる根深い問題の一部であるとも思っています。

そもそもここのところ取り沙汰されている苦情の増加というのは、スケートボードに対するものだけではありません。例えば公園の子どもがうるさいなど、最近はキャッチボールなどのボール遊びもできなくなってきています。

ただこのように言うと、中には私がずっとこの世界にいるから過度にスケートボードに肩入れしているのではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。でも決してそんなことはなく、今の日本社会は全体として寛容さが失われているところもあるのではないかと思います。しかもそういった寛大さ、寛容さというものは誰かが決めることができない、制度化することができない、個人の心の問題だからこそ余計に難しいのです。

ここのスケートパーク以外でもそういった事例は全国で起きていますし、この問題の根っこは、とても深い、ある種の現代の地域社会が抱える闇に繋がっているところも否定できないのではないでしょうか。

未来を担う選手からも切実な声が

地元大田区を代表する若手として成長著しい池田大暉選手。2024年のパリ五輪やその先のロサンゼルス五輪も狙える逸材だ。撮影:吉田佳央
地元大田区を代表する若手として成長著しい池田大暉選手。2024年のパリ五輪やその先のロサンゼルス五輪も狙える逸材だ。撮影:吉田佳央

ーそうですね。実際に冨田さんのお店でサポートしている選手には、パリ五輪を狙える中学生の逸材もいらっしゃいますし、見方を変えれば若者の純粋なやりたい! という気持ちを削いでしまった出来事のようにも見えます。

 池田大暉や渡辺星那といったここをホームに活動している選手たちは、中学生ながらすでに世界の場を経験していて、本気でパリ五輪を狙える逸材ですし、他にも先日の東京五輪で強化指定選手に選ばれていた山下京之助といった選手も私のお店に所属してくれています。ここができることによって、車を使わなくてもそのような若者達が自らの足で気軽に練習しにくることができるので、今までは移動に使っていた時間も練習に費やせるようになります。

今年のオリンピックでは四十住さくら選手が金メダルを獲得しましたが、その背景には車で毎日往復3時間もかけて、県外までわざわざ練習しに行っていた彼女をみた地元企業が、それならばと地元に練習場を造ってくれたことで、より練習に打ち込むことができ、メダル獲得に繋がったという事例があるんです。だからこそ選手たちの中には未だに練習したがって、パークを見にくる人もいます。その時の「やりたいよ……」という声を聞くと、私は早くやらせてあげたいですし、練習させてあげて、パリオリンピックで金メダルが取れるようにサポートしてあげたいんです。

ーそういったところまで鑑みて捉えると、現代の日本社会が抱える根深い問題の一部だといえる部分があるようにも思います。それに冨田さんも地域への配慮や気配りはおこなっていたと伺っていますが!?

 はい。私はスケートボードで地域の街おこしに役立ちたい! と思い、一部をアクリル壁にして自由に見学できるようにしました。

というのも、今までのスケートパークは運河を渡った僻地だったり、倉庫地帯の壁に囲まれたところにしかなく、一般の方々は見ることのない立地ばかりでした。「スケートボード、実際見たことないんです」という人や「オリンピックで初めて見ました」という人の方が圧倒的に多いんです。だからより多くの人が触れあえる場所があったら良いなとずっと思っていました。

そんな折に今回の高架下の計画が立って、駅のすぐ近くにスケートパークの建設が決まりました。そこで現地を調べたら、すぐそこに小学校があって通学路にもなっていたので、それだったら選手たちが頑張ってる姿や格好良い姿を見てもらえるようにするのが良いだろうと考えたのです。

正直予算だけの話をすれば一面を壁にした方が安いです。でもそのお金以上に色々な方に見て、知ってもらうことの方が大切だと思ったのでアクリルにしました。それとこのパークにはもうひとつ構造で大切なところがあって、一方はパークの外壁から道路まで人が歩けるくらいの余裕を作って、もう一方はフェンスで囲った中にスペースを作らせていただきました。これらはパーク内では観覧できないので、親御さんのためにあえて開けた部分で、小さなお子さんがいるところは飛び出ないようにフェンスの内側で、大人だけならみんな道路に面してるところで見られるように考慮した結果なのです。

これらは全て市民権を得て、地域との共存のために設けたチャレンジだったのですが、そういった機会すら与えられずに閉鎖になってしまったことは、私としてやはり残念でなりません。

どんな人も見学できるように設けられた道路との間のスペースとアクリル壁。撮影:吉田佳央
どんな人も見学できるように設けられた道路との間のスペースとアクリル壁。撮影:吉田佳央

