Yahoo!ニュース

「異次元の生存支援」で、新型コロナの影響から自殺を防げ

清水康之ライフリンク代表
出典:NPO法人ライフリンク

守るべきは、すべての命

 政府が4月7日に閣議決定した『新型コロナウイルス感染症緊急経済対策 ~国民の命と生活を守り抜き、経済再生へ~』を一読してから、ずっと気になっていることがある。それは、政府は「新型コロナウイルス感染症(以下、「感染症」という。)から命を守る意思」はあっても、「感染症拡大防止の影響から命を守る意思はない」のではないのか、ということだ。

 と言うのも、自由民主党政務調査会が政府の緊急経済対策に先駆けて3月31日にまとめた『緊急経済対策第三弾への提言 ~未曾有の国難から「命を守り、生活を守る」ために~』には、「新型コロナウイルスから国民の命を守る。同時に、(中略)新型コロナウイルスに伴う経済危機・苦境から命を守る」と明確に謳われているのだが、政府の緊急経済対策にはこれがない。感染症拡大防止の影響から守るのは「命ではなく生活である」と、妙な予防線を張っているように感じられてならない。

 事実、政府は緊急事態措置の実施期間を5月末まで延長することを決めて、極端な見方をすれば、少なくとも一義的には、「経済の停滞など、感染症拡大防止の影響により、リスクにさらされる命」よりも「感染症そのものにより、リスクにさらされる命」を優先したわけだが、前者を守るためにあらゆる手を尽くすという姿勢が見られない。

 本来であれば、1)間髪を入れずに「感染症拡大防止の影響からも命を守る」と明言し、2)時限的にでも大幅な要件緩和を行って生活保護制度を使いやすくすることなどで、躊躇なく「命のセーフティーネット」を確保。3)その上で、「個々の事情に応じた生活支援策」を実施したり「将来的な経済対策」を設計すべきである。つまり、いま危機に直面している命を最優先にして「最後のセーフティーネット」をまずは整えて、それから、その手前の段階に様々なセーフティーネットを張り巡らせていくべきである。ところが実際は、深刻化する人々の暮らしに後手後手で対応する形で、経済対策や生活支援を細切れ的に行っている。すべての命を守るために万全を尽くすことが政治の使命であるはずなのに、それが十分ではない。

 

自殺リスクの急速な高まり

 このままでは、平成10年の自殺急増と同じことが起きかねない。日本では、平成9年までは2万人台の前半だった自殺者数が、北海道拓殖銀行や山一證券の経営破綻等に追いやられるなどして倒産件数が急増し、失業率が悪化する中で、平成10年に年間8000人以上(主に中高年男性)急増して年間3万人を超えた。

「[https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R02/R01_jisatuno_joukyou.pdf 令和元年中における自殺の状況(令和2年3月17日)]」より抜粋
「[https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R02/R01_jisatuno_joukyou.pdf 令和元年中における自殺の状況(令和2年3月17日)]」より抜粋

 自殺は、平均4つの悩みや課題が連鎖する中で起きることが、自殺者523名を対象とした聞き取り調査から明らかとなっている。「失業」や「倒産」、「収入の低下」や「生活苦」、「離婚などの家族問題」や「健康や将来への不安」、「アルコール依存症やうつ状態」など、複数の悩みや課題が連鎖する中で、「もう生きられない」「死ぬしかない」という状況に陥り、その末に亡くなっている人が多い。「自殺」と言っても、実際は自ら死を選んでいるのではなく、その多くは「追い込まれた末の死」なのである。

画像

 そしていま、刻一刻と、感染症の影響により悩みや課題が連鎖する中で、社会的な自殺リスクが急速に高まっているのを感じる。自殺対策に取り組む民間団体に日々寄せられる「自殺相談」においても、感染症関連のものが目に見えて増えてきている。

「不安で外にも出れず、働くこともできない。収入がなくなって、もうどうにもならない。死ぬしかない。」(50代男性)

