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威厳のない副署長を目指し、ダジャレで訴えた警察署の働き方改革

やつづかえりフリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)
前・小松島警察署 副署長の川原 卓也さん 写真提供:リクナビNEXT

・定時での帰宅や有給休暇の取得を見える化する「マイテージポイント」

・組織のナンバー2である“副署長”がユーモアを交えて記事を書く『週刊副署長』

ーーこれらが、とある警察署内での取り組みだと聞いて、意外に思う方も多いのではないでしょうか。

日本には身の回りに多くの交番や駐在所があり、警察官が登場するドラマやアニメも豊富です。それでも、警察官がどんな働き方をしているのかはあまり知られていません。人々の生活を守るという重責を負うことから「プライベートより仕事優先」、「上下関係が厳しい」といったイメージを持つ方も多いでしょう。

そんな先入観を覆すようなユニークな取り組みが、徳島県の小松島警察署で行われました。

当時副署長だった川原卓也さん(現 徳島中央警察署 刑事官)が「署員の働き方を変えたい」、「職場内の関係性をフラットにしたい」と始めたもので、先日リクナビNEXTによる「第8回 GOOD ACTIONアワード」大賞を受賞しました。

お話を聞いてみると、警察署に限らず一般企業においても大いに参考にすべき点が見えてきました。

年末年始も欠かさず発行した『週刊副署長』

毎週欠かさず発行された『週刊副署長』 写真提供:川原さん
毎週欠かさず発行された『週刊副署長』 写真提供:川原さん

川原さんが2020年に始めた『週刊副署長』は、「小松島署員のための意識共有マガジン」と銘打ち、署内の働き方改革のこと、日々の仕事への向き合い方についてのコラム、署員一人ずつ紹介するコーナーなど、盛りだくさんの内容がA4一枚に詰め込まれています。

企画も執筆も編集もすべて川原さんの手によるもので、「最初は冗談のつもりで『週刊』と付けた」とのことですが、予想以上の反響を受けて本当に週刊化。毎週水曜日にイントラネットに掲載する形で、7月の第1号から翌年3月の36号まで年末年始も欠かさず発行されました。仕事の合間に少しずつ、制作時間を捻出したそうです。

「水曜日に出していたので、その夕方から金曜日の午前中くらいまでは心を休めていました(笑)。金曜日の夕方頃からそわそわしだして、そこからは作りかけの状態のものを常にPCの画面に置いておいて、合間合間に。合計すると1号作るのに2〜3時間ですかね。どうしてもネタがないときは写真を多めにしたりして……」

上下関係は必要なときだけ、普段はフラットに

過去に県警本部の採用担当として就職説明会のチラシなどを作っていたこともあり、広報物の作成には慣れていたという川原さん。紙面のレイアウトは本物の新聞のような雰囲気です。

一方、文章は学生時代に落研(落語研究会)所属だったという川原さんならではのユーモアがちりばめられています。読み手の興味を引き、伝わりやすいように、という意図のほか、職場の雰囲気をフラットにしたいという狙いがありました。

「私はダジャレや面白いことを考えるのが大好きですが、署員は私のそういう面をあまり知らなかったと思います。警察署の副署長という立場だと、なかなか話しかけづらいところもありますからね。

『週刊副署長』の最初の方では、自分の自己紹介的な内容を充実させました。まずは『なにこれ?』と興味をもってもらい、『こんな副署長なんだ』と知ってもらえればと思ったんです」

実際、『週刊副署長』を始めてからは署員とのコミュニケーションが増えたそうです。

「署員を紹介するコーナーがあったので、『僕にはこんな趣味があるんですよ』と教えてくれる人がいたり、A4一枚分の自己紹介の素材を送ってくれる人もいました」

警察組織には“縦の関係”を重んじる文化もありますが、川原さんはむしろ「威厳のない存在になりたかった」と語ります。

写真はイメージです
写真はイメージです写真:イメージマート

「上下関係をゼロにしてよいかというと、そういうわけではないんです。例えば災害の救助現場や事件捜査における“ガサ入れ”のような緊迫した場面では、上司が強い口調で指示し、統制を利かせる必要もあるでしょう。

