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【体操】世界選手権団体金のキャプテン萱和磨 「ここで喜んでいてはダメ」と言うのはなぜか #体操競技

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
2年ぶりの出場となった体操世界選手権で自身2度目の団体総合金を獲得した萱和磨(写真:ロイター/アフロ)

10月8日に閉幕した体操世界選手権(ベルギー・アントワープ)。日本男子が2015年グラスゴー大会以来8年ぶりとなる団体総合金メダルに輝いたほか、橋本大輝が自身初の3冠に輝くなど多くの収穫があったこの大会で、印象的な活躍を見せたのがキャプテンを務めた萱和磨(セントラルスポーツ)だ。

これまで「失敗しない男」の異名を取ってきた萱は、もう一段階上にいくことを目指し、今年は「美しく、失敗しない男」をテーマとして掲げ、出来映えを示すEスコアの向上に努めてきた。

2年ぶりに代表に返り咲いて出場した世界選手権では、その成果が出た。

体操世界選手権(ベルギー・アントワープ)で8年ぶり金メダルに輝いた日本男子。右から橋本大輝、南一輝、萱和磨、杉本海誉斗、千葉健太
体操世界選手権(ベルギー・アントワープ)で8年ぶり金メダルに輝いた日本男子。右から橋本大輝、南一輝、萱和磨、杉本海誉斗、千葉健太写真:松尾/アフロスポーツ

■全12演技で14点台以上をマーク 驚異の安定感

団体総合予選6種目、団体決勝5種目、種目別平行棒と合わせて計12演技を行い、すべて14点台をマーク。団体総合予選では全6種目に出場した91選手の中でただ1人という、際だった安定感で日本チームを牽引した。

特に、この1年で磨き上げてきた「Eスコア」は、10演技で8点台以上を出した。より精確な演技が求められている現在において、8点台は高評価の指標だ。

最後の出番となった最終日の種目別平行棒でもEスコア8.433点をマーク。4位で惜しくもメダルには届かなかったものの、「世界で評価されているということをすごく実感した。美しさを磨き続けてきて、その結果が少し表れたかなと思う」と胸を張った。

萱の世界選手権初出場は2015年。団体決勝ではあん馬に出場して金メダルに貢献。あん馬は種目別決勝も残って銅メダルに輝いた。腰の高い旋回が持ち味だ
萱の世界選手権初出場は2015年。団体決勝ではあん馬に出場して金メダルに貢献。あん馬は種目別決勝も残って銅メダルに輝いた。腰の高い旋回が持ち味だ写真:YUTAKA/アフロスポーツ

■2015年の団体決勝はあん馬1種目のみ。今回は5種目に出場

萱は、金メダルに輝いた2015年のグラスゴー世界選手権の決勝では、あん馬1種目のみの出場だった。今回は団体決勝でゆかを除く5種目に出て金メダル。

その中には、当初は出る予定ではなかったものの、三輪哲平が直前合宿の負傷で杉本へメンバー交代となったため、出番が回ってきた跳馬も含まれていた。

その跳馬では、“萱和磨史上最高”の出来映えを披露して14.633の高得点を叩き出し、大逆転劇の口火を切った。

貢献度の高さは8年前に比べて格段に上がっている。団体金メダル奪回を果たしたというストレートなうれしさも当然ある。しかし、金メダルの感想を聞かれた萱は、どこか首をかしげるように思案しながらこう言った。

「なんか落ち着いているというか、2回目だからなのか、もしくは、ここで喜んじゃダメだ、パリがあるぞという思いなのか。内容もすごく良かったし、チームも良かったし、喜んでいいはずなんですけど、なんかまだだぞと言われている感じがあって、不思議な感じですよね」

細身ながらつり輪もコツコツと強化を重ねており、Eスコアで8点台半ばが出るようになっている
細身ながらつり輪もコツコツと強化を重ねており、Eスコアで8点台半ばが出るようになっている写真:松尾/アフロスポーツ

