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【浦和レッズ】平川忠亮という軸を受け継いで。柏木陽介の挑戦

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
左足のテクニックが光る柏木陽介。今季もキャプテンとしてチームを引っ張る(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

■目指すはJとアジアのダブルタイトル

 2006年以来のリーグ優勝と、2年ぶり3度目のアジア制覇という黄金のダブルタイトルを目指し、浦和レッズがキャンプでトレーニングを重ねている。

 昨季は天皇杯優勝を飾り、チームとしては2016年から3年連続でタイトルを獲得中。2年連続で主将に就任した柏木陽介は、昨季限りで引退した平川忠亮への恩返しも胸に、チームを牽引すると誓っている。

 昨年12月1日に埼玉スタジアムで行われたリーグ最終節のFC東京戦。この試合を最後に17年間の現役生活に終止符を打つことになった平川は、8戦ぶりにベンチ入りし、出番が訪れる瞬間を待ちながらアップエリアで身体を温めていた。平川は既に引退を表明しており、東京戦が最後のリーグ戦になることを誰もが知っていた。

 この試合に特別な思いを抱いてピッチに立っていたのが柏木だ。

「僕の中では神だった。ヒラさんがいなければ今の僕はない」

 その選手とともに戦う、最後の一戦だった。

■「ヒラさんという素晴らしい人がいたから、今の自分がある」

 試合前、柏木はオリヴェイラ監督からハーフタイムでの交代予定を告げられていた。コンディション面で多少の不安がある中、東京戦から4日後に天皇杯準決勝の鹿島アントラーズ戦が控えていたからだ。

 ところが、東京との試合はリードした後に追いつかれるという落ち着かない展開になり、柏木のプレータイムはどんどん伸びていった。

 それでも68分に李忠成のこの日2ゴール目で3-1とリードを広げると、残り時間が少なくなったところでベンチは平川を呼んだ。ピッチに出ようと準備をしている最中に1点を返されて3-2とされたときには穏やかではないムードも漂ったが、大ベテランへのリスペクトを形として見せると決めていた名将オリヴェイラは、平川を毅然とピッチへ送り出した。

 結果として平川は柏木と交代する形で最後のピッチに入ることになり、柏木が平川にキャプテンマークを渡すシーンが生まれた。柏木は試合中であるにもかかわらず涙を浮かべて平川と交代した。

「ヒラさんと交代できて、キャプテンマークを渡せたというのは嬉しかったし、感無量だった。ヒラさんという素晴らしい人がいたから、今の自分がある」

 情に厚い背番号10の胸の中では、平川との思い出、平川への思いが次から次へと浮かんでいた。

■「厳しいことを言いつつ、最後は僕を求めてくれた」

 昨シーズン終了後のある日、リーグ最終戦に去来した思いを柏木にあらためて尋ねた。

 チーム内での平川は「口数が多いわけではなかった」(柏木)

 だからこそ、ここぞのタイミングで発せられる言葉には重みがあった。思い出したのは残留争いに巻き込まれていた2011年だ。

「勝てなかったときに試合のメンバーから一度外されて、フテた時期があって。その時に『陽介、ちょっと行こうか』と食事に誘ってくれたのがヒラさんだった」

 平川は柏木を前に諭すように言った。

「お前はいい選手だ。それはみんなが認めている。でも俺は、お前以上にいい選手とやってきた。小野伸二(現コンサドーレ札幌)ともやってきたんだ。俺がどれだけいい選手とやってきたと思う? お前が一番じゃない。それを分かったうえで、一緒に頑張ろう」

 柏木が振り返る。

「厳しいことを言いつつ、最後は僕を求めてくれた。ヒラさんの言葉だったから素直に受け入れることができて、自分自身、すごく勘違いしていたと感じた。そういうことを言ってくれるヒラさんはすごく格好良いと思った」

 2002年から2018年までの長い現役時代、平川はつねにチームメートを立てる選手だった。小野についてもそうだったし、前キャプテンの阿部勇樹についても、盟友の坪井慶介(現在レノファ山口)についてもそうだった。その姿勢は8歳も下の柏木に対しても同様だ。

「ヒラさんの言う一言には重みがあった。ダメなときにさりげなく誘ってくれるタイミングもありがたかった。もちろん、プレーも素晴らしかった。最後になった東京戦も、残り5分ぐらいしかプレーしていないけど、やっぱり上手いなと感じさせられた。基礎技術も身体能力も本当に凄かった」

■2019年、平川は浦和レッズユースのコーチに

 人としての懐が深く、誰に対してもフランクに接する平川が、「一番仲が良かった」と言うのが柏木だ。ゲームをコントロールする能力や、味方を輝かせるパスの技術、チャンスを創造するアイデア、そして、見ている者をハッとさせる意外性や華やかさ。平川は柏木に、小野を重ねて見ていたところもあったのではないか。

 平川にも、東京戦の交代シーンについて聞いた。

「一番深く付き合ってきた陽介からキャプテンマークを受け取るときには、いろいろな感情が込み上げた。いろいろな選手を見てきた中で、最後(の試合)に出られる選手は限られている。それに、出る直前に失点した中での出場だったので、みんなに感謝しないといけない。最後まで助けられました」

 2019年、平川は浦和レッズユースのコーチに就任した。今後はS級ライセンスの取得を目指し、将来的には監督を志す。

■浦和10年目の柏木

 2019年、浦和は1月17日に始動した。その後は沖縄でキャンプを張り、就任2年目となるオリヴェイラ監督の下、シーズンを闘い抜くフィジカル作りと戦術の基板をガッチリと固めるためのトレーニングを積んでいる。

 浦和でのプレーが今季で10年目となる柏木は、昨季に続いて今季もキャプテンを任された。

 フィジカルトレーニングで身体をいじめている最中とあって「今はまだ自分のことでいっぱいいっぱい」と言うが、「コンディションを上げいく、みんながきつい中で、どういうふうに振る舞うかは考えている」と頼もしい。

 平川とは時間が合ったら食事に行きましょうと話しているという。鋭く、温かい観察眼と、仲間をリスペクトする思い。チームへの献身。平川が貫いた姿勢を受け継ぎ、キャプテン柏木は浦和での10年目の戦いを始める。

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サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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