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Jリーグアウォーズが残念なことにならないために

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
2018年Jリーグアウォーズのオープニング映像(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 12月8日に行われた2019Jリーグアウォーズは、日程の関係で日本代表選手が不在であり、難しい面はあったと思うが、それにしても楽しくなかったと感じている人が多いように見受けられる。

■2013年、柿谷曜一朗のスピーチがすがすがしかった

「Jリーグアウォーズって、いいな」

 しみじみとそう思ったのは、今から6年前のことだった。2013年12月10日に行われた恒例のJリーグアウォーズ。この年、クラブでも日本代表でも大活躍だった柿谷曜一朗(セレッソ大阪)は、タキシードに身を包み、「フェアプレー個人賞」の表彰で胸を張っていた。

 13年シーズンの柿谷は、J1リーグ全34試合に出場し、警告はゼロ。ステージの上で柿谷は誇らしげにスピーチをした。その横には柿谷と同時受賞の佐藤寿人(当時サンフレッチェ広島)もいた。佐藤は2年連続3度目のフェアプレー個人賞受賞だった。

 柿谷は、日本代表の取材などで接していたときのどこかシャイな印象はそのまま残しつつ、実にすがすがしいスピーチをしてくれた。

「去年の(佐藤)寿人さんがあまりにカッコ良すぎて…。“何か一つ並んでやろう”“僕も来年もらいたい”。そう思って、この賞のためというのではないですが、今年は相手の選手に敬意を払い、ラフプレーをなくすことを心掛けてプレーしてきました」

 Jリーグでは07年から全試合のキックオフ前に、フェアプレーフラッグに両チームの選手全員がサインをしている。柿谷のプロサッカー人生は、Jリーグがフェアプレー精神の尊重を顕著に打ち出した時期と重なっている。だから、前年のJリーグアウォーズで佐藤の「カッコ良さ」に胸を打たれたというエピソードはとても気持ちの良いものだった。

 柿谷が感銘を受けた12年の佐藤のスピーチはこれである。

「FWをやっている以上、DFのハードなマークを受けるので、ストレスも感じるし、イライラする感情が表に出ることはある。でも、僕はDFの選手をリスペクトしているし、サッカーに人を傷つける行為はいりません。僕の2人の息子もサッカーをしています。息子はもちろん、多くのサッカー少年がフェアプレー精神を持ってプレーするように、トップレベルから伝えていきたいと思います」

 華やかにしつらえられたアウォーズという場で発せられた言葉には、リーグの後輩たちに影響を与える力があったのだ。

佐藤寿人が示し、柿谷曜一朗が引き継いだ『Jリーグの進むべき道』

■2012年、印象に残った柴崎岳のスピーチ

 柿谷のスピーチの前年には、今なお印象深く残っているスピーチがもうひとつあった。当時プロ2年目の柴崎岳(当時鹿島アントラーズ)のものだ。柴崎は12年シーズンに31試合に出場して1得点、ヤマザキナビスコカップでは連覇に貢献し、同大会のMVPも受賞していた。

 ステージ上に登場した柴崎は「Jリーグアウォーズは今回で20回目、僕も20歳と語呂合わせが良くて、とても気持ちいいです」と言って会場を笑わせ、「選手間の投票ということで、多くの投票を入れていただきありがとうございました」と同じ選手たちに感謝した後、柔らかだった表情をキリッと一変させてこう続けた。

「僕自身もベストヤングプレーヤー賞の投票用紙を見て違和感がありました。他にも何人かが違和感を感じたでしょう。この賞に値する選手は今年はゼロ人でした。世界的に見れば同世代には、ミランのMFエル・シャーラウィ、レアルのDFヴァラン、サントスのFWネイマール。彼らのような活躍ができた選手がいるかといえば、そうではありません。彼らに一歩でも近づき、日本を代表する選手になっていかなければ世界と戦えないと思います」

 世界のビッグクラブで活躍する同年代の選手たちと自身を、厳しい目で比較していた。受賞のスピーチを、と要請され、練りに練った中身だったと思う。

■若き日の槙野智章が今なお持ち続けている思い

 2010年のアウォーズで、ベストイレブンとフェアプレー個人賞に輝いた槙野智章(当時サンフレッチェ広島)のスピーチも記憶に刻まれている。槙野はベストイレブン初選出。プレーへの評価が上がったのはもちろんだが、ゴールパフォーマンスへの注目も高かった。しかしながら、一方で「やり過ぎ?」の声もあった。

 槙野は5分近くのロングスピーチで思いを発信した。

「僕はゴールパフォーマンスを行っていますが、それは、スタジアムに来ている人、テレビで応援してくれている人に少しでも楽しんでもらえるようにという思いがあるからです。サッカーファン以外の人もサッカー好きになってもらいたいし、子どもたちにもサッカー好きになってもらいたい。ときには(パフォーマンスで)皆さんに不快な思いをさせてしまうこともありましたが、そこらへんは温かい心で受け止めてください」

 それから9年がたった今、槙野が浦和レッズで見せる言動の軸にあるものは、当時と変わらない。置かれる立場や周囲の状況に合わせて発信方法は変化しているが、根底には昔も今も、「大人にも子どもにも、サッカーを好きになってもらいたい」という思いがある。

■Jリーグアウォーズはどこへ行くのか

 昨年のこと。ある選手から「今年はアウォーズでスピーチを用意しなくていいと言われたんですよ。みんな、ああいう場だからこそ話したいことがあると思うんですけどね」と聞いた。彼は残念がっていた。

 蓋を開けてみると、ベストイレブンの紹介では選手が横一列に並び、質問されたことに答えていくというスタイルになっていた。質問にはどこか軽妙なムードをつくろうとする意図が見えて、正直言って物足りなかった。念のために記しておくが、これは質問者の責任ではない。

 MVPに選ばれた家長昭博(川崎フロンターレ)のスピーチが心温まるものだったのでホッとしたが、かつて柿谷や柴崎といった、MVP以外の選手の言葉からも「良いアウォーズだった」と感じていた者からすると、もっと他の受賞者のスピーチも聞きたかったというのが本音だった。セレモニーの場でのスピーチには、普段の取材で聞く言葉とも、腰を据えたインタビューとも、また違う魅力がある。

 そして、今年のJリーグアウォーズ。日程や会場確保などで難しい面はあったと思うが、それにしても楽しくなかったと感じている人が多い。もう、残念なJリーグアウォーズはいらない。やるからには主役が誰なのか、主役をどのように世に紹介したいのか。そこを見直すべきだろう。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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