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「52%の先生が副業・兼業」はどうやって実現? 子どもたちが受ける影響は?

やつづかえりフリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)
画像提供:新渡戸文化学園

東京の新渡戸文化学園では、運営する小学校、中学校、高校、アフタースクールの先生のうち52%もの人が副業・兼業しています。それが、先生自身はもちろん、児童・生徒の幸福度の上昇にも寄与しているとか。

世間では教員の過重労働が問題視され、「副業する時間もエネルギーも残っていない」という先生も多い中、なぜ過半数の先生が副業・兼業できるのでしょうか。理事長の平岩 国泰さんにお話を伺いました。

子ども園では残業時間が10分の1に

「第8回 GOOD ACTIONアワード」授賞式での平岩理事長。先生の副業・兼業を推進しダイバーシティを高める取り組みが表彰された。 写真提供:リクナビNEXT
「第8回 GOOD ACTIONアワード」授賞式での平岩理事長。先生の副業・兼業を推進しダイバーシティを高める取り組みが表彰された。 写真提供:リクナビNEXT

ーー 新渡戸文化学園は、子ども園(幼稚園と保育所の機能を併せ持つ施設)、小学校、中学校、高校、短期大学、そしてアフタースクール(学童保育)も運営されています。その全ての先生方に、副業・兼業を可としているのでしょうか?

そうです。以前から申請すれば可能ではありましたが、僕が理事長になった2019年の6月から、積極的に推進するようになりました。

ーー 時間の余裕がなければ副業・兼業は難しいと思います。先生方の労働時間はどのような状況ですか?

「残業時間ゼロ」と言いたいところですが、まだまだです。経営上の課題として削減に取り組んでおり、今は小中高の先生で月の平均残業時間が20〜30時間くらいですね。

子ども園も去年までは同じくらいでしたが、今年度はかなり改善され、月2時間以内に収まっています。

ーー いきなり10分の1に!? どうやって残業時間を減らしたのでしょうか。

「この業務はいらないんじゃないか」とか、「これは手書きの必要はないんじゃないか」とか、管理職から現場の先生までを含む全員が、業務の見直しをし、実行した結果です。

お互いの勤務時間を意識するようになったことも大きいです。私たちの子ども園は朝7時30分から夜7時までやっているので、早番や遅番など人によって勤務時間が違うんです。ややもすると、誰が何時までか分からなくなってしまうのですが、主に管理職の先生が「早番の人、帰る時間ですよ」とベルを鳴らしたり音楽を鳴らしたりして、時間どおりに終えられる工夫をしています。

そういう意味では、これまでの管理がやや甘かったということなのかもしれません。改善の結果、先生たちからは幸せ度が上がったという声がたくさん聞かれるようになりました。

ーー プライベートの時間が増えて充実しているんですね。

子どもたちの前に出る人には、心も体も充実した状態であってほしいです。小中高の先生にも、「仕事が終わったら映画でも観て帰ってください。その方が、明日いい授業ができるでしょう」と言うのですが、なかなか難しいです。とはいえ、日本の先生方の平均よりは労働時間が短い方です(※)。

※名古屋大大学院の内田良教授ら2021年11月に行った「学校の業務に関する調査」によれば、持ち帰り仕事も含めた「総時間外業務」の平均は、小学校教員で週24.5時間(1カ月あたり98時間)、中学校教員は週28.5時間(1カ月あたり114時間)だった。 (参考:休憩0分で働き続ける「教師の働き方」が明らかに。なり手を増やすのに必要なことは

ーー 特に中高の先生は、部活の顧問としての負担が大きいと聞きます。

私たちは、部活は外部の「部活動指導員」の方にお願いしています。一部、「どうしても自分がやりたい」と顧問をしている先生もいるのですが、基本的には先生の負担はないようにしています。

ーー 外部の方に有償で部活の指導をお願いしているわけですね。

はい。私立だからできるという面もあるかもしれません。でも、土曜日は練習、日曜日は試合で年間で3日くらいしか休めないとか、朝練から行かなければいけないとか、公立の先生方が苦労している話をよく聞きます。これは、変えていかなければいけない文化の一つだと思いますね。

「副業可」を魅力に感じて教員になる人も

画像提供:新渡戸文化学園
画像提供:新渡戸文化学園

ーー 他の学校と比べて労働時間が比較的短いとしても、過半数の先生が副業・兼業しているというのはすごいですね。

副業・兼業をしているのはここ数年で入った方が多いのです。というのも、僕が理事長になってから教員数を増やしまして、そのときに「副業できる」ということを魅力に感じて入ってくれる人が多かったんですよね。

ーー そういう方々は、先生以外のキャリアがあるケースが多いのでしょうか?