浮き彫りになった”騒音以外”の問題点

苦情は真摯に受け止めつつも、お互いが歩み寄って共存していくことを願うと切実な気持ちを語ってくれた冨田さん。撮影:吉田佳央
苦情は真摯に受け止めつつも、お互いが歩み寄って共存していくことを願うと切実な気持ちを語ってくれた冨田さん。撮影:吉田佳央

ーここまでのお話だけを聞くと、原因は騒音に対する苦情だけのようにも聞こえますが、ここのところマスメディアは一部スケートボーダーの繁華街での迷惑滑走等のネガティブなニュースも盛んに報道しています。それらによる風評被害等は感じますか?

 そうですね。自分の元に届いた声の中には見た目だけで「ガラが悪そう」といったものや、「今まで街にいなかったような人がいる」といったものもあります。そこで目障りだとは言わないですが、真意はそこにあるのではないかというものも中にはありますし、そこにはおっしゃっていた一部のスケーターの迷惑行為等からくる、一般の方々が抱える先入観等もあると思います。スケートボーダーも実際は触れ合うと大半が良い人等ばかりなのですが、そういった凝り固まったイメージはなかなか拭えないですね。

ただ騒音の問題に関していえば当初の規定値は超えてしまったので、そこが足止めになっているのは事実です。ですのでそこに対して反対の声が上がるのも、もちろん理解していますし、一概に自分の正当性だけを主張したいわけではありません。

それでもこれまでいろいろな人と話をする中で、音の制限は人によって捉え方が全然違うことも感じています。「バイクや電車が通った時も規定値を超えてるんでしょ!? それだったら響く音が一瞬だけのスケボーも同じでしょ」という人もいれば、「スケボーは絶えず音が出る!!」という人もいる。それに「やっぱりあくまで超えてるものに対してはうちらが悪いんだから、止める必要があるでしょ」という判断をする人もいれば、「スケートパークはアスファルトやタイルといった路面とは違ってスムースなコンクリートでガタガタする音ではないから、そんなに意識しなくてもいいよ」という人もいます。

このように様々な声があるので、現状の一概にダメだ。閉鎖! ではなく、お互いが歩み寄って双方が納得する道を模索していくことが大切なのではないかと思っています。私は一般の人に歯向かうつもりもなければ対抗するつもりもありません。ただ共存して調和できるような理解は求めたいと思っています。

同時に一部のマナーのない人のイメージで、業界全体が常識外れだと判断されているように感じるところがあるのが、歯痒くもあります。

ーではそれらの事情を踏まえると、今後も空港の近くや工場街など、俗にいう僻地のような場所にしかスケートパークは造れないのでしょうか?

 そうですね。私はそれでは本当の意味で社会との共存にはならないので、この糀谷のスケートパーク事業を進めてきたのですが、やはりなかなか壁が越えられないですね。でも「今までないものだからダメだ」ではないと思うんです。

私たちも防音壁にしたりなど、何も対策をしてないわけではなくて、対策をしたうえであれば可能なのではないでしょうか!? という想いのもとで、事前に地域の17町会に説明会もしています。ただそこまでしていても、得体の知れないものは実際に見ないとわからないのでしょう。これはオリンピック前の話なのでなおさらではないかと思います。

結局説明会の時には反対意見は出なかったのですが、実際に造ってみたらどんどん出てきてしまい、中には夜間は一切滑っていないにもかかわらず「夜も眠れない」と言ってくる方までいらっしゃいました。自分たちのような長年の愛好家からしたら、夜間の走行が苦情の原因になることも当然理解していますし、そのようなところへの配慮もしていたのですが、どんな苦情の声が届くのかはわからないものですね。

世間が抱くスケートボードのイメージ

繁華街で見かける一部のマナーのないスケートボーダーの印象が、業界全体のイメージ悪化につながっている点は、残念ながら否定できない。撮影:吉田佳央
繁華街で見かける一部のマナーのないスケートボーダーの印象が、業界全体のイメージ悪化につながっている点は、残念ながら否定できない。撮影:吉田佳央

