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【体操】「このままでは東京五輪はない」燃え尽きから復活ののろしを上げた加藤凌平

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
リオデジャネイロ五輪後の“燃え尽き”から復活の兆しを見せている加藤凌平(写真:田村翔/アフロスポーツ)

 体操のリオデジャネイロ五輪団体総合金メダリスト・加藤凌平(24=コナミスポーツ)が、3月21日から24日までカタール・ドーハで行なわれた種目別ワールドカップ(W杯)ドーハ大会に出場し、自身が出た4種目すべてに決勝進出を果たし、得意のゆかで3位に輝いた。

 リオ五輪で完全燃焼したことで“燃え尽き”を感じていたという昨年は、調子が上がらず、世界選手権は代表から漏れてしまった。今回は昨年3月のアメリカンカップ(米国)以来の国際大会。4日間の試合を終えた加藤の胸に沸き上がった感情とはーー。

体操種目別ワールドカップ・ドーハ大会(撮影:矢内由美子)
体操種目別ワールドカップ・ドーハ大会(撮影:矢内由美子)

■「開脚シュピンデル」に挑戦

 3月17日。カタールへ出発する前に取材に応じた加藤は「一番の目的は4月の全日本選手権に向けて演技をつくることと、試合勘を取り戻すこと」と話していた。そのうえで、昨年1年間で取り組んできた新しい技を、試合でいかに使っていくかということもテーマに置いていた。それは、あん馬の冒頭に組み込んだ「開脚シュピンデル」。

「新しい技を入れての通しは練習でも楽しいし、試合でもワクワクする。そこは思い切ってやりたいです」

 そう話した加藤は、世界選手権の代表に復帰したいという思いはあるか、という質問に対し、きっぱりと言った。

「その思いは強いです」

■4種目とも決勝に進出

 日本から約11時間。中東カタールの3月は、日中こそ気温は30度に達するが、厳しい暑さを迎える前の快適な季節である。

 今年10月には体操世界選手権があり、来年9~10月には陸上世界選手権がある。2022年にはサッカーW杯が開催される。それらのメイン会場はすべて、今回の体操W杯会場と同じスポーツコンプレックス内にある。今後にビッグイベントが目白押しということで、市内ではあちらこちらで工事が行なわれ、多くの外国人労働者の姿が見られた。

 体操種目別W杯の予選は、まばらな観客の中で行なわれた。カタールではまだスポーツ観戦そのものへの関心がさほど高くないようだ。

 選手のテンションも、1年の競技サイクルの中で見ればまだ試運転といったところ。ただ、選手個々が持つそれぞれのチェックポイントに関しては、高い集中力を持って取り組んでいることがうかがえた。

 そんな中、加藤は2日間の予選で4種目に出場した。初日の最初の種目であるゆかでは、ドイツ・スピース社製のゆかの弾み具合に合わせることができず、ラインオーバーがあったものの、どうにか決勝に進出。続くあん馬では「開脚シュピンデル」をしっかりと成功させ、この種目でも決勝に進んだ。

 予選2日目には平行棒と鉄棒に登場。ポディウム練習から3日目ということで筋肉に疲労が出ていたというが、グラグラする場面もありながらミスを最小限にとどめ、この2種目でも決勝進出を果たした。

■「高校で培われた粘りが戻ってきた」

 4種目で決勝に進んだのはフェルハト・アリカン(トルコ)と加藤の2人だけ。当然ながら表情は明るかった。

「4種目とも納得のいく演技ではなかったけど、減点については自分でも分かっているので、決勝ではそこを修正すれば良い。まだ初戦なので、試合勘を戻すことと、演技の粘りを持って、精度を上げていけると、以前のような(団体に)貢献できるような演技ができると思う」

 この時点で加藤が口にした言葉で印象的なものがあった。「粘り」である。

「粘りは(埼玉栄)高校で培われたものだと思う」と加藤は言う。

「鉄棒の離れ技でバーに近づいて下で止まったとしても、社会人だと一度降りてからやり直すことが多いのですが、高校生の時は、それでは怒られたりする。どんな状況になっても続けるという演技への取り組み方は、高校生のときに培われたと思います」

