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浦和レッズ 平川忠亮コーチがパラリンピック「5人制サッカー」に注目するのはなぜか

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
パラリンピックで活躍が期待されるブラインドサッカー日本代表(写真:アフロスポーツ)

 東京パラリンピックが8月24日に開幕し、9月5日までの日程で各競技の熱戦が繰り広げられている。

 29日には視覚障がい(全盲)のある選手による5人制サッカー(ブラインドサッカー)が始まった。日本はグループリーグで29日にフランスと、30日に世界ランク1位でパラリンピック4連覇中のブラジルと、31日に中国と対戦する。

 競技の開始に先立ち、2015年からブラインドサッカーの支援活動を行っている浦和レッズの平川忠亮氏(現浦和レッズコーチ)を取材した。平川氏は現役選手だった15年、練習中のアクシデントにより一時的に視力を失った経験から、ブラインドサッカーに関心を持ったという。平川氏が感じているこの競技の魅力とはどんなものだろうか。

川村怜の豪快なシュート
川村怜の豪快なシュート写真:YUTAKA/アフロスポーツ

「ブラインドサッカーでは、見えていないとはとても信じられないプレーが随所に出てきます。本当に見えてないのかなというぐらいスムーズにドリブルをして、シュートをするんですよ」

 平川氏はまず、そのように語った。ちなみに、サッカー界では「ブラインドサッカー」という競技名で知られているが、パラリンピックでは「5人制サッカー」という名称が使われている。4人のフィールドプレーヤーはアイマスクを装着し、転がると音の鳴るボールを使い、GKは晴眼者(視覚に障がいのない者)や弱視者が務める。選手たちは、味方にゴールの位置などを声で伝える「ガイド(コーラー)」やGK、サイドフェンスの向こうにいる「監督」の声を聞きながらプレーする。守備側の選手がボールを持った相手に近づくときは「ボイ(スペイン語で行くの意味)」と声を出すのがルール。今回のパラリンピックはコロナ禍により無観客だが、有観客の場合も観客は声を出してはいけない。

黒田智成の巧みなドリブル
黒田智成の巧みなドリブル写真:YUTAKA/アフロスポーツ

 ブラインドサッカーのドリブルは通称「ブラサカドリブル」と言われる、足と足の間に挟みながらボールを運ぶのが基本だが、選手によっては足からボールを離して運ぶこともある。ただし、これは非常に難度が高い。

 平川氏自身もアイマスクをつけてブラインドサッカーを体験したことがあるが、「足から離れてしまうと分からなくなりますし、ボールが止まってしまっても音が鳴らないのでどこにボールがあるかもわからなくなってしまいます。だから、足からボールを離してドリブルをする選手を見ると、どのようにやっているのかと思いますね」という。見えない分をどの感覚や機能で補っているのか。試合を見ていて自然と興味が湧いてきそうなポイントだ。「相手選手は寄せる時に声を出しますが、どのタイミングでどの角度からどういうスピードで寄ってくるのかが見えているかのように、巧みにかわしてシュートをするので、本当に驚きます」

ブラインドサッカーの魅力を語る浦和レッズ平川忠亮コーチ(撮影:矢内由美子)
ブラインドサッカーの魅力を語る浦和レッズ平川忠亮コーチ(撮影:矢内由美子)

 平川氏がブラインドサッカーと出合ったのは、前述の通り偶然の出来事からだった。ある日、練習で至近距離から顔にボールが当たり、目がまったく見えなくなった。

 幸いなことに約6時間ほどたつと天井の灯りがうっすらと見えはじめ、翌日には両目とも視力が戻ったというが、この時の経験がブラインドサッカーへの関心につながった。 ほどなく埼玉のブラインドサッカーチーム「T. Wings」所属で、日本代表でもある加藤健人さん(東京パラリンピックではバックアップメンバー)と知り合って意気投合したことで、平川氏はブラインドサッカーの支援活動をスタート。翌16年からは平川氏個人だけではなく、浦和レッズがクラブとして支援を始めた。以後、浦和レッズではブラインドサッカーの体験会を開催したり、「T.Wings」に練習コートの提供を行ったりしている。

 平川氏はこのように言う。「パワーを持った、元気よく活動している人たちがブラインドサッカーにいるということを知ってもらいたいという思いでサポートを始めました。最初は僕一人だったのですが浦和レッズがクラブとしてサポートしてくれるようになって支援が広がり、それによってサポーターの人たちに広がりました」

 ただし、平川コーチは「障がい者を助けている、力を貸しているという意識ではありません」と強調する。「障がいのあるなしではなく、皆が同じ日常にいるという意識や考え方が広がってほしいと思っています。今回のパラリンピックもそのきっかけになるはず。誰もが仲間同士になって生活していけるような環境作りに協力できればと思っています」

ブラジルはパラリンピック4連覇中。技術はもちろん、スピードやフィジカルでも優位に立つ
ブラジルはパラリンピック4連覇中。技術はもちろん、スピードやフィジカルでも優位に立つ写真:アフロスポーツ

 パラリンピックという舞台は、選手の一所懸命のパフォーマンスを通じて、人の心が動いていく場所だろう。

 視力を失った6時間の経験が平川氏の新たな関心を呼び起こしたように、東京パラリンピックによって新たな関心が喚起されることが、この先の未来につながっていくはず。平川氏は「何か、きっかけになるような大会になっていけばいいなと思っています」と期待を込めて言う。

 平川氏によれば、「ブラインドサッカーの日本選手のボール扱いの技術は世界一のブラジルにも負けない」という。グループリーグの3試合はすべてNHK総合で放送される予定。サッカーファンにはぜひ、「5人制サッカー」に注目し、応援してもらいたい。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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