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栗林良吏vs佐藤輝明だけじゃない!! セ・リーグの熾烈な新人王争いは23年前にも

横尾弘一野球ジャーナリスト
東京五輪の金メダリスト・栗林良吏(広島)をはじめセ・リーグの新人王争いは熾烈だ。(写真:ロイター/アフロ)

 プロ野球セ・リーグのペナントレースは阪神、巨人、東京ヤクルトが熾烈な首位争いを繰り広げている。そのペナントの行方とともに見逃せないのが、野球人生で一度しかチャンスのない新人王レースだろう。開幕直後は豪快なアーチを放つ佐藤輝明(阪神)と、ストッパーに抜擢された栗林良吏(広島)の一騎打ちになるかと思われたが、阪神では先発ローテーションを守っている伊藤将司、俊足を武器に頭角を現した中野拓夢も目立つ数字を残している。さらに、8月25日の阪神戦で、新人では初となるサイクル安打をマークした牧 秀悟(横浜DeNA)の活躍も顕著だ。9月7日の時点で5人の成績は以下だが、誰が栄誉を手にするかは予想がつかない。

栗林良吏 39試合38.2回0勝1敗23セーブ61奪三振/防御率0.47

伊藤将司 15試合94.2回7勝6敗0セーブ58奪三振/防御率2.85

佐藤輝明 104試合372打数95安打23本塁打60打点5盗塁/打率.255

中野拓夢 97試合322打数88安打1本塁打27打点22盗塁/打率.273

牧 秀悟 100試合350打数98安打16本塁打51打点1盗塁/打率.280

 そして、この5人を見ていて思い出すのが、1998年のセ・リーグで展開された新人王レースだ。逆指名のドラフト1位だった中日の川上憲伸、巨人の高橋由伸が本命と目される中、社会人を経験した阪神の坪井智哉(現・横浜DeNAコーチ)と広島の小林幹英(現・広島コーチ)がレースに参戦。この“球史に残るデッドヒート”を、坪井の視点で振り返ってみたい。

実質同着と評された3人の『新人選手特別賞』

 実父の新三郎さんもプロ経験者の坪井は、新人王を手にすることをプロ生活の第1ハードルに設定した。それは、同期入団で一番になりたいというプライドではなく、一年でも長くプロの世界で生きていくために築いておきたい礎だったからだ。

 春季キャンプからオープン戦は順調で、イチローばりの振り子打法でも注目されたが、4月3日の開幕戦でスターティング・ラインアップに名を連ねることはできず、代打での初打席はセンターライナー。高橋は初安打を放ち、二番手で登板した小林は逆転勝利で勝ち星を手にする。9日には、ナゴヤドームで初先発した川上の投球をベンチから眺める。

 ようやく、11日の広島戦で初安打となる二塁打をマークし、15日のヤクルト戦では初スタメン。そうして、坪井は4月を終えた時点で40打数11安打の打率.275と、まずまずの数字を残していたが、高橋は定位置を確保し、川上は2勝。小林に至っては、4勝1セーブで月間MVPに輝いていた。それでも、6月3日に初めて3安打を連ねると、坪井の打率は3割に乗る。そして、チームが低迷する中でスタメンの機会も増えていく。

「監督が誰で、チームの成績がどうでも、3割を打っている選手は外されないと思いますから」

1998年に新人王を手にした川上憲伸は、2008年に北京五輪を経験したあとメジャー・リーグに挑戦した。
1998年に新人王を手にした川上憲伸は、2008年に北京五輪を経験したあとメジャー・リーグに挑戦した。写真:アフロスポーツ

 そんな強い決意で日々上下する打率との格闘を始めた坪井の頭からは、いつしか新人王に対するこだわりも消えていた。巡り合わせとは不思議なもので、新人王を意識しなくなった坪井はスタメンに定着して安打を量産。首位打者レースに顔を出すと、メディアも新人王レースのダークホースと見るようになる。

 ただ、広島の前田智徳や横浜の鈴木尚典ら、雲の上にいた存在と同じ土俵で勝負してみると、「毎日の結果で一喜一憂している暇はない。タイトルなんて考えられない」という心境になる。果たして、タイトルには届かなかったものの.327という2リーグ分立後の新人最高打率を叩き出す。だが、そうした数字よりも、命も縮むような日々を経験したことで、プロとしての自信とまだ足りないものを発見することができた。坪井にとっては、それが最も大切なことだった。球史に残るデッドヒートを繰り広げた4人の成績は以下だ。

川上憲伸 26試合161.1回14勝6敗0セーブ124奪三振/防御率2.57

小林幹英 54試合81.2回9勝6敗18セーブ105奪三振/防御率2.87

高橋由伸 126試合466打数140安打19本塁打75打点3盗塁/打率.300

坪井智哉 123試合413打数135安打2本塁打21打点7盗塁/打率.327

 記者投票で新人王に選出されたのは川上だったが、他の3人はセ・リーグから「実質的には新人王に該当する成績」と評価され、新人選手特別賞を授与される。これはあとでわかったことだが、坪井以外の3人も新人王への特別なこだわりは持っていなかった。小林も坪井と同様に1年目から結果を残すことだけを考えて開幕から飛ばした。川上と高橋は、大学出の選手がひ弱になったという声に反発心を抱き、シーズン通して働くことを最大のテーマに据えていた。そんなメンタリティの選手が揃ったからこそ、ファンやメディアが熱狂した新人王レースも、当事者間では展開されていなかったのだ。

 今季の新人王レースも、当事者である選手たちは23年前と同じような気持ちなのか、それとも……。いずれにしても、どんな結果になるのか目が離せない。

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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