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【体操】23年夏、エース橋本大輝の現在地 ユニバで88点台後半、史上初インカレ4連覇 #体操競技

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
全日本学生体操選手権(インカレ)で優勝した橋本大輝(撮影:矢内由美子)

東京五輪で体操競技の男子個人総合と種目別鉄棒の2冠に輝いた橋本大輝(順天堂大学4年)が、この夏、中国・成都で行われた世界ユニバーシティー大会と、長野市で行われたインカレ(全日本学生選手権)に出場した。

日本選手団の旗手も務めたユニバーシティー大会では、個人総合予選を兼ねた団体総合(8月2日)で6種目合計88.698の超高得点をマークし、団体銀メダルに貢献した。

しかし、予選首位で臨んだ2日後の個人総合決勝(8月4日)では2種目目のあん馬の降り技で落下し、頭部を打撲。「軽度の脳震盪(のうしんとう)」と診断されて残り4種目を棄権した。(8月6日の閉会式では笑顔で旗を持って行進する姿が見られ、予定通りに帰国)

帰国後の8月22日には長野市ホワイトリングで開催されたインカレで、順大のキャプテンとして個人総合を兼ねた団体に出場。全6種目を行ってチームをインカレ4連覇に導くとともに、個人総合では史上初の4連覇を飾った。鉄棒でミスが出たものの6種目の合計点は86.397と高いレベルだった。

パリ五輪まで11カ月。9月30日には五輪の“前哨戦”となる世界選手権(ベルギー・アントワープ)が開幕する。日本の大エースである橋本は再び世界のトップに立てるか。

4月、5月には全日本個人総合選手権とNHK杯でそれぞれ3連覇を達成した
4月、5月には全日本個人総合選手権とNHK杯でそれぞれ3連覇を達成した写真:松尾/アフロスポーツ

■個人総合の途中棄権で涙したユニバ しかし予選は会心の演技だった

8月2日、中国・成都。橋本は個人総合予選を兼ねた団体総合で、素晴らしい演技を連発した。ゆかでは冒頭に入れたG難度の「リ・ジョンソン(後方抱え込み2回宙返り3回ひねり)」の着地をピタリと止め、14.700。全体トップの南一輝の14.733に次ぐ全体2番目の高得点をマークした。

続くあん馬は全体トップの15.033(Dスコア6.3)。つり輪も14.333(Dスコア5.8)でまとめ、跳馬はDスコア5.6のロペスを雄大に決めて14.766。平行棒も14.600(Dスコア6.1)の高得点。得意の鉄棒ではアドラーからのリューキンを久々に組み込んでDスコア6.7、Eスコア8.566で全体トップの15,266。合計88.698で個人総合予選トップに立った。

2位は中国のエースである張博恒(ジャン・ボーヘン)で、得点は87.699。橋本は2位に1点以上の大差をつけていた。

試合内容で目を引いたのは、Dスコアの合計が36.5と極めて高かったことだ。36.2の張を上回る、まさに世界一の演技構成だった。

橋本は、昨秋の世界選手権では手首の故障などでDスコアを抑えていた。Dスコアの合計は予選が35.8、決勝が35.5。今年も1月に腰の疲労骨折が判明したことで4月の全日本個人総合選手権と5月のNHK杯はいずれも難度を下げて、それぞれ3連覇を果たした。

ゆかでは冒頭にG難度の「リ・ジョンソン」を入れている
ゆかでは冒頭にG難度の「リ・ジョンソン」を入れている写真:YUTAKA/アフロスポーツ

春の国内大会から約3カ月がたち、フィジカルコンディションを含めて全体的に状態を上げて迎えたのがユニバーシティー大会だった。橋本は8月22日のインカレで囲み取材に応じ、このように語った。

「ユニバーシティー大会に行く前から体の反応がものすごく良かったです。練習はあまり積めていなかったのですが、体の反応とかリズムとかができてきて、団体総合の1種目目のゆかの前は『きょうは絶対にミスしないな』という体の感覚がありました。今もその感覚が残っているので、世界選手権でもうまく合わせていきたいと思っています」

元々、あん馬は得意だったが、このところ鬼門になっている
元々、あん馬は得意だったが、このところ鬼門になっている写真:松尾/アフロスポーツ

ただ、ユニバーシティー大会では団体総合から2日後の個人総合決勝で、まさかの事態に見舞われた。1種目目のゆかでは冒頭のリ・ジョンソンに乱れが出たうえに、連続技の着地で尻もちをつくミス。そして、2種目目のあん馬では終末技で落下した。すぐに終末技をやり直して演技をやりきったが、落下の際に頭部を打っており、JOC(日本オリンピック委員会)のドクターによる診断の結果、「軽い脳震盪」で途中棄権を余儀なくされた。

