Yahoo!ニュース

【落合博満の視点vol.39】ここ一番の勝負を制する術とは――バッテリーは避けられるリスクを負うな

横尾弘一野球ジャーナリスト
日米で23年にわたって活躍した斎藤 隆も痛い目に遭った“冒険心“とは。(写真:ロイター/アフロ)

 プロ野球のペナントレースは残り40試合前後となり、1試合、ワンプレー、1球がより大きな意味を持つようになる。そうした“ここ一番の勝負”を選手、監督として数多く経験してきた落合博満は、「勝負事に100%勝てる方法はない」としながらも、勝つ確率を高めるノウハウを示す。

「野球は1試合ごとに勝敗が決する。さらに細かく考えれば、投手と打者との対戦にも勝敗はある。しかし、プロの場合は最終的な目標がリーグ優勝だから、そこへ辿り着くためには、1試合、あるいはひとりの投手、打者との勝負にこだわり過ぎてはいけないという側面もある」

 投手なら、すべての打者との勝負に勝ちたいと考える。だが、試合に勝つという目的を優先させれば、してはいけない勝負もある。本塁打を量産している打者には、たとえ自分が得意とするボールでも投げてはいけない場面があるし、あえて四球で歩かせなければいけない局面もある。そうした“本当の勝負どころ”をいち早く嗅ぎ取り、より確実な投球をしていくのがクレバーな投手と言っていい。それでも、なぜか冒険心や目先の欲に負けて、理解しているはずの“してはいけない勝負”をしてしまうことがあるのだ。

 現役を退き、独自の評論で耳目を集めていた落合は、中日で監督になる前の2001年にも、以下のような指摘をしている。

 4月13日に行なわれた巨人対横浜(現・横浜DeNA)は、巨人が先発・上原浩治の好投、横浜は5投手の小刻みな継投で、巨人が1対0の最少リードで9回表の横浜の攻撃を迎える。ここで、横浜は中根 仁のソロ本塁打と鈴木尚典のタイムリーで一気に逆転。その裏は、森 祇晶監督が守護神に抜擢した斎藤 隆が登板する。

 落合は、この日の斎藤のストレートは走っていないと見ていた。それでも、新人だった阿部慎之助と代打の元木大介を内野ゴロに討ち取り、あとワンアウトまで漕ぎ着ける。打席には、一番の仁志敏久だ。小柄ながら長打力も備えた仁志に対して、斎藤と谷繁元信のバッテリーは、慎重に外角を攻める。もちろん、本塁打にされる確率が低いからだ。その勝負の最中、落合は「スライダーだけは絶対にやめろよ」と呟いたが、勝負球にはスライダーを選ぶ。

 すると、このスライダーが高目に浮き、仁志に同点ソロ本塁打を浴びてしまう。果たして、試合は延長10回裏に巨人がサヨナラ勝ちを決めた。

「なぜ、スライダーではいけなかったんですか?」

 そう問いかけてきた記者に向かって、落合はこういった。

「20年間の現役生活で積み重ねてきた、経験による“勝負に勝つための選択”かな」

討ち取ったという経験が「今回も……」という冒険心を生む

「普段ほど球速が出ていないストレートと、投げ損なえば絶好のホームランボールになってしまうスライダー。どちらで勝負するかと問われれば、私なら間違いなく前者を選ぶ。やはり、スピードボールのほうが討ち取れる確率が高いからだ」

 周知の通り、斎藤と谷繁は1998年のリーグ優勝に貢献するなど、プロの第一線で経験と実績を積んできた選手だ。当時は30代前半で、最も脂の乗った時期。勝負球にスライダーを選択したのは、何となくといった感覚ではなく、しっかりした根拠があるはずだ。落合も「仁志を討ち取るために、最も効果的なボールだと考えたのはわかる」と認めたものの、「ただ、“勝負を急いではいけないという鉄則”を忘れてしまったんだろう」と指摘した。

「この場面では、ホームランだけは絶対に打たれてはならない。ならば、上手く打たれてもヒットにしかならないボールで攻め続け、結果的にヒットを打たれても次の打者と勝負することを考えるべき。実際、次の打順には後藤孝志が入っていた。斎藤が討ち取れる確率は、レギュラーで、この試合でも2安打していた仁志よりも、後藤のほうが高いと考えられる」

 つまり、仁志に対しては安打や四球ならOKという姿勢で、外角のストレートを中心にじっくりと攻めるのが安全策ということ。スライダーを絶妙なコースに投げ込めば、好調の仁志ですら打ち損じて試合終了になるかもしれない。だが、もし甘いコースに入ってしまったら……。このリスクは勝負する前に考えられることであり、落合は「斎藤と谷繁は『討ち取れるかもしれない』という冒険心に負けて、不必要なリスクを背負ってしまった」と説く。

「これは想像だが、斎藤と谷繁は、それ以前にも同様のリスクを背負いながら、打者を討ち取るという経験をしているのだろう。だからこそ、『勝負をしてはいけない』とわかっている場面でも、『今回も上手く乗り切れるかもしれない』という冒険心に負けて勝負を急ぐんだ」

 そんな斎藤と谷繁が、やはり一流だと示したのは、この2日後、4月15日の巨人戦だった。横浜の1点リードで9回裏を迎え、斎藤がリリーフのマウンドに立つ。先頭打者は仁志である。斎藤は外角のストレートを主体にした投球でセンターフライに討ち取り、後続も断ってチームを勝利に導いている。

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

横尾弘一の最近の記事