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【体操】萱和磨が獲得した平行棒の銅メダル。その価値は個人にとどまらない

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 世界体操選手権(ドイツ・シュツットガルト)の最終日に行われた種目別平行棒で、萱和磨(セントラルスポーツ)が14・966点で銅メダルを獲得した。

 団体総合で銅メダルを獲得している日本だが、個人メダルは今大会初。塚原直也が個人総合と平行棒で3位になった97年世界選手権(スイス・ローザンヌ)から続いている個人種目のメダル獲得を継続させた。

 動きのひとつひとつに気迫がみなぎっていた。萱が世界に示したのは己の実力だけではない。日本チームの底力だ。

「個人のメダルを途切れさせるわけにいかないと思っていた。自分のためじゃなく日本のために取りたかった。日本の強さをアピールしたいと思っていた。きょうのメダルは一番価値があると思う」

 銅メダルが決まると、感情が涙となってあふれ出た。

■内村&白井がいなくて大丈夫か?

 18年世界選手権(カタール・ドーハ)の男子団体総合で日本は銅メダルだった。成績自体は今年と同じだが、中身が違った。昨年の日本は、16年リオデジャネイロ五輪団体金メダルから滑り落ちただけでなく、優勝した中国、2位のロシアに、演技の難度を示すDスコアでも出来映え示すE得点でも大きく水をあけられ、「2強」を呆然と見つめるしかなかった。

 それでも個人では内村航平が種目別鉄棒で銀メダル、白井健三がゆかの銀メダルと跳馬の銅メダルを獲得していたが、今年は個の力を持つその2人が代表から外れた。

「このメンバーで大丈夫か」

 心配されていることをひしひしと感じながら、萱は団体では15年世界選手権(英国グラスゴー)の金メダルを知る唯一の選手として、多くの種目で一番手として演技し、仲間を引っ張った。

会場で毎日掲出されていた日本の団体メンバーの応援旗(撮影:矢内由美子)
会場で毎日掲出されていた日本の団体メンバーの応援旗(撮影:矢内由美子)

■「日本チームのためにメダルを取りたかった」

 平行棒の演技をするのは、団体総合予選、団体決勝、個人総合に続いて、種目別決勝が4度目だった。萱は疲労をよそに、大会中に技量を増したような演技を見せる。

 冒頭から次々と隙のない倒立を実施。腕支持技などもゆがむことなく演技を進め、F難度の降り技ではひざをそろえて着地し、ややバランスを崩しそうになったがこらえた。メリハリのきいた演技は高得点の手応え十分。お馴染みになった豪快なガッツポーズをすると、大きく息を吐いて胸をなで下ろした。

 得点は予選の14・800点より伸ばして14・966点。個人総合の時の15・000点にはわずかに届かなかったが、出来映えの印象としては4度目の演技で最高だった。

「演技は完璧だった。言うことないくらい。日本チームのために絶対にメダルを取りたかった。日本の強さをアピールしたかった」

 充実感を漂わせながら胸を張った。

選手紹介時の映像(撮影:矢内由美子)
選手紹介時の映像(撮影:矢内由美子)

■体操ニッポンの伝統でつないだ個人メダル

 日本の伝統である「美しい体操」でつないだ個人メダルだ。

 世界選手権2年連続金メダル獲得中の鄒敬園(ゾウ・ジンヤン=中国)が予選で敗退し、決勝は僅差の中に8人がひしめくことが予想された。

 萱はEスコア勝負になると読み、丁寧な実施をすることに集中。結果的に、4位の肖若騰(シャオ・ルーテン=中国)とは同スコアだったが、技の出来栄えを示すEスコアで0・1点上回り、「これまで僕はDスコアを意識してきたが、ここで試合をやる毎にEスコアが評価されてきた。Eで勝てたのもうれしい」と表情をほころばせた。

「僕の平行棒は、流れる動きより、かちっとした、決めのある演技。今はそれが評価される傾向にある。だから、少し手がずれても絶対に動かないことと、降り技の足を閉じて着地を止めることを意識した」。演技内容についても誇らしげだ。

■「日本はまた強くなれる」

 初出場だった4年前にもあん馬で銅メダルを獲得しているが「15年とは全然違う」と萱は言う。

「あのときは初代表で、言い方は悪いですが、自分のためだけに、単純にメダルが欲しかった。(内村)航平さんがチームを引っ張ってくれていて、僕は奔放にやっていた中でのメダルだった。今回は意地と、絶対にやってやるという気持ちで取れたメダル。僕らだってできるという気持ちでやっていた」

 さまざまなものを背負いながら、持てる力をきっちり100%出し切った萱に対し、水鳥寿思・男子強化本部長は「萱選手に助けられた。彼なくしてはなかった試合。彼に救われた」と称える。

 しかも、評価の内容は目に映る成績だけではない。萱は団体で銅メダルを獲得した後に、個人総合6位、種目別あん馬5位、そして平行棒3位と、尻上がりに成績を上げた。

「オリンピックでは団体予選から中1日で決勝がある。彼は連続してもできるのが大きい」と水鳥本部長は萱を頼もしく見つめる。

 決して疲弊しないフィジカルとメンタルは日本の武器になっていくだろう。

「日本がまた強くなれる位置づけができた」と萱は言う。初出場の頃に見えていた線の細さはもうない。大会を通じて一回りも二回りもたくましくなった22歳がそこにいた。

右手の「C」は所属先であるセントラルスポーツの頭文字だそうだ(撮影:矢内由美子)
右手の「C」は所属先であるセントラルスポーツの頭文字だそうだ(撮影:矢内由美子)
サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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