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【体操 全日本種目別選手権】ゆかに“穴”をあけるパワー 南一輝が見据える5連覇と世界の頂点

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
パワフルな踏み切りから圧巻のアクロバット技へつなげる南一輝(写真:松尾/アフロスポーツ)

■「完璧に、圧倒的に勝ちたい」

 搭載しているエンジンが一人だけ違って見えるほどだ。パワフルな脚力と抜群の空中感覚を持つ23歳、南一輝(エムズスポーツクラブ)が、6月10、11日に東京・代々木体育館で開催される体操の全日本種目別選手権に出場する。

 目指しているのはゆかの5連覇と、昨年から挑戦している跳馬で高得点を出して今秋にベルギーで行われる世界選手権の団体メンバー入りすること。

「自分がしっかりやれば戦えると思っている。まずは自分の演技をすることを第一に考えたい。完璧に、圧倒的に勝ちたい」と意気込んでいる。

 南が最初に脚光を浴びたのは仙台大学2年生だった2019年の全日本種目別選手権。ゆかで6連覇中だったリオデジャネイロ五輪団体金メダリストの白井健三を破って初優勝を飾り、体操ファンをあっと言わせた。

 東京五輪の出場権は手にできなかったが、2021年に北九州で開催された世界選手権では種目別ゆかで銀メダルを獲得した。現在はゆかのほかに跳馬にも力を入れており、この2種目による「チーム貢献得点」での団体メンバー入りを目指している。最終目標はパリ五輪の団体金メダルと種目別金メダルだ。

G難度の「リジョンソン」を実施する南一輝
G難度の「リジョンソン」を実施する南一輝写真:西村尚己/アフロスポーツ

■高難度と高い出来映え点を両立

 武器は冒頭の連続技や、G難度の「リジョンソン(後方抱え込み2回宙返り3回ひねり)」、F難度の「シライ2(前方宙返り3回ひねり)」。これらの高難度技を、余裕のある跳躍から膝(ひざ)や踵(かかと)をピタリとくっつけたまま着地まで決められるのが南の強さの秘密だ。

 演技構成の難度を示すDスコアは、リスクを冒すことなくまとめたい時は6.6前後、H難度の新技(※世界大会で成功と認定されれば『ミナミ』の名がつく)を入れて攻めるならばマックス7.0。世界の体操ファン垂涎の構成である。

 しかし、南の強さはDスコアだけではない。これだけ難しいことをやっても高い出来映え点をもらえるのが南の真骨頂。世界選手権代表選考の対象である4月の全日本個人総合選手権は15.200点と15.166点、5月のNHK杯は15・133点と、この種目では全選手の中でただ1人の15点台をマークしている。

 イメージしているのは、DスコアとEスコアで両方とも1位の点を出すこと。超高速で実施するひねり技でも足割れがほとんどなく、高い着地姿勢を取れる南は既にDとEを両立させている。

 世界選手権の団体メンバーに入るにはゆかの1種目だけでは厳しいと考え、昨年から跳馬の強化にも乗り出した。種目別の跳馬には跳び方の異なった2つの技が必要で、今回はDスコア5.6の「ロペス(伸身カサマツ2回ひねり)」とDスコア5.2の「シューフェルト(伸身ユルチェンコ2回半ひねり)」を使う。ロペスは15点、シューフェルトは14.700点前後が目標値だ。

 さらに、来年に向けては既にDスコア6.0の「ヨネクラ(ロペスハーフ)」とDスコア5.6の「シライ/キムヒフン」も練習しており、「あと1年間でどこまで自分のものにできるかなというところ」だという。

無類の練習量を誇る
無類の練習量を誇る写真:松尾/アフロスポーツ

■パワーと練習量でゆかに“穴”…結果を出して買い換えて貰いたいとアピール

 腰痛の悩みを抱えているというが、驚くのはその理由だ。

「練習で使うゆかに“穴”があいているんです」(南)

 自身のパワフルな蹴りと無類の練習量によって、練習拠点のゆかの器具に「穴」があいてしまったというのだ。

 体操競技のゆかは、板材の下にスプリングなどの反発材が入っている特殊なパネルを12メートル四方に敷き詰めて行う。新品の時は反発力が均一だが、繰り返して使用しているうちに踏み切りで多く使う箇所が徐々に柔らかくなっていく。

 南によれば、体操界では柔らかくなって反発力が落ちた部分のことを通称「穴」と呼んでいるとのこと。定期的にパネルの配置をローテーションしながら全体の耐久力を保っているが、「今までは一部ずつだったのでローテーションして“穴”がないようにしていたんですけど、いよいよ限界が来た。自分がやりすぎたのかな」と言う。

 買い換えてもらいたいのはやまやまだが、値段は約1500万円と高額。

「値段が高いので今はちょっと検討中っていう感じらしいです。自分が結果を残して、買い換えてもらえるように頑張ります」と真剣に訴えた。

昨年の世界選手権で銅メダルを獲得した土井陵輔。つまさきやひざの美しさは折り紙付き
昨年の世界選手権で銅メダルを獲得した土井陵輔。つまさきやひざの美しさは折り紙付き写真:長田洋平/アフロスポーツ

小柄ながら圧巻の跳躍力を見せるカルロス・ユーロ。フィリピンでは既に英雄になっている
小柄ながら圧巻の跳躍力を見せるカルロス・ユーロ。フィリピンでは既に英雄になっている写真:YUTAKA/アフロスポーツ

■土井陵輔やカルロス・ユーロとの競演も見どころ

 昨春に仙台大学を卒業し、岩手県のエムズスポーツクラブに所属している。「学生の時は自分だけという感じだったのですが、『エムズ』に所属してから子どもたちと触れ合う機会がある。結果を残せば子どもたちも喜んでくれるので、それはすごくモチベーションにつながっています」

 全日本種目別選手権には昨年の世界選手権でゆかの銅メダルに輝いた土井陵輔(日本体育大学)や、フィリピン代表としてゆかと跳馬で世界選手権の金メダルを持つカルロス・ユーロ(徳洲会)も出場する。空中姿勢や技さばきの美しさが際立つ土井、抜群の高さで縦回転系のアクロバットを見せるユーロ、ひねり技で他を圧倒する南、それぞれの個性がぶつかる戦いは見応えたっぷりだ。

 南のパワフルな演技を堪能するには、演技直前のアップの段階から蹴りの強さを見ておくのがお勧め。世界選手権や五輪の種目別決勝と同レベルの演技を見られる全日本種目別選手権に注目したい。

銀メダルを獲得した2021年世界選手権で観客に手を振る南一輝。今年は2年ぶりの世界選手権出場を目指す
銀メダルを獲得した2021年世界選手権で観客に手を振る南一輝。今年は2年ぶりの世界選手権出場を目指す写真:ロイター/アフロ

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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