 そう言いながら、恩師である堀出一夫・元監督の顔を懐かしく思い出しているようだった。

カタールの現地新聞に掲載された(撮影:矢内由美子)
カタールの現地新聞に掲載された(撮影:矢内由美子)

■「1位を狙っていたので悔しいけど」

 決勝では粘りと同時にキレも出ていた。大会3日目に行なわれたゆかでは、予選でミスをした箇所をしっかりと修正し、冒頭に入れた難度の高い前方系の連続技を無難にこなした。最後だけ、「弾みすぎないように助走を抑えすぎた」ということでひねりが1回少なくなり、演技の難度を示すDスコアが予選より0・3低い5・9にとどまったが、実施の美しさを示すEスコアを予選より上げて、合計14・200。狙い通りに表彰台に上がった。

「1位を目指したので悔しいけど、集中力が研ぎ澄まされていて良い感覚で演技に入れた」

 続くあん馬では演技中盤に落下して8位に終わったが、ゆかでアピールに成功したことは大いなる収穫だった。

 最終日は平行棒と鉄棒の決勝に出場。平行棒の降り技では、リオ五輪の種目別決勝以来となる前方2回宙返り2分の1ひねりを成功させ、予選を上回る14・566点を出して6位になった。鉄棒ではカッシーナで落下したが、これも「日本(製の器具)に戻れば問題ない」と不安そうな様子はなかった。

■父から言われた「このままでは東京五輪はない」

 復活を期する加藤の胸に、強い刺激が与えられた出来事があった。

 今季の本格的な競技シーズン到来を前にした2月末。コナミスポーツ体操競技部は選手1人1人と個人面談を行なった。加藤を前に、父である加藤裕之監督、森泉貴博コーチは、こう告げた。

「練習を変えないと、このままでは東京五輪はない」

 順大1年生で2012年ロンドン五輪に出場した加藤は、そこから2016年リオ五輪まで5年間ずっと日の丸を背負い続けてきた。

 順大時代はナショナルチームとしての試合や合宿はもちろんのこと、関東インカレ、東日本インカレ、全日本インカレなどの大学生の大会や国体にも出場しており、試合数が多かった。そのため、大学での練習はつねにマイペースで、日によって練習量の差が大きかった。

 順大を卒業した2016年にコナミスポーツに入社した後も、すぐにリオ五輪があるため、大学時代と同じペースで練習を続けた。しかし、社会人になると試合数そのものが減る。加藤の場合はそれに加えて昨年の代表落ちで実戦がさらに減った。

 加藤監督と森泉コーチは「大学時代と同じペースでは競技力が落ちてしまう。このままでは東京五輪はない。練習量の波を小さくしなければダメだ」と言ったのだ。

 面談後は徐々に変化が見られた。むろん、大会の2週間前から変えた程度では、目に見える成果につながるわけではない。それでも加藤自身、「言われたことは頭の中に残っている。練習への意識は強くなった」とポジティブにとらえているようだ。

■「達成感でいっぱいです」

 4日間の大会を終えた加藤の全成績は、ゆか3位、あん馬8位、平行棒6位、鉄棒7位というものだった。

 落下したあん馬と鉄棒ではミスを抑えれば確実にもっと高い点が出る。ゆかと並ぶ得意種目の平行棒は、中国勢をはじめとする、とてつもない点を出す選手が出現しているが、加藤も「今後は15点台も見えた」と手応えをつかんでいた。

 森泉コーチも「加藤は動きも良く、調子も上げている。今回の出来は申し分ない。全日本個人総合も心配なくいけるのではないか」と高評価を与えていた。

「4日間休みなく試合が続いたのは初めてで、かなりきつかったのですが、これだけ長丁場の試合でも自分の身体の動きを維持できるんだと思いました。一皮むけたと思います。今回は、達成感でいっぱいです」(加藤)

 世界選手権の2次選考会を兼ねて行なわれる全日本個人総合選手権は4月27日から29日まで東京体育館で行なわれる。カタールで復活ののろしを上げた加藤の演技が楽しみだ。

「達成感でいっぱいです」と笑顔を浮かべた加藤凌平(撮影:矢内由美子)
「達成感でいっぱいです」と笑顔を浮かべた加藤凌平(撮影:矢内由美子)
サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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