ーその辺りの認識がスケートボードに対して世間が抱くアレルギーといいますか、偏見なのでしょうか。

 そういったところもあるのではないかと思います。というのも、今はスケートボードがブームになっているというポジティブな報道がある一方で、先ほどおっしゃっていたように一部のマナーのないスケーターに対して、迷惑行為だ! という報道も目立つようになりました。しかもそれらの報道に対しての声の大半が、「オリンピックを目指すようなアスリートはごく一部で、大半はこういった一般常識とはかけ離れた人達ばかり」というものが多いのです。実際は真逆なのですが、もともと大半のスケートパークは一般の方々の目にも触れないような場所にあるので一般の方の目に触れることはなかなかありません。目にするのは、あえて多くの人が行き交う繁華街や目立つ場所でやろうとする一部のスケーターばかりになっているという実情があるのです。そういったところが、偏見につながる社会的な目を構築してしまっている要因ではないかと思います。

「こんな場所にスケートボードのパークがあるなんて書いてない」といったものや「あるべきじゃないって書いてあったのに何であるの?」といった形で、身をもって体感していないにもかかわらず、今までの風潮のようなものから苦情を出す方がいらっしゃるのが、残念ながら今のスケートボードを取り巻く現状であると感じています。

ーそういったイメージや固定概念は、オリンピックでスケートボードがあれだけ盛り上がっても全く変わっていないのでしょうか?

 そういうことですね。ただ「オリンピックは本当に感動しました」といったものや「早く使用できるようになったらいいですね」という近所の方々は増えましたね。中には「いつもいつ開くのかって思ってたけど、もう我慢の限界よ。何で開いてないのか教えてちょうだい。早くやってよ」と言ってくれた方もいました。もちろんそれだから開けよう! ということにはならないのですが、私は良い傾向であると思っています。

駅前という好立地にあるfiftyfifty Skateboard Shop。訪れるお客さんの声も徐々に暖かいものになってきているとのこと。撮影:吉田佳央
駅前という好立地にあるfiftyfifty Skateboard Shop。訪れるお客さんの声も徐々に暖かいものになってきているとのこと。撮影:吉田佳央

社会との共存へ向けた草の根活動

個人レッスンを行っている、柵に囲まれたパーク前の敷地内のフラットなアスファルト。ここで騒音に気をつけながら個人レッスンを開催している。撮影:吉田佳央
個人レッスンを行っている、柵に囲まれたパーク前の敷地内のフラットなアスファルト。ここで騒音に気をつけながら個人レッスンを開催している。撮影:吉田佳央

ーただそれでも現状は厳しいといわざるを得ないと思います。一体どうやったらそのような反対層の方々の理解を得ることができるのでしょうか?

 地道にコツコツと活動する以外にないと思います。私は個人レッスンもよくやらせていただいているのですが、実は生徒さんの中には特殊学校の子もいて、人と接することができないような人もいるんです。それに加えてスポーツの多くはチームで行うものや、対戦相手を必要とするものが多いのも事実です。

そんな子なんだけど身体を動かしてほしい、スケートボードには興味があるからやらせたい。 ということで、今はすごく楽しそうに頑張ってくれています。

それに初心者であれば、オーリーというボードと一緒にジャンプするトリックはしないので、静音の柔らかいウィール(車でいうタイヤに当たるパーツ)でも問題ありません。そうして苦情の原因となった騒音が出ない範囲で、閉鎖されたパーク横の更衣室前にあるフラットなアスファルトでやらせていただいています。そこは敷地内なので、もちろん公道ではありません。

これはあくまで一例ではあるのですが、そうやってスケートボードって本当にいろんな子が一生懸命やって楽しんでるんだな、頑張ってるんだなというのを知ってもらう活動も1年以上継続してやり続けているんです。実際に通りがかりの方も「頑張ってね」と声をかけてくれますし、そこで苦情の声も出ていません。そういった共存できるところを模索しながら実働を見せることで、少しずつでも理解は深まっていくのではないかと考えています。

時間はかかるかもしれないですし、実際にかかっていますけど、これらの活動を見て応援してくれるようになったご近所の方もいらっしゃいますし、私も変化は肌で感じているので、このまま頑張れば道は開けていくのではないかと信じています。

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撮影:吉田佳央
撮影:吉田佳央

冨田誠(とみた・まこと)

まだ中学生だった1980年代にスケートボードに出会い、ひたすら滑り続ける学生時代を経たのち、2000年よりスケートシューズブランドのGLOBEの日本支社で働く。その後に長年の夢であったの自らのショップ、fiftyfifty Skateboard Shopを2003年地元大森にオープン。現在も切り盛りする傍ら、日本スケートボード協会やアジア大会の競技委員を務め、毎月第三日曜日は城南島海浜公園にてスクールも開講し、長年シーンの発展に尽力し続けている。

※こちらは「文春オンライン」にて制作した記事を、新たにインタビュー形式にした上で、加筆修正した記事となります。