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本田圭佑が挑む イデアリストとリアリストの分水嶺

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
5月30日のガーナ戦でプレーする本田圭佑(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

■8年前とは違う。強調する本田

「ワールドカップ(W杯)に行く前の韓国との試合、覚えていますけどね」

 標高1200メートルのオーストリア・チロル地方。風光明媚な山岳リゾートの澄み切った空気を吸い込みながら、本田圭佑(パチューカ)が、おもむろに言葉を継いでいく。

 0-2で敗れた横浜でのガーナ戦を踏まえ、2010年南アフリカW杯直前になぞらえた質問を受けていた。

 本田は言った。

「ネガティブな、結果が出ていない時期ということでは南アW杯前と同じですが、内容は違う。(南ア前の)韓国戦とガーナ戦では、明らかに内容が違うし、求められているものも違っている。戦術も全然違う。(チーム構築の)作業も、自分の立場もまるっきり違う」

 一息にここまで話してから、さらに続けた。

「まあ、ここでしゃべっているのは簡単ですが、コロンビア戦に向けてやる作業は、ずっと考えています。いろいろと」

 ロシアW杯の初戦は約10日後に迫り、日本代表は急ピッチでチーム構築を進めている。西野朗監督は、長谷部誠キャプテンの表現を借りれば「選手に投げかけたり、選手がピッチの中でどういう対応ができるかを強く求める」タイプである。

 また、西野監督は本田について「彼の影響力はチームにプラスをもたらしてくれる。経験値だけではない彼のストロングな部分を強く感じた」と語り、インフルエンサーとして評価していることを明らかにしている。

 現日本代表にはそのような背景が事実として存在する。

■日本0-2韓国(2010年5月24日、埼玉スタジアム)

 南アW杯に向けた壮行試合の韓国戦に0-2で完敗した翌日、埼玉県内での練習後に取材対応した本田(当時CSKAモスクワ)は、このように話した。

「昨日は迷いのない動きが少なかった。もう少しお互いがどうしたらいいかを知る必要がある。ただ、昨日の負けで腹を割って話すことができた。今まではそれができなかった。全員の迷いをなくすことが大事。自分たちが目標に向かって迷いなく進めるかどうか」 

 得られた答えは、状況ごとにピッチ内で意思統一をしなければならないという“共通認識”である。

「早く行くのか、行かないのか、ファーストタッチで全員が意思統一できるか。少なくともクォリティーは世界のトップじゃない。だから意思統一を徹底することが必要になる。ただ、メンバーを見てもカウンターのチームじゃない。パスでつなぐ良いところをベースにして、たまにカウンターというのが良いと思う」

 前夜の韓国戦。4-2-3-1のトップ下で先発した本田は、名古屋グランパス時代のチームメートであるキムジョンウのマンマークを受け、「何もできなかった。チャンスが作れなかったけど、その理由もまだ明確には整理し切れていない」と唇をかみしめるしかなかった。

 日本は立ち上がりからボールが収まらず、前半6分に先制されると、チーム全体が早くも意気消沈した。本田は決定機をつくりだすことがないまま、後半27分に中村憲剛と交代した。

 韓国の印象については、「個人としてのクオリティーの差を感じた」と、力の差を認めた。韓国の得点は前半6分の先制点がMFパク・チソン(当時マンチェスター・U)。後方からのロングフィードのセカンドボールを奪い、そのままドリブルで突進。DF3人に囲まれながら右足で低く鋭いシュートを打った。ド迫力のゴールだった。後半アディショナルタイムにダメ押しとなるPKを決めたのはFWパク・ジュヨン(当時モナコ)だった。

■ピッチ内がバラバラだった

 日本はGK楢崎正剛、4バックは右から長友佑都、中澤佑二、阿部勇樹、今野泰幸、中盤は長谷部誠と遠藤保仁のダブルボランチで、2列目は右から中村俊輔、本田圭佑、大久保嘉人。岡崎慎司が1トップを務めた。(DF田中マルクス闘莉王が試合直前に太腿を痛め、急遽、阿部が先発)

 日本はちぐはぐなプレーに終始していた。それもそのはずだ。ピッチ内で選手たちは同じ絵を描いていなかった。

 試合後、長谷部は「ボールを奪ってからテンポダウンすることが多かった。ボールを奪ったら速く行かないと」と話し、攻撃陣も「自分は裏を狙っていたので、もう少し出してほしかった」(岡崎)、「ボランチを経由するから、相手はDFが整っている。手数をかけすぎ」(大久保)とシンプルな速攻を望んでいた。

