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自粛要請を容認する政府案に分科会委員が反対意見 「社会経済に大きな負の影響」 法的根拠にも疑義

楊井人文弁護士
新型コロナウイルス対策分科会(11月11日)に提出された分科会委員の意見書より

 今冬のオミクロン流行拡大、いわゆる「第8波」に備え、医療負荷が増大した場合に知事の判断で旅行やイベント等の自粛要請ができるとする政府の提案に対し、分科会の複数の委員が反対意見を表明していたことがわかった。

 意見書は11月11日の新型コロナウイルス対策分科会に提出されていた。

 一部メディアは、政府案のとおり「対策強化宣言」等の新設が決まったなどと報じたが、反対意見があったことについて伝えていない。

 そもそも、政府の新方針は新型インフルエンザ対策等特別措置法や基本的対処方針と矛盾があり、法的根拠が疑わしい。

 分科会の委員は、政府案は「重症化リスクが極めて低い人々に大きな負担」となり「社会経済に大きな負の影響を与える可能性がある」と警鐘を鳴らしている。

筆者作成
筆者作成

 今回の政府案は、病床使用率50%超の段階で、知事が住民に慎重な行動を呼びかける「対策強化宣言」、もしくは出勤を含む外出・移動・旅行・イベント等の自粛を呼びかける「医療非常事態宣言」を出せる、というもの。

 ただ、従来行ってきた飲食店等への時短要請は行わないとしている。

 政府は11月11日の新型コロナウイルス感染症対策分科会で、この枠組みを提示。原案を一部修正した文書も発表された。

 分科会の議論を経て政府として決定した、などと一部メディアが報じたが、不正確なところもある。

政府が9月8日に正式決定した文書には「新たな行動制限を行わず」と明記されている。内閣官房の一般国民向けページにも掲載されたままだ。
政府が9月8日に正式決定した文書には「新たな行動制限を行わず」と明記されている。内閣官房の一般国民向けページにも掲載されたままだ。

「政府対策本部は廃止の条件を満たしている」

 この政府案に反対意見を出したのは、いずれも経済学者の大竹文雄委員と小林慶一郎委員。

 特措法は、「新型インフルエンザ等」にかかった場合の病状の程度が、インフルエンザにかかった場合の病状の程度に比して「おおむね同程度以下であることが明らかとなったとき」には政府対策本部を廃止する、とされている(特措法21条)。

 今夏の第7波における重症化率、致死率は大幅に低下したことが明らかになっている。こうしたデータを踏まえ、意見書では「政府対策本部が廃止されるという条件を満たしている」と指摘した。

 また、意見書では、仮にオミクロン(BA4.5)が特措法の対象となるとしても、今秋からリスクの低い陽性者は外来診療を受ける必要がなくなったことなど医療機関、保健所の負担軽減策がとられたことから、今夏並みかそれを上回る感染者発生のタイミングで国民に呼びかけるという政府の提案は「過剰な感染対策となり、社会経済に大きな負の影響を与える可能性がある」「重症化リスクが低い人々に対して、大きな負担となる」とも反対の意向を表明している。(分科会の配布資料8参照)

 大竹委員は、筆者の取材に対し、政府案の自粛呼びかけを可能とする記述の削除を求めたことを明らかにした。(分科会での発言内容はnote参照)

 分科会にはこのほかにも、「新たな行動制限は行わず、同時流行にも備えた対応を確実かつ効率的に進めることが重要」「日本だけが行動制限をすることは感染症の拡大防止にも社会経済活動へのネガティブな影響を小さくすることにも効果的ではない」との意見書(河本宏子委員)も提出されている。(分科会の配布資料9参照)

いまだコロナは特別な疾病扱いのため、患者受け入れ病院が限定されている実情を伝えるニュース(テレビ朝日・サタデーステーションより筆者撮影)
いまだコロナは特別な疾病扱いのため、患者受け入れ病院が限定されている実情を伝えるニュース(テレビ朝日・サタデーステーションより筆者撮影)

