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【体操】“ミスター・ノーミス” 萱和磨。金メダルを知るオンリーワン

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
つり輪の力技を見せる萱和磨(写真:松尾/アフロスポーツ)

 初出場で団体金メダルに輝いた大学1年生の秋から4年の月日が流れた。ドイツ・シュツットガルトで開催中の世界体操選手権。前回大会で団体連覇を逃し、金メダル奪回に燃える日本の中核を担うのが、2年連続3度目の世界選手権出場となる萱和磨(セントラルスポーツ)だ。

 史上最多である個人総合6連覇の内村航平や、世界大会6年連続出場の白井健三を欠いた今回の日本代表は、5人中3人が初出場というフレッシュなチーム編成である。

■チーム最多の3度目出場

 谷川航と並んで今回のメンバーで世界選手権出場回数が最も多い萱は「経験がある者の責任として、チームを引っ張っていきたい」と意気込んでいる。

 萱の武器はどんな場面でも動じないメンタルと、人一倍の練習量に裏付けられた失敗のない演技。特にここ1年はほとんどミスをしないほどの安定感を見せており、体操界の“ミスター・ノーミス”としての地位を固めつつある。

 水鳥寿思・男子強化本部長には「安心して任せられる」と頼られ、女子チーム屈指の安定した演技力の持ち主である畠田瞳からも「萱選手のようになりたい」と言われるほどの存在なのだ。

■「4年前はあん馬だけだった」

 さらに今回は、日本のメンバーの中で金メダルを知るただ1人の選手でもある。

 順大1年生だった15年のグラスゴー世界選手権。初出場の萱は、若さあふれる演技で100%の力を出し切った。予選で全6種目に起用され、団体総合金メダル、種目別あん馬銅メダルと2つのメダルを獲得。個人総合の決勝にも進み、10位になった。

 しかし、4年前を振り返るとき、萱の表情に100%の笑みが浮かぶことはない。

「あのときは、団体決勝で出たのが、あん馬1種目でしたから」

 団体金メダルを手にしたのはもちろんうれしかったが、日本チームが最重要視する団体決勝で出場が1種目のみだったのは、まだ力不足であることを示していた。事実、翌16年のリオデジャネイロ五輪の代表選考では、内村航平と加藤凌平という2人の実力者に個人総合で及ばず、団体貢献度による出場にもわずかに届かなかった。

■リオ五輪補欠の悔しさをバネに

 補欠としてリオ五輪に帯同した萱は、悔しさをバネにしながら、いつ何が起きても対応できるようにと、現地でも通し練習を欠かさずに続けた。そして、帰国後は「どうしたら日本代表に必要な選手になれるのかを真摯に考えました」という。

 得意ではなかったゆかやつり輪、鉄棒を含めた6種目すべてのベースアップに全力を投じ、減点の多い技を修正し、演技構成も一から練り直した。

 15年はあん馬を軸にして勢いのまま個人総合に出たが、17年以降は本格的なオールラウンダーへと変貌。種目別の選手が多く出た17年モントリオール世界選手権は代表入りしなかったが、6種目の底上げに成功した昨年は満を持して代表に返り咲いた。

「リオ五輪のとき、試合に出るぐらいの気持ちで練習をしたのが少しずつ活きてきているのかなと思う」と、成長の手応えを感じながらの世界舞台復帰。だが、個人総合ではチーム最上位ながら6位でメダルに届かず、団体では中国とロシアに予想以上の大差をつけられて3位に甘んじた。団体決勝での萱の出場種目数は4つへと増えていたが、それでもまだ物足りなさそうだった。

 しかし、そのときの悔しさがさらに闘志を燃やしていく原動力になった。元々が練習の虫。そんな萱がさらに根を詰めて練習に励んだのだから「ミスター・ノーミス」となるのは必然だった。

18年世界選手権団体銅メダルの日本(左から萱和磨、谷川航、内村航平、田中佑典、白井健三)(撮影:矢内由美子)
18年世界選手権団体銅メダルの日本(左から萱和磨、谷川航、内村航平、田中佑典、白井健三)(撮影:矢内由美子)

■ノーミスを支える強靱なメンタル

 ノーミスを支えるのは何か。まず挙げられるのは強靱なメンタルだ。萱は自身についてこのように語る。 

「僕は大抵のことでは、へこたれないですよ。メンタルが弱いとか強いとかって、そういうのあるのかなと思っています。メンタルが弱いという人はよくいますけど、どうにでもなる気がするんですね。技術力や筋力とは違うと僕は思っています。気持ちを落ち着かせることでそこは乗り越えられると思うんです」

 プラス思考も武器だ。ドイツに来る前に国内で行った試技会では、最初の種目である得意のあん馬で馬上にお尻がついてしまうミスが出たが、練習や試合を継続して見ている強化本部スタッフの反応は、不安ではなく「こんなこともあるんだ」という驚き。萱自身も、「何カ月ぶりかのミスでした。100回に1回のミスが起きるということが分かった。でも逆に引き締まりました」と前向きにとらえていた。

■1年間で演技の難度を大幅に上げた

 もちろん安定感だけではなく、演技レベルも上げてきた。昨年からの1年間で6種目のDスコア(難度点)の合計点を34・9点から35・9点へアップ。0・1点上げるのに、もの凄い労力を必要とする体操競技において、これは並大抵の努力ではできない。しかも、今年5月のNHK杯以降にも難度を上げた。これは異例の取り組みと言えるだろう。意欲のなせる技である。

18年全日本団体総合選手権で順大の主将として演技した萱和磨は、優勝決定の瞬間、感極まった表情を見せた(撮影:矢内由美子)
18年全日本団体総合選手権で順大の主将として演技した萱和磨は、優勝決定の瞬間、感極まった表情を見せた(撮影:矢内由美子)

 一方で、減点となる箇所を減らすことにも成功している。特に、つり輪の「アザリアン中水平(F難度)」の静止と、平行棒の「前方抱え込み2回宙返りひねり降り(F難度)」の足開きを改善したことには手応えを感じているようだ。

「あん馬の旋回も去年と比べると全然良くなっていて、『変わったね』と言われることが多いです。意識して練習をしてきたことが結果に出て、人からも言われる。それはすごく楽しいことです」。そう語る表情は力強い。

 7月のユニバーシアード大会では個人総合金メダルを獲得した。8月の全日本シニア選手権も制しており、状態は非常に良い。

「世界選手権では、団体決勝という緊迫した場で自分の演技を出したい」と燃える社会人1年目。今年は多くの種目で決勝の演技を任されるはず。みなぎる思いを結果で示すべく、まずは10月7日の団体総合予選に臨む。

18年世界選手権出場メンバーでファンイベントに参加(撮影:矢内由美子)
18年世界選手権出場メンバーでファンイベントに参加(撮影:矢内由美子)
サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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