でも、そういう状況でないときにも上下関係に厳しい人が多すぎるな、と感じていました。

上下関係だけで言うことを聞かせようとしたら、部下からは耳触りのいいことしか言ってこなくなり、必要な情報が入ってきません。ハラスメントの問題も起きやすくなります。

逆に、大事な場面では厳しいことを言っても普段はフラットにやり取りできる関係ができていれば、ストレートに意見を言ったり相談をしたりしてもらいやすいですよね。問題があっても早いうちに言ってくれれば対処のしようがありますから、フラット化というのはとても重要だと思います」

せめて週に1度、定時で帰ればポイントを付与

『週刊副署長』では月に1度、署内の各課の「マイテージポイント」を発表していました。

この「マイテージポイント」も、飛行機の「マイレージ」に引っかけて川原さんが発案したもので、各署員の以下の3つの行動に対してポイントを加算する仕組みになっています。

・週に1度以上の定時退庁

・当直明けは昼に退庁

・月に1度以上の有給休暇取得

これを月ごとに課別に集計して『週刊副署長』に掲載することで、署員の残業削減や有給取得への意識を高めることを狙ったのです。

計算に使われる3つの項目は、警察署の事情に即して考えられたものです。

「仕事が計画的に進めやすい課とそうでない課があるので、前者が一人勝ちにならないような計算になっています。例えば、定時退庁を毎日できる課もあれば週に1日でも難しいという課もあるんですよね。それでも、なんとか週に1日定時で帰れば同じポイントになるようにしています」

川原さんがこのような取り組みを始めた背景には、警察署員が長時間労働になりがちだという問題があります。

街角にある交番は、「“交”代で“番”にあたる」という名前の通り交代制で、通常は残業が発生しにくい勤務体系です。一方、刑事課や交通課などがある警察署は8時半から17時15分までが定時ですが、残業が発生しやすいと川原さん。その上6日に1度の当直勤務があることも、長時間労働の原因になるそうです。

写真はイメージです
写真はイメージです写真:イメージマート

「当直勤務になると、電話番や緊急で現場に行くこともあり、事故や事件が立て込むと結構忙しいんです。当直というのは規定では朝8時半に出勤し、翌日の夕方まで丸2日分の勤務時間になります。それではあまりにもつらいので、制度の運用上、2日目の昼には帰れることになっています。でも、通常勤務の署員が定時まで勤務しているなかでは帰りにくかったり、特に刑事課なんかだとチームで取り調べを分担していたりするので途中で抜けにくかったりして、結局長く働いてしまいがちなんです」

事件があれば夜や土日に呼び出されることもあり、長時間働くことに疑問を持たない風土ができている、そんな警察署の状況を変えたいという思いで作られたのが「マイテージポイント」なのです。

上司の指示ではなく自分の判断で早く帰れるようになってほしい

仕事の特性上、すべての課で同じように労働時間を減らすことは困難です。それでも「マイテージポイント」という指標ができたことで、忙しい課でも過去と比べて改善しているかどうかが目に見えるようになりました。各課の課長からは、指標があることで「週に1度は定時で帰ろう」といった具体的な呼びかけをしやすくなったと好評だったそうです。

「このご時世なので、課長は『働き方改革、しっかりやってよ』と言われるわけですよね。

でも、『休みをたくさん取らせて、仕事が進んでいないじゃないかと言われたらどうしよう』とか、『どこまでやっていいんだろう』という迷いがあるんです。

マイテージポイントという指標ができ、ポイントを増やしていこうと副署長からの発信があることで、課のマネジメントがやりやすくなったという声がありました」

上意下達の文化がある警察署では、課長から部下への呼びかけは一定の効果があります。しかし川原さんとしては、署員一人ひとりが自律的に、適切に休むことができるようになって欲しいという願いがあります。

「署内で帰りやすい雰囲気、有休を取りやすい雰囲気をつくることはもちろん大事ですが、『上の人が帰れと言うから仕方ない』という感じでは良くありません。そうではなく、自分自身で仕事の進捗を判断し、自分で考えて休んでほしい。それを、『週刊副署長』の紙面でも常々伝えてきました。長期的に言い続けないとなかなか伝わらないので、まだまだ課題のあるところだと思っています」

