「今年が最後」田中マルクス闘莉王がアウェイのスタジアムで伝えたいこと

2017年J2リーグ開幕戦の田中マルクス闘莉王。京都でのプレーは今年で3季目だ(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 連休最後のJリーグ開催となった5月5日、横浜FC対京都サンガF.C.が行われたニッパツ三沢球技場に、スタンドへ向かって笑顔で手を振り、おじぎをするDF田中マルクス闘莉王(京都)がいた。

 プロ19年目、38歳の闘莉王は、若手の活躍で3-1とリードした後半23分に途中出場でピッチに立つと、まずはセンターフォワードとしてプレー。空中戦の強さを生かして最前線でターゲットになったり、サイドの深い位置に立って相手守備を広げさせたり、クレバーなプレーで試合を進めた。

 同39分からは最終ラインに下がって守備固め。若い頃から「DFW(ディフェンダー+フォワード)」を体現し、ピッチの奥行き110mをフル活用してきた“二刀流”は今なお大きな存在感を示した。

 試合はそのまま3-1で終了し、京都は6位に浮上した。今季から指揮を執る中田一三監督は闘莉王について、「相手の脅威になる選手という狙いで送り出しました。チームに精神的な安定感をもたらしてくれる選手。若かった頃のキビキビとした動きではないが、周りの選手と一体になって、献身的にやってくれる」と信頼を込めてコメントしている。

 闘莉王自身も、リードしている状況でのピッチインで勝ち点3奪取のミッションを達成したことに、「クローザーみたいでしょ」とにんまり。「できることは、何でもやろうと思っています。長年やってきた経験をすべて生かして、やれるだけのことを全力でやっていきますよ」と“フォアザチーム”の意識を繰り返し口にした。

■3月に右目を負傷。影響を抱えながらのプレー

 右目の視力に問題がある状態でのプレーだった。3月中旬の練習中、顔面にボールが当たって角膜を負傷。眼科に行き、渋谷教育学園幕張高校時代の恩師である宗像マルコスさんと携帯電話をつないで難しい専門用語をポルトガル語に翻訳してもらいながら診察を受け、観察を続けてきた。体調そのものが良いために試合には出続けてきたが、右目の視力は今も回復していない。

「ヘディングは大丈夫と言われているのですが、右目が見えないから焦点が合わず、距離感が分からなくて近くに見えてしまうんですよ」

 目の状態は今後も経過観察を続ける必要があるという。

■「今年が最後だと思っています」

 98年にブラジル人留学生として来日し、01年にサンフレッチェ広島でプロになった。水戸ホーリーホック時代の03年に日本国籍を取得。04年から09年まで所属した浦和レッズ時代にリーグ制覇とアジア制覇を果たし、10年には名古屋グランパスをリーグ優勝に導いた。06年JリーグMVP、アテネ五輪および南アフリカW杯出場と、華々しい経歴の持ち主だ。16年1月に名古屋を退団した後は、しばらくブラジルに帰国していたが、同年8月に電撃的に名古屋に復帰。17年から京都でプレーし、3年目の今季は開幕戦でJ1・J2リーグ通算500試合出場を果たしている。

 ここ数年は「来年のことは分からない」と言いながら現役を続行してきたが、親交の深いGK楢崎正剛とDF中澤佑二が昨季限りで相次いで引退。闘莉王がどのような思いを抱いているのかを知りたく、今季が始まってから間もない頃に尋ねに行くと、このような答えが返ってきた。

「ナラさん、佑二さん、2人が辞めたのはさみしいですよ。尊敬している人なので難しい気持ちになっているし、俺も近いと思っています。いや、近いというか、今年が最後だと思っています」

 それから約1カ月半。5日の試合後にあらためて確かめると、闘莉王はこう言った。

「今年が最後という気持ちは変わりません。だから、きちんとした形で終わらせようと思っています。チームには若い人が多くなって、俺がやれることは限られていると思います。だからやれることを精一杯やりますよ」

 以前、闘莉王は「辞めるときは、お世話になったアウェイのスタジアムにも試合で回って挨拶したいと思っている」と話していた。京都のホームはもちろんのこと、アウェイでも19年間の感謝の思いを自分の姿を見せることで伝えようとしているのだ。

「この1年にすべてを懸ける思いでやっています。1日でも多く、1回でも多く、1分でも多く、けがなくピッチに立てるようにがんばる。長年やってきたので体がぼろぼろだけど、がんばるよ」

 闘莉王はつねづね「燃える気持ちがなければ闘莉王じゃない」とも言ってきた。アウェイでの試合はシーズンを通して各スタジアム1度だけ。京都の4番は、全国のJリーグサポーターに感謝の心を込めながら、熱いプレーを見せ続ける。