【体操】代表復帰を目指す東京五輪銀メダリスト・萱和磨 「失敗しない男」から「美しく失敗しない男」へ
体操の全日本個人総合選手権が4月20日に東京体育館で開幕した。21年東京五輪の男子団体で日本のチームキャプテンを務め、団体銀メダルと種目別あん馬銅メダルを獲得した萱和磨(セントラルスポーツ)にとって、今回は昨年出場を逃した世界選手権の代表復帰を目指すためのスタートの大会。2年ぶりの世界選手権と来年のパリ五輪に向けて、新たなスローガンを掲げての第一歩でもある。
■『失敗しない男』を返上? その心は…
「コンディションは普通というか、いつも通り。気持ちも特に変わりはありません。練習をしっかり積んでこられていると思っています」
男子予選を2日後に控えた19日、報道陣に対応した萱は穏やかな口調でそう言った。
昨年の今頃は、21年東京五輪で金メダルに届かなかった差を埋めるべく、演技構成の難度を急速に上げながら全日本個人総合選手権に臨んだが、ミスが出てまさかの5位。5月のNHK杯では4位まで順位を上げたが、種目別貢献度の比較で代表入りには届かなかった。
高いところに目標を置いたからこその代表落ち。単純な悔しさ以上の複雑な思いを感じたであろうことは想像に難くないが、パリ五輪での金メダル獲得へ向けてブレない信条を持つ萱の胸中が、ネガティブな感情に埋め尽くされることはない。
萱の中では昨年からここまでの自身の歩みがすっきりと整理されている。
「昨年はパリに向けて攻めて、技の引き出しを増やしました。結果が伴わなかったのは悔しかったのですが、そこから技を厳選していき、昨シーズンの後半くらいからは2つの観点で技を磨いてきました。以前は『失敗しない』ということだけが僕の取り柄だったんですけど、今年のスローガンは美しい体操をして失敗しないこと。『美しさ』と『失敗しない』という2本の軸でやっています」
■目標は『美しさ』と『失敗しない』の2本立て
「美しさ」を軸のひとつに加えると決めたのは、やはり、パリ五輪の金メダルを見据えているからだ。
「ただ安定感を出すだけなら今までの練習の仕方で良いだろうと思うけど、パリで金メダルを取りたいと考えたときに、自分をもう一段階レベルアップさせるには、『美しさ』も必要だと思いました。今までもあった『安定感』は自分のいいところとして残しつつ、プラスアルファで美しさを磨いていきたいと考えたのです」
では、萱の考える『美しさ』とはどのようなものか。質問を受け、萱はこう答えた。
「周りの人からも言われるのは、僕は体重が軽いせいか、軽やかで切れがあり、決めのある演技をする。ゆったりした演技というよりはビシビシ、キレキレな演技が自分の目指す美しさなのかなと昨年考えました」
萱の「美しさ」の解釈は、世界の男子体操の採点のトレンドでもある。象徴的な演技と言えば、キビキビとした動作から完璧に倒立をはめていく鄒敬園(中国)の平行棒。演技の出来映えを示すEスコアで驚異の9点台半ばを出す。萱も「ミスをしない」という良さに切れや決めを加えれば今まで以上に高いEスコアを得られるようになるだろう。ひとつの目安となるのは最低でも8点台に乗っているかどうかだ。
■跳馬の大技「ロペス」の着地がまっすぐに
「美しさ」を意識しながら練習を繰り返すことで、予期せぬプラス材料もあった。萱によれば、以前は技を安定させるために「こういう動きをしたら失敗しない」と技術面からアプローチしていたが、今は逆。「不思議なことに、美しさを磨こうとして練習をしていく段階で、自然と安定感がついてきました」というのだ。
「通し練習だけをするのではなく、演技を半分に分けて練習することによって、技のひとつひとつで、つま先や着地まで意識を通わせることができるようになりました。今回は、以前よりも余裕ができた演技を見てほしい。安定感に加えて、きれいになったところを見てほしいです」
中でも注目したいのは跳馬。空中動作の最中に身体が横に流れて行くことが多々あり、大きく減点されることの多かった跳馬の大技「ロペス」で、着地が改善できたという手応えを得ているからだ。
「他の種目でDスコアを上げるよりも、跳馬でまっすぐ立つことでかなりのレベルアップになる。跳馬の着地で曲がらないところを見てほしい」とアピールしている。
「まずは(予選と決勝の)2日間、美しく、ミスをしないこと。2日間、12演技をしっかり揃えること。それができれば自然と結果がついてくると思う」
萱は静かに炎を燃やしている。