人数や時間と成果が比例しない仕事だから、割り切りが必要

川原さんによれば、以前から労働時間が長かった刑事課や生活安全課などのマイテージポイントはかなり向上したそうです。事件への対応や取り締まりなどで忙しそうな部署ですが、どこに労働時間削減の余地があったのでしょうか。

「警察の仕事って、何人で何時間かければ何個できる、というようなものではないので、不必要なレベルまで手間をかけがちなんです。何かあったときのために人数を多めに待機させておくとか、書類の不備を指摘されないように細かいところまで詰めておくとか、そういったことが習慣になっています。

司法手続き上『あと2時間で書類を作らなければいけない』というようなこともあって、そういうときは全員で対応する必要があります。でも、事件の捜査の裏付けみたいなものは2週間や3週間というスパンでの仕事になるので『今日はもう切り上げて明日やろう』という見切りも必要です。

そういうときに新しい事件が起きたりするとまた人手が必要になるわけですが、そこは課長やその上長が割り切るしかありません。『何かあったら呼び出すかもしれないけれど、今はゆっくり休んで』といった一言が言えるようになればいいのかな、と思うんです」

「早く帰っても仕事は回る」を経験から理解

「GOOD ACTION アワード」表彰式での川原さん 写真提供:リクナビNEXT
「GOOD ACTION アワード」表彰式での川原さん 写真提供:リクナビNEXT

仕事はやろうと思えばいくらでもある。だから「今日はここまで」という見切りが大事、というのは警察署に限らず多くの職場でも言えることでしょう。

とはいえ、早く帰る人や有休を取る人が増えて、「手が足りなくて困った!」ということはないのでしょうか? そう問うと、川原さんはきっぱり「ないです」と答え、自身の過去の体験を話してくれました。

「自分も昔、夜11時や12時までやっているのが当たり前のようなちょっとハードな部署にいたことがあったんです。ところが、新しく異動してきた上司が『何やってんだ、いまどきそんな時代じゃねえぞ』という考え方の人だったんですね。最初はみんな『これだけやらないと、仕事をさばききれません』といって反発したんですけど、実際に早く帰ってみたら大丈夫だったんですよね。

だから、経験したら大丈夫なんだと分かると思うし、逆に『ここまでは終わらせないと仕事が回らないぞ』という判断力も、本人が経験しないと身につかないと思うんです。まずはやり方を変えてみて経験することが大事なので、『週刊副署長』で硬軟織り交ぜて考え方を伝えてきました」

施策は終了しても、影響力の伝播を期待

川原さんは2021年度から県警本部に異動となり、『週刊副署長』と「マイテージポイント」の施策は終了しました。小松島警察署内で川原さんの発信を受け取っていた署員の多くも異動になったそうです。

せっかくの取り組みが引き継がれないのは残念ですが、川原さんのもとで「早く帰っても仕事は回る」経験をした人が、いずれ他の職場の働き方を変えていくのかもしれません。時間はかかるかもしれませんが、小松島警察署だけにとどまらない影響が期待できます。

川原さん自身も、「小松島警察署での経験を活かし、県下の警察官が幸せに働き、生きていけるように影響力を発揮していきたい」と語りました。

今年3月、『週刊副署長』の最終号では警察官だけでなく清掃員の方なども含む約70名の職員に個別のメッセージを書いたという川原さん。人に対する思いの強さが伝わってきて、先の言葉もきっと本気なのだと感じられます。そんな川原さんの思いがどのように波及していくのか、今後の徳島県警の変化も楽しみです。

フリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)

コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立(屋号:みらいfactory)。2013年より、組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』(http://mydeskteam.com/ )を運営中。女性の働き方提案メディア『くらしと仕事』(http://kurashigoto.me/ )初代編集長(〜2018年3月)。『平成27年版情報通信白書』や各種Webメディアにて「これからの働き方」、組織、経営などをテーマとした記事を執筆中。著書『本気で社員を幸せにする会社 「あたらしい働き方」12のお手本』(日本実業出版社)

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