そうです。小中高、アフタースクールの職員の5割弱が、一般の企業を経験してきた方です。公立の学校だと企業を経験した先生は3~6%くらいですから、かなり多様性があります。

画像提供:新渡戸文化学園
画像提供:新渡戸文化学園

ーー 今、先生のなり手の不足が問題になっていますが、民間企業の中に先生になりたい方がそれなりにいるということですよね。他の学校では、そういう方々を採用していないのでしょうか?

外の世界から人が入ってくるのを歓迎しない雰囲気のある学校は多いです。でも、今のような変化する社会や世界のことは教科書だけでは学べません。それをずっと学校の中にいる先生が教えるというのはなかなか難しいでしょう。外の世界を知っている多様な大人を受け入れないのは、もったいないことだと思います。

ーー 教員数を増やしたのは、先生の多様性を高めるためですか?

一番の目的は教育力を高めることです。そして「チーム担任制」を実現しました。例えば小学校では、1学年2クラスを3人で担当しています。そうすることで、子どもたちを手厚く見ることと、担任という仕事の負担を軽減することができています。

ーー 担任の先生がひとりでクラスの何もかもを背負い込むのは大変ですよね。

ひとりだと子どもと相性が合わないときにどうするかという問題もありますし、代わりがいないというプレッシャーの中で働き続けるのは大変です。

以前、「先生としてたくさん授業参観をやってきたけれど、自分の子どもの参観日には一度も行ったことない」と泣いている先生がいて、それがすごく胸に突き刺さったんですよね。

制度上は担任の先生だって休みを取ることができるのですが、それがなかなか許されない雰囲気があるのが日本の教育現場なんです。

ーー チーム担任制なら毎日ずっと学校にいなくてもよくなり、副業・兼業もしやすいわけですね。以前からいた先生の中でも「副業・兼業してみたい」という人は出てきましたか?

はい。「僕もこういうことやってみたい」と申請があったり、面談で相談してくれる人もいましたね。小学校の先生で、今の仕事も続けたいけれど大学で教えるというもう一つの夢もあると話してくれた方には、「週1日大学で教えて、残りの4日をうちでやればいいんじゃないですか」と話しました。

ーー これまでよりも勤務時間を減らすという選択がアリなんですね。これは一般企業でも珍しいことだと思います。「副業してもいいけど、本業に影響のない範囲でね」という考え方の会社が多いです。

もちろん、全部が希望通りになるというわけではありません。でも、「フルタイム or ゼロ」ではなく、「じゃあ、何曜日はどうするか」「こういうケースではどうするか」という細かい相談や調整をしながら、やりたいことを両立できる方法を見つけていければ良いと思うんです。

それと、副業・兼業している人だけが偉いというわけではなく、先生というひとつの職業で頑張っている人も同じく素晴らしいです。そういう意味では、任された仕事で高いパフォーマンスを発揮することが、副業・兼業をする前提になります。副業をしていれば、「あの先生、今日はいないんだ」と思われることもありますから、そのときに納得感を持って受け止めてもらうには、高いパフォーマンスを維持する必要があります。「両方で成果をあげることを肝に銘じてスタートしましょう」と話しています。

先生の副業が子どもたちにも好影響

ーー 先生方の副業は、どのような内容ですか?

教員としての経験を生かして大学で教えたり、企業と契約してアドバイザー的な役割をしたり、本の執筆をしている人もいます。逆に教員の仕事とは関係のないところでYouTuberや舞台俳優をしているような人もいますね。

ーー 副業している先生は、そのことを児童・生徒に伝えているのですか?

特に決めてはいないですが、他で得た知見を生徒たちにも還元してほしいという考えで副業・兼業を推奨しています。どんどん言ってほしいですね。

ーー 子どもたちも、身近な先生の姿から「色々な生き方があるんだ」と感じ取れるのは良いことですね。

はい。小さい頃から色々な価値観に触れたり、世の中で起きている様々なことを知ることが大切です。小中高校の間に良い意味で価値観を揺さぶられる経験をして、18歳以降に進む方向を自分で意思決定できるような人になってくれれば、と思うんです。

今の日本の教育はその逆で、受験をクリアするという目標が強く、外の世界に触れることが少ないです。大学進学は大切ですが、そこに自分の学びたい意志がどれだけ入っているかが重要ではないでしょうか。

ーー 先生の副業が、子どもたちの学びに生かされることもあるのでしょうか?

例えば、子どもたちが先生の所属している環境系の団体のイベントに参加して、そこで他校の子と出会って協働が始まったり……といった動きはありますね。

ーー 先生が学校外でのネットワークを広げることで、子どもたちが学ぶ世界も広がっているんですね。

「幸福度」を学校経営のKPIに

ーー 新渡戸文化学園では、児童・生徒の幸福度調査をしているそうですね。いつ始めたんですか?