政府案は小手先の表現修正 骨格は変わらず

 ところが、分科会で提示された政府の当初案は、文言の微修正が行われるにとどまり、知事の判断で自粛要請を可能とする文言は残った。

 当初案は、「今夏並みかそれを上回る数の感染者が発生」した場合を「レベル3(感染拡大期)」、感染拡大が急激なときは「レベル4(医療ひっ迫期)」としていたが、それぞれ「医療負荷増大期」「医療機能不全期」と名称変更された。

 あわせて「単純に感染状況で判断するのではなく、保健医療の負荷の状況、社会経済活動の状況等を踏まえて、都道府県が総合的に判断する」という文言が付け加えられた。

新型コロナウイルス感染症対策分科会(第 20 回)の資料3より(赤字は筆者)
新型コロナウイルス感染症対策分科会(第 20 回)の資料3より(赤字は筆者)

新型コロナウイルス感染症対策分科会(第 20 回)の資料「今秋以降の感染拡大で保健医療への負荷が高まった場合に想定される対応」より(赤字は筆者)
新型コロナウイルス感染症対策分科会(第 20 回)の資料「今秋以降の感染拡大で保健医療への負荷が高まった場合に想定される対応」より(赤字は筆者)

 「若者に外出自粛要請可能に」と報じたメディアもあったが、「若者」にフォーカスした表現は削られている。

 感染拡大防止措置の呼びかけ内容は、次のように修正されていた。

(当初案)

「高齢者や基礎疾患のある方等だけでなく、若者も含めて、混雑した場所や感染リスクの高い場所への外出など、感染拡大につながる行動を控える。特に、大人数の会食や大規模なイベントへの参加は見合わせることも含めて慎重に検討判断すること。児童・生徒についても、感染拡大につながる行動を控え、学校や部活動、習い事・学習塾、友人との集まりでの感染に特に気を付ける。」

(修正後)

混雑した場所や感染リスクの高い場所への外出など、感染拡大につながる行動を控える。特に、大人数の会食や大規模なイベントへの参加は見合わせることも含めて慎重に検討判断すること。学校や部活動、習い事・学習塾、友人との集まりでの感染に特に気を付ける。」

(いずれも太字は原文どおり)

 とはいえ、レベル3の段階で「対策強化宣言」や「医療非常事態宣言」を出し、知事が住民に外出、出勤、帰省・旅行、イベントや行事の自粛を要請することを可能とする骨格部分に変更は加えられなかった。

 大竹委員らはあくまで「自粛の要請」自体に反対していた。

 「自粛の要請」を可能とする政府案に分科会が一致して了承したというのは、必ずしも事実とは言えない。

政府案の「行動制限」を伴う自粛要請の内容。新型コロナウイルス感染症対策分科会(11月11日)の資料より一部抜粋。レベル3(医療負荷増大期)においても医療非常事態宣言を出せるとしている。
政府案の「行動制限」を伴う自粛要請の内容。新型コロナウイルス感染症対策分科会(11月11日)の資料より一部抜粋。レベル3(医療負荷増大期)においても医療非常事態宣言を出せるとしている。

特措法を根拠としない自粛要請は可能? 法的根拠に疑義

 今回打ち出された政府の新方針は、以下のように法的根拠にも疑義がある。

 第一に、自粛要請を行えるとする新方針は、特措法上、最も重要な文書と位置づけられている「基本的対処方針」と矛盾がある。

 政府は、基本的対処方針に基づいて対策を行うものとされている(特措法18条)。

 現在の基本的対処方針(9月8日改定)には「今後、今回を上回る感染拡大が生じても、一般医療や救急医療等を含む我が国の保健医療システムを機能させながら、社会経済活動を維持できるようにする」とした「Withコロナに向けた政策の考え方」に基づいて対応していくことが明記されている。この従来方針は現在も生きており、変更されたことは確認できていない。