■パリ五輪へ向け、「課題も残っての勝ちだったのが良かった」

喜び切れないというのは「いろいろな意味でパリが本番」(萱)という思いがあるからだ。

一方で、2015年の世界選手権金メダルから翌年のリオ五輪の金メダルにつながった良い流れを、リオ五輪補欠という悔しさの中ではあったものの、実際に見てきたのも萱の強み。今回の金メダルの価値の大きさは誰よりも心得ている。

今回、銀メダルだった中国は、世界選手権と同時期に開催された杭州アジア大会にも主力選手を振り分けており、パリ五輪には今年よりも手強いメンバーで団体を組んでくる見込みだ。しかし、萱に臆する様子はみじんもない。

「日本の本来のプランは前半の2種目で貯金をつくる展開だったが、今回は前半種目で出遅れた。でも、課題も残っての勝ちというのが、僕はいいのかなと思う。(銀メダルの)中国の選手層は厚いけど、日本もまだまだ上がりますし、そういう意味でもよかったなと思います」

杭州アジア大会で団体金メダルを獲得した中国。平行棒で16点近くを出す鄒敬園(ゾウジンヤン=右)と個人総合で橋本大輝のライバルとなる張博恒(ジャンボーヘン=右から2人目)はパリ五輪には出てくるはず
杭州アジア大会で団体金メダルを獲得した中国。平行棒で16点近くを出す鄒敬園(ゾウジンヤン=右)と個人総合で橋本大輝のライバルとなる張博恒(ジャンボーヘン=右から2人目)はパリ五輪には出てくるはず写真:ロイター/アフロ

■「諦めなければ絶対にいける」キャプテンとしてチームを鼓舞した

キャプテンとしての存在感も高まっている。団体決勝では出だしのゆかとあん馬でつまずき、苦しい闘いを強いられる状況で、一貫して強気な姿勢でチームを鼓舞した。

初出場ながら得意の平行棒でチーム最高点を出した杉本海誉斗は、「キャプテンの萱選手が『諦めなければ絶対いける』と何度も言ってくれて、本当にその通りだと思った。『絶対に日本は強い』『諦めなければ絶対に金が見える』という言葉は、やっていて支えになったし、絶対にやってやるという気持ちにもなった」と語っていた。

最終種目の鉄棒で大トリを務める橋本には、「東京五輪を思い出せ」と言って送り出した。

萱の真意は「大輝はオリンピックでできていたのだから、世界選手権ならできるだろうという意味で」というが、東京五輪の団体は銀メダル。

橋本は「え? それ、ダメじゃない?」と心の中で苦笑いしながらきっちりと大役を務め上げ、日本は金メダルを獲得した。一本気で生真面目でありつつ、どこか突っ込みどころを残す人間味も、萱の魅力だ。

萱和磨(左)と橋本大輝(右)が世界選手権団体総合をともに戦ったのは2019年以来2度目だった。前回は団体銅メダル。今回は金メダル
萱和磨(左)と橋本大輝(右)が世界選手権団体総合をともに戦ったのは2019年以来2度目だった。前回は団体銅メダル。今回は金メダル写真:松尾/アフロスポーツ

■「失敗しない男」は「日本に必要な男」になった

団体総合の主力になった2018年世界選手権から、ほとんどの種目で一番手を任されてきた。最初に演技する選手に課せられるのは、ミスをせずに次につなぐこと。誰もが「トップバッターは緊張する」と口をそろえる中で、このミッションを十全に果たしてきた。

そして、今回の世界選手権ではさらに上をいく、「美しく、失敗しない男」へと進化を遂げた。それは、「日本に必要な男」という領域へ入っていくために萱自身が見つけた道だった。

「美しく、失敗しない」というテーマは来年も継続して取り組んでいくつもりだ。

アントワープを去る前の最後の囲み取材では、「まだまだ磨くところはいっぱいあるし、もっと追求してもいいのかな、と思っている。パリに向けても変わらずそこは磨き続けていきたい」と語っている。

何度も試行錯誤を続けてきた末に萱自身がつくり、設定したルートマップのゴールはパリ五輪の金メダル。2024年の夏は史上最高に熱い闘いが待っている。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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