 ところが、出し手の考えは違っていた。遠藤は「相手を疲れさせるようなパス回しが必要」と言い、中村俊輔は「回せることが自分たちの強み」と遅攻にこだわりを見せた。

 本田は、といえば、当時の彼はまだレギュラーになったばかり。ビッグマウスと呼ばれる一方で、「ビッグネームを前にするとビビってしまう」という悩みを持つ23歳の“若手”だった。

 韓国戦で手も足も出ない負け方をした岡田ジャパンは、その後から4バックの前にアンカーを置く4-1-4-1の超守備的なシステムにシフトチェンジし、2010年南アW杯でベスト16入りした。チームは「全員守備」で意思統一された。1トップに抜擢された本田は全4試合にフル出場し、2得点を挙げて日本のベスト16入りに貢献した。

 本田は1分け2敗と惨敗を喫した2014年ブラジルW杯でも全3試合にフル出場して1得点。本人が言うように現在の経験値は8年前と比べるまでもない。

■日本0-2スイス(2018年6月8日、スイス・ルガーノ)

  6月8日(日本時間9日)のスイス戦を前に、本田はこの試合で確認したいことは何かと聞かれ、「守備」と答えてこう続けた。

「アイデアはもちろんあるが、1試合で全部は試せない。多くて3個でしょう。僕が試したいことは2つ。ハメることができたパターンと、ハメられない場面でのプレス。これをしっかりとポジションを確認しながらやりたい」

 日本代表は6月7日にオーストリアからスイスへチャーター機で移動し、8日の試合に挑んだ。スイスは2009年Uー17W杯で初優勝を飾った“黄金世代”であるMFジャカ、FWハリス・セフェロビッチ、DFリカルド・ロドリゲスらが現在の代表チームの中核をなしているほか、MFジェルダン・シャキリ、DFステファン・リヒトシュタイナーら強力な個をそろえ、コレクティブに戦う強豪。世界ランク6位の相手に、日本は決定機をまったくつくれず、守備面ではカウンターから2失点を招き、0-2で完敗した。

■守備でトライしたことに関して手応えを感じていた選手は少なくない

 スイスとの試合後は重苦しい空気が流れていた。しかし、ピッチ脇に設けられた取材エリアに姿を現した本田は、外連味のない口調で、こう言った。

「負けていて手応えというのもおかしな話かもしれないですけれど、やっぱり内容で見たい。僕個人としては、チームは手応えを感じられる試合内容だったのではないかなと思います」

 敗戦に終始厳しい口調だったキャプテンの長谷部誠も「守備の部分でよくなってきている部分は間違いなくあるとは思う」と言った。吉田麻也も槙野智章も「守備でやれたことはあった」と口をそろえている。

 攻撃的なポジションの原口元気も「守備の狙いとしてはリトリートをするのではなくて、前からハメに行こうという形を取って、失点するまではうまくいった。スイスはビルドアップが上手なチームですが、相手が攻撃をしにくい形は作れたと思う」と語っていた。意外にも、おおむね選手たちはトライしたことへの一定の手応えを感じていた。

■2018年、日本代表の最終形は

 戦術の最終判断を下すのが西野監督であるのは大前提として、スイス戦後の選手たちの言葉が、本大会に向けて理想型を貫いていくことに直結するかはまだ分からない。とはいえ、少なくとも本田はスイス戦で分水嶺を越え、“条件付きイデアリスト”へと足を踏み入れたように見える。

 問題は、6月19日のコロンビア戦まで試すことのできる試合があと1つ(6月12日、パラグアイ戦)しかないことと、時間そのものが本当に少なくなっていることである。

 本田はスイス戦前、「最悪のケースとして、プランAとプランBが機能しなかった場合も想定しないといけない。そのワーストケースが南アフリカの守備のやり方。全部ダメになってもあのやり方はできると思う」とも語っていた。つまり、完全にリトリートする戦い方も“最後の砦”として持っているのである。

 リアリストに徹して実を取り、ベスト16入りした2010年。イデアリストを貫いて上滑りし、グループリーグ敗退を喫した2014年。2018年の最終形はどのような戦いになるのだろうか。

オーストリア合宿でファンに手を振る本田圭佑(撮影:矢内由美子)
オーストリア合宿でファンに手を振る本田圭佑(撮影:矢内由美子)

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サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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