 だが、新方針は、従来型の「行動自粛による感染抑え込み」に回帰するものにみえる。

 法律上は、感染拡大しても社会経済活動を維持するとした「基本的対処方針」の方が優位に位置づけられるため、矛盾が生じることになる。

松野官房長官は11月9日記者会見で、オミクロン株と同程度の感染力、病原性の変異株によるものであれば、新たな行動制限は行わず社会経済活動を維持するとの方針を説明していた(政府インターネットテレビより)
松野官房長官は11月9日記者会見で、オミクロン株と同程度の感染力、病原性の変異株によるものであれば、新たな行動制限は行わず社会経済活動を維持するとの方針を説明していた(政府インターネットテレビより)

 第二に、政府が新方針を提示した「新型コロナウイルス対策分科会」は、自粛要請などの基本的な枠組みの変更を審議、決定する役割や権限はない。

 分科会の役割は、「新型インフルエンザ等対策推進会議令」という政令で定められている。

 特措法上、「当該新型インフルエンザ等への対処に関する全般的な方針」や「新型インフルエンザ等対策の実施に関する重要事項」は基本的対処方針に定めるものとされており(特措法18条2項)、こうした事項は「基本的対処方針分科会」で処理するものとされている(推進会議令第4条)。一方、今回開かれた「新型コロナウイルス対策分科会」は基本的対処方針分科会で所掌する事項以外について調査審議するものとされている(推進会議令附則第2条)。

 今回の新方針のような自粛政策の基準は、従来、基本的対処方針に関する事項として扱われてきた。したがって、法律上は「基本的対処方針分科会」で審議し、「新型インフルエンザ等対策推進会議」の意見を聴く必要がある(特措法18条4項)。

 しかし、今回こうした法律上の手続きが踏まれていない。

 第三に、現在のオミクロン株では、特措法の措置を発動する法的要件を満たしていない可能性が高い。政府はそのことを承知の上、特措法の要件を満たした場合に許容される自粛要請を、法的根拠を曖昧にしたまま容認しようとしているのではないか。

 特措法上、知事が住民・事業者に行動や営業の自粛要請を行うときは「まん延防止等重点措置」または「緊急事態宣言」を発出する必要がある。

 いずれの措置・宣言も「当該新型インフルエンザ等にかかった場合における肺炎、多臓器不全又は脳症」の発生頻度が、季節性インフルエンザにかかった場合に比して「相当程度高い」場合でなければ、発出できないという歯止めがある(特措法施行令5条の3第1項)。

 この歯止めがなければ、季節性インフルエンザが流行しただけであっても、緊急事態宣言を発令できることになってしまう。

 知事による住民への外出・移動自粛要請は、この特措法上の要件・手続きを満たして発出した緊急事態宣言のもとでのみ許容されるものだ(特措法45条1項)。

 ところが、オミクロン株では、従来株の特徴だった肺炎の発症が非常に少なくなったことが知られており、この要件を満たさない可能性が高い(参考記事=オミクロン株で肺炎の頻度は? 政府、インフルと比較調査せず「まん延防止措置」適用か 特措法違反の疑い)。とすれば、特措法上の自粛要請などの権限を知事に付与できないことになる。

 しかし政府はそれでも自粛政策を続けるために、法的要件を満たさず違法となる可能性のある特措法上の措置ではなく、法的根拠に基づかない「事実上の自粛要請」を行うことにしたのではないかと考えられる。

 このように、政府が法的根拠を曖昧にしたまま新方針を打ち出したのは、「特措法の要件・手続きを回避する法的な潜脱行為」にあたる疑いがある。

 政府の新方針では、医療が逼迫する前のレベル3の段階でも「医療非常事態宣言」という特措法に基づかない宣言を出すことで、外出・移動・旅行・イベント等の自粛を要請できるとしている。

 メディアの報道の仕方によっては、特措法に基づく措置と同様の自粛が広範に実現してしまう恐れがある。

 法的根拠に基づかない政府の新方針やそれに基づく宣言をそのまま報じる、政府の広報機関と成り下がるのかどうか。

 この冬は、メディアのありようも問われることになる。

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー)。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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