僕が理事長になった2019年から、経営のKPIに生徒の幸福度と先生の幸福度を入れています。

ーー 教育の理念に「Happiness Creator」を掲げるなど、”幸福”は重要なキーワードなんですね。

「Happiness Creator」は学園全体の教育のシンボルで、子ども園から短大までみんなで合意した目標です。「世の中の幸せを創り出す人たちを育てたい」という思いをもって教育活動をしています。

新渡戸文化学園の教育のシンボル 画像提供:新渡戸文化学園
新渡戸文化学園の教育のシンボル 画像提供:新渡戸文化学園

ーー 競争に勝ち抜いていくことよりも、みんなで幸せになっていくために必要なことを教えようという姿勢に共感します。そういう考え方がベースにあっての幸福度調査なんですね。どのような方法で調査をしているのでしょうか。

1年に1度、無記名のアンケートでひとつの質問をするというシンプルなものです。子どもたちの年齢によって多少言葉は変わりますが、「学校で、幸せや楽しさを感じる日が多いですか」というような質問で、5段階中5と4を選択した場合に「幸福度が高い」と判断しています。

ーー 幸福度が高い生徒は2019年は70%、2020年は74%だったそうですが、先生方の副業・兼業が始まったことが子どもたちの幸福度にも良い影響を与えたと感じていますか?

はい。先生方は学校以外の居場所を見つけることで、普段の授業や行事の中でも個性を発揮して伸びやかに働けるようになっていると感じます。その結果、これまで以上に生徒たちの自己決定や自分らしさを大切にする雰囲気が生まれています。それが幸福度の向上に影響していると思います。

ただ、一貫して右肩上がりかというとそう単純なものでもありません。小学校は割と順調に上がってきていますが、中学・高校は踊り場に差し掛かっている感があります。というのも、学校では他にも新しいチャレンジを始めていて、それが先生方の忙しさにつながっていたりするんですね。ここを乗り越えるともう一段幸福度が上がるのではないかと期待し、取り組んでいます。

先生の働き方も子どもの学び方も、一人ひとりに寄り添う時代に

画像提供:新渡戸文化学園
画像提供:新渡戸文化学園

ーー 近年、「子どもの個性を大事に」という言葉はよく聞かれますが、「先生にも個性がある。それを大事にしよう」という話はあまり聞いたことがありません。

学校に限らず、日本では職業やポジションに人が合わせる、という考え方が強いですよね。僕は逆だと思っていて、本来は仕事の方が人の都合に合わせるべきだと思うんです。僕らが働くのは幸せになるためなのだから、仕事というシステムに振り回されて不幸になるのは本末転倒です。

そういう考えのもと、子育て中の人のための時短勤務などの制度も充実させてきました。子育てというのはずっと続くわけではありません。その期間が終わったら、今度は子育てする人のサポートに回ってくれればいい。そうやって、個々人の様々な事情に寄り添える組織でありたいと思います。

ーー 大人は誰もが学校に通った経験がありますから、「先生の働き方ってこういうものだ」という固定観念があります。でも、複数担任制のような工夫で変えていけるということですよね。

変えられますし、変えていくべきだと思います。それは子どもの学び方も同じで、これまでの学校は、同じ時間に同じことをみんなで一緒にやるという昭和のテレビのようなやり方でした。でも本来は、一人ひとり、学習の進度も適した学び方も違うものです。

学校にタブレットが入ってきたことの大きな意味は、ここにあります。好きな時間に好きな情報を取り出せるし、繰り返し観ることも倍速で観ることもできるわけですから、同じ時間に別の科目を学んでいる子がいるようなクラスのあり方が見えてきます。そうなると、先生たちの教え方のスタイルも変わってきますよね。

もちろん、一足飛びにそこへはいけませんが、徐々にその方向に向かっていくべきでしょう。新渡戸文化学園は「自律型学習者」を育成することが学校の役割だと考えていて、そのためには、「指導」ではなく「伴走」が先生の主な役割だと考えています。

ーー 子どもたちに「自律しなさい」と言うなら、先生の仕事の仕方や生き方も自律的であってほしいですよね。

そうですね。そういう意味では、先生も子どもも強制されて何かをやるのではなく、自律的であるべきで、両者共に学び続ける存在なんですよね。

ーー 貴重なお話をありがとうございました。ここからどんな子どもたちが巣立っていくのか、とても楽しみです。

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フリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)

コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立(屋号:みらいfactory)。2013年より、組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』(http://mydeskteam.com/ )を運営中。女性の働き方提案メディア『くらしと仕事』(http://kurashigoto.me/ )初代編集長(〜2018年3月)。『平成27年版情報通信白書』や各種Webメディアにて「これからの働き方」、組織、経営などをテーマとした記事を執筆中。著書『本気で社員を幸せにする会社 「あたらしい働き方」12のお手本』(日本実業出版社)

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