4種目を残して棄権という決断を下した橋本は顔を両手で覆って涙を流した。

団体総合(兼個人総合予選)での演技がDスコアもEスコアも極めて高いレベルだっただけに、中1日で迎えた決勝で崩れたのは痛恨だった。

これには、1月の腰の疲労骨折以降、練習量を十分に積んでこられなかったことによる試合体力の不足という原因があるのかもしれない。高難度の技が詰め込まれていることで一つ一つの技による体への負担が大きくなるという、トップオブトップの悩みでもあるだろう。

5月のNHK杯では脱水症状で腕が痙り、鉄棒で落下するなど苦しんだ
5月のNHK杯では脱水症状で腕が痙り、鉄棒で落下するなど苦しんだ写真:YUTAKA/アフロスポーツ

■インカレでは団体総合と個人総合をダブルで4連覇の偉業

ユニバーシティー大会を終えて帰国した橋本は、脳震盪の復帰プログラムに準じて10日間の休養を取り、練習を開始したのは8月16日だった。

「軽い脳震盪」という発表だったがやはり脳震盪は怖い。実際、「2日3日は頭が痛くて動けなかった」(橋本)という。

そのため、インカレ本番は難度を落として臨んだ。結果的には体への負担を考慮しつつ、しっかり勝ちきるという面で、最適な難度選択をしていた。鉄棒の離れ技で落下のミスがあったがそれ以外はしっかりとこなし、最後の種目となったあん馬もユニバーシティー大会から閉脚旋回を修正するなど、きれいにまとめた。

結果は6種目合計86.397で、男子として史上初の4連覇。大学生年代に強い選手がそろう日本の男子体操界で、1年生から優勝を飾るのは至難の業であり、4連覇は偉業だ。

橋本は団体でも4年連続14度目の総合優勝に貢献したほか、種目別跳馬、平行棒と合わせて4冠を達成した。順天堂大学にとって団体4連覇は初という歓びもあった。

「チーム6人で支え合って、最後のインカレで優勝できたことを嬉しく思っています。(個人総合4連覇については)みんなから『誰も成し遂げていないからやって欲しい』という声がありましたし、自分としても最近はうまくいかないことが色々とあったので、気持ちのいい演技をしたいと思っていました」

団体4連覇が決まった瞬間、飛び上がって喜んだ(撮影:矢内由美子)
団体4連覇が決まった瞬間、飛び上がって喜んだ(撮影:矢内由美子)

橋本は終始嬉しそうだった。試合終了後は団体メンバー以外の選手にも自ら声を掛けに行き、全員で記念撮影をした。市立船橋高校時代も順大に入ってからも、そして日本代表でも、いつも明るくチームメートを応援する。客席にアピールして会場を盛り上げる。大学最終年の今季はキャプテンとしての振る舞いも頼もしく、本当に立派だった。

■パリ五輪の前哨戦である世界選手権(ベルギー)は9月30日開幕

インカレで橋本は、「今回は世界選手権のいい前哨戦になったので、この大会をきっかけにさらに自信を持って取り組めるようにしたい」という話もしていた。インカレではつり輪からのスタートだったが、これは世界選手権団体総合予選と同じ順番だったのだ。

つり輪からのスタートということは最終種目はあん馬ということになる。一番力を使う種目から始まり、最後に最も繊細な、難しい種目が控えるという順番だ。

橋本は「つり輪スタートというのを聞いた時には、本当にしんどい試合になるだろうなと思いました」と警戒しながら戦略を練り、「1種目目から力を出しすぎると後半がきつくなるけど、力を抜くとパフォーマンスが落ちる。つり輪の時は、8割方でどれだけできるかということを考えながら演技をした」という。

また、力技では「腕じゃなくて背中側に力が出るように意識をした」と明かしたように、技は同じでも使う筋肉を普段と変えるという、高度な取り組みをしたことも明かした。

最後は不安のあったあん馬を完璧に通し、「今日、一番(自分を)褒めたいのは、最後のあん馬だなと思っています」と胸を張った。

順天堂大学の団体メンバーとともに応援席の仲間たちに笑顔を向ける。手には応援うちわ(撮影:矢内由美子)
順天堂大学の団体メンバーとともに応援席の仲間たちに笑顔を向ける。手には応援うちわ(撮影:矢内由美子)

現在はナショナル合宿をしながら世界選手権へ向けて調整を続けている。今年の世界選手権は例年より1カ月ほど開催時期が早いため、練習強度の設定や技の仕上げを含めて調整には細心の注意が必要になるだろう。

「1日1日の使い方をもう一度見直して、どうやったらもっといいパフォーマンスができるか、練習から自信を持って取り組めるかを考えていきたい。最後は結局、自分自身の自信というところが鍵になってくるので、前向きにいろんなことに取り組んでいきたいなと思います」

アントワープ世界選手権での橋本の活躍に期待したい。

インカレでは男女個人総合1位に「チャンピオンベルト」が授与され、女子優勝の坂口彩夏(日本体育大学)と笑顔(撮影:矢内由美子)
インカレでは男女個人総合1位に「チャンピオンベルト」が授与され、女子優勝の坂口彩夏(日本体育大学)と笑顔(撮影:矢内由美子)

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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