「収入減を証明できないから支援を受けられない。このままだと(介護をしている)母親を殺して自分も死ぬしかない。」(50代女性)

「せっかく決まった仕事がコロナでなくなった。将来が見えず生きる意味がない。消えてしまいたい。」(20代女性)

(※個人が特定できないように内容を一部変えています)

「生存支援=自殺対策」の徹底を

 平成10年と今回との違いは、当時にはなかった「自殺対策基本法(2006年)」があり、自殺対策を総合的に行うための社会的な枠組みができていることだ。今回は、3月5日の時点で、感染症拡大防止の影響による自殺リスクの高まりを懸念して、それを先回りする形で、超党派「自殺対策を推進する議員の会(尾辻秀久会長、川合孝典事務局長)」が、政府に対して「新型コロナウイルス感染症の影響による自殺防止策の強化」に関する緊急要望を行った。

 冒頭で紹介した自民党政調の緊急経済対策に「新型コロナウイルスに伴う経済危機・苦境から命を守る」というメッセージが入ったのも、いわゆる新型コロナ特措法に「自殺対策に関する付帯決議*1」がついたのも、あるいは厚労省から都道府県や市町村に向けて自殺対策強化に関する事務連絡等が発出されたのも、こうした自殺対策議連の動きがあってのことである。具体策としても、自殺対策の電話やSNSの相談が強化されたりもしている。

 しかし、緊急事態措置の実施期間が5月末まで延長されたこともあり、いますべき喫緊の自殺対策は「生存支援」となっている。先述の通り、「感染症拡大防止の影響からも命を守る」と明言し、時限的にでも大幅な要件緩和を行って生活保護制度を使いやすくすることなどで、躊躇なく「命のセーフティーネット」を確保すること。そして、その制度を積極的に利用してもらうように啓発を徹底することだ。(いくら良い制度や支援策を作っても、その存在が知られなければ使い物にならないわけで、本来であれば、布マスクを全戸に配るのであれば、これを啓発の絶好の機会と捉えて様々な支援策情報も併せて提供すべきだったと思うし、今後現金給付を行う際にも戦略的に啓発と連動させるべきである。また様々な制度や支援策について簡単に探せる「検索サイト」の構築も必須だ。)

 命は一度失われると二度と戻ってこない。命にセカンドチャンスはない。社会的な自殺リスクはすでに高まってきており、時間との戦いでもある。だからこそ、政府は緊急的に「異次元の生存支援」を実施すべきだ。いま危機に直面している命を最優先にして万全を尽くすことが、「大丈夫、社会はあなたを見捨てない」という明確なメッセージにもなり、社会全体の安心感にもつながる。感染症からも、感染症拡大防止の影響からも、しっかりと命を守り切ってもらいたい。

※主な相談先

自殺対策SNS相談(厚労省補助事業)

よりそいホットライン 0120‐279‐338

いのちと暮らしの相談ナビ

  • 1 自殺対策に関する付帯決議17 過去の経験に照らせば、新型コロナウイルス感染症の影響が、健康問題にとどまらず、経済・生活問題、さらには自殺リスクの高まりにも発展しかねない状況となっていることを踏まえ、政府は一人の命も犠牲にしないという強い決意の下に、全国の自治体と連携し、自殺対策(生きることの包括的支援)を万全に講ずること。
ライフリンク代表

NPO法人「自殺対策支援センター」ライフリンク代表。いのち支える自殺対策推進センター代表理事。自殺対策全国民間ネットワーク代表。元NHK報道ディレクター。自死遺児の取材をきっかけに、自殺対策の重要性を認識。2004年にNHKを退職し、ライフリンクを設立。10万人署名運動等を通して、2006年の自殺対策基本法成立に大きく貢献。2009~11年、内閣府参与として国の自殺対策に関与。2016年の自殺対策基本法改正にも深く関わる。1972年生。著書に『自殺社会から「生き心地のよい社会」へ』。

